第16話 お姉さんとホラー映画①
夏の風物詩といえば、なにを思い浮かべるだろう。
青く澄んだ空に、入道雲。波の音が遠くから聞こえてくるような、海辺の午後。冷たいかき氷。浴衣。花火。
そして──エアコンの効いた部屋で観るホラー映画。
「いや〜、やっぱ焼肉チェーンは夏に限るな!」
「いや限らないから!」
友人の酒井がテンション高めにカルビを焼きながらハイテンションで言うと、横に座っている安田からツッコミが入る。
安田は同じ二年で酒井の友人。その繋がりでオレとも仲良くなり、同じ講義を取っていたりもする。
見慣れた大学の仲間たちが集まったテーブル。
ジュウッという音と煙が食欲を刺激する。
思い返せば、つい数日前も焼肉に行ったばかりだった。隣の部屋のお姉さん──水萌さんと。
焼肉なんて本当にたまにしか食べない豪華な食事だと思っていたのだが、まさかこんなにも短期間で再会するとは。
タン美味いなぁ……。
「風間、聞いてるか?」
「え、ああ。聞いてる聞いてる。肉、うまいよな」
「いや、肉の話じゃなくてホラーだよ、ホラー! 最近アメプラで特集やってんだよ、洋モノのB級から最新のやつまで観放題!」
酒井はタレのついたトングを振りながら熱弁する。
「マジで面白いの多くてさ。だから今夜、俺んちで観賞会しようぜって話。ホラー映画を一人で見てもしょうがねーしさ」
「ホラー映画か……夏っぽくて良いな。最後に観たの、いつだっけ。たぶん思い出せないくらい前だ」
どんな作品だったか記憶にないが、確かに見たことはある。
「それはもう再教育が必要だな! みんなももちろん行くよな?」
「ビビリな酒井に付き合ってやるかー!」
「安田くんが行くなら私も行くよー!」
「あ、じゃあ僕も行こうかな」
安田、そして安田の彼女である三年の如月さん、そして同じゼミ仲間の木村も乗り気だ。
普段は一人で観る派だが、誰かと観る映画も案外面白いもの。
オレも参加するつもりでいると、すぐ隣から、ひそひそと声が。
「──先輩も、行きますよね?」
明るめの茶髪を揺らしながら、隣に座る女の子がこっそりと俺にだけ目を向けていた。
彼女は中野さんといって、とにかく元気な一年の後輩だ。同じ講義のグループワークがきっかけでオレや酒井とよく話すようになり、気づけば共通の友人も増えて、こうした集まりにもよく参加している。
当初は一緒の空間にいても話すのに緊張してしまうくらい控えめな関係だったが、趣味でB級映画をよく観ていたり、ゲームが好きだったり──特に最近はモン狩で一緒に狩りに行くこともあったりと、何かと趣味が合っていて。
今ではすっかり気の置けない仲になっていた。
普段はメガネをかけているけれど、今日はコンタクトなのか、少し雰囲気が違って見える。可愛いのは、そのままって感じ。
「ああ、行くつもりだよ」
オレがそう答えると、中野さんはぱっと顔を輝かせた。
「良かったー! 先輩のビビり散らかしてる顔、一度は拝んでみたかったんですよー!」
「いやいや、オレそんなにビビるタイプじゃないから」
「えっ、でもこの前酒井先輩たちと一緒に行ったリアルゾンビイベント、暗くてあんまり見えなかったんですけど、わたしの後ろで結構ビビってませんでした?」
「気のせい気のせい。中野さんの絶叫には敵わないよ」
「わたしは盛り上げ担当なんで、仕事をしただけですー!」
ムキになって抗議しながらも、中野さんは笑う。
勢いのある喋り方と、ちょっとオーバーなリアクション。そのどれもが妙にツボに入って、つられて笑ってしまう。
「まあわたしはホラー映画には慣れてますから! 絶対に先輩の方がビビりますね!」
「いや、だからそんなにビビんないって」
「ほんとですか〜? じゃあ先輩、ビックリして叫んだら負けってことで!」
にっと勝ち誇ったような笑みを浮かべる中野さん。
そのノリにのせられて、つい口元が緩む。
「何だそのルール……負けたらどうなるんだ?」
「わたしの勝ち確なのでジュース奢りくらいにしておきましょう!」
「よし、乗った」
「言い訳はナシですよー! 叫んだら即負けですから!」
「へいへい」
肘でこっそりつついてくるその感じも、どこかいたずら好きな子犬みたいで。
よく喋るなぁ、ほんと。
でもまあ……そういうのは嫌いじゃない。
「おいおい、そこの二人! 勝手に盛り上がってんじゃねーぞ!」
トング片手に酒井がこちらを指さし、声を張った。
「中野ちゃんも、もちろん来るよな!?」
「行きまーす! ホラー映画は大好物なので!」
「だと思ったぜー! さっすが中野ちゃん!」
「えへへっ、アメプラ夏のホラー祭りは私もチェックしてたんです。中でも独占配信の『呪われたコンビニ』、もう三回も観ちゃいました!」
「アレを三回も!? どんだけ好きなんだよ!」
「友だちに布教するために面白いポイントとかチェックしてたらそれくらいの回数に……!」
「あのホラーなのかギャグなのかよく分かんねーやつを三回なんて拷問だろ……」
「なんですとー! そこがいいんじゃないですか! わたしにとってはカオスこそが正義なんです!」
中野さんの発言に、みんなの笑い声が響き渡る。オレも釣られて笑ってしまう。
圧倒的ホラー映画玄人感。この調子じゃ、ジュースを奢る羽目になりそうだ。
そして……。
その日の夜。酒井の部屋には、中野さんの絶叫が何度も轟くことになるのだった。
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