第18話:煽動者
『あははは。本当に彼は腹立たしい程に白々しいなあ』
『彼の望み通りに『銀の暗黒女帝』は倒れ『神殺し』は堕ちた。そして彼が擁立した王子たちの手によってアトランティスが最後に存続する国となり……最早彼の意に逆らう者はこの世に残っていない』
『正真正銘世界の頂点に立っておきながら、あの態度とは』
『本当に上手いやり口だよ。彼は少ない言葉で他者の望みを、情動を誰より深く察知し、刺激し、偶に創り出しすらする。そうして皆は自らの意思によって自発的に……彼の望むがままに導かれる』
『誰もが彼に引き摺られてしまうんだ。仮にそれが憎悪という形であってもね』
『わたしとて、良いように動かされた自覚はあるさ。このわたしを単なる盤上の1コマとして扱うなど……ふふ。幾ら何でも不敬にも程がある』
『あはははは。本当にムカつく奴だよなあ。でも、認めざるを得ないじゃないか』
『彼はやはり、アルベルやわたしと同じ領域に立つ存在だとね』
「ねえ、フェルナンド。反応からしてそのルナって人を知っているのでしょうけれど……どんな人なの?」
族長の言葉につい驚いてしまった僕を見逃さなかったアリスが聞いてくる。
ほんと、毎度毎度良く見てるよねこの人。
僕は長年培ってきたポーカーフェイス力を使ってどうにか落ち着いてから。
「そうだな……まず最初に1つ挙げるならば、ルナは先程話をした君の弟子であり、100英傑最年少の少女だ」
それに反応するのは。
「ああ、さっき言っていた? そうなのね」
「何だと!?」
『ふーん? そうなんだ』的な感じのリアクションを取るアリスに対して、思わずといった感じの声を上げる族長。
当然、全員の視線が彼に集まる。
「す、済まぬ。だが……そうか。アリスリーゼ殿はあの天帝の……」
何やら戦慄したような姿を見せる族長。
うん。やっぱりこの長耳族はリアクション係として凄く良いよね。
勿論、僕は族長が多分おビビりになられるだろうなと期待した上でさっきの弟子発言をしたからね。
神獣戦といい遺跡といい、彼のお陰でかなり盛り上がったと思っている。
これからもよろしく。
なんて考えていると、ダークネスが。
「ですが、天帝ルナという存在が出現したのは3年前なのですよね? ならば……まあ限りなく低いのはわかりきった話でしょうが、その方がフェルナンドさんの知るルナさんとは別人物の可能性もあります。他にどのような特徴が?」
確かに、それはその通りだね。
僕とした事が迂闊だった。
本来、意味深な男としてその辺を突っ込むのは僕の役割だというのに。
推定ルナが3年早く目覚めた理由について考えるのはまあ後にするとして。
「ふむ……ではまず、見た目の話をしよう。彼女の髪は美しい金の色をしていた。醒めるような青眼に……そうだな、私の主観ではあるがルナはアリスに匹敵する美貌を持っていたな」
「へー! アリスっちと同じくらいって事はあり得ないくらいめちゃくちゃ可愛いって事じゃん!」
何故かやたら楽しそうにするギャル。
いや、ラナリアはなんかいつも楽しそうに笑ってるんだけどね。
……もしや此奴、実は自分こそが黒幕だったんだぜキャラを狙っているのか……!?
「我が会いし天帝と同じ特徴だな……」
そしてやはり良い感じのリアクションを取ってくれる族長。
僕はそんな彼の期待に応えて。
「歳の頃は14……いや、あの最後の日に15を迎えていた。故に彼女が私たちより先に現れ、3年経過したならば18になるだろうか」
「種族による年齢と見た目の差分はあるのだろうが、我が見た天帝はそれくらいの少女の姿をしていたな……」
なんてやり取りをしていると。
「もう決まりでいいんじゃねえか?」
そんな事を言ってくるカルロス君。
みんなもうわかりきっている事だけど、さりとてこうして直で言ってくれるのはなかなか良いよね。
アリスもそんな感じだけど、話が早くて何よりである。
「フッ……そうだろうな。ちなみに、ルナと共にいる『詩人』については……そうだな。恐らく緑髪の男であり、人類最高の美声を持つ存在と称されていた英傑だろうと推測するが」
なんて言いながら族長を見ると。
「最早確定と言うべきだろう。しかし……そうか。やはり貴殿らは彼女と同種か」
よっぽど族長と『天帝』の間には何かあったみたいだけど……でも、まさかあのルナがねえ。
そして僕としては、なんならルナよりもその詩人たるグラン翁の方がめちゃくちゃ気になっているとすら言えるんだけども、それを顕にしてしまっては意味深な男の名折れだからね。
「彼女は人類屈指の才能を持っていた。それ故に、アリスを始めとした多くの存在から薫陶を受けていてな。誰も彼もが、自分こそルナを育てたと主張せんとしていたのだ」
ルナは武術にも魔法にもめちゃくちゃ才能があり、日を追うごとに飛躍的に強くなっていたからね。
ちなみに『次代の神殺し』と呼ばれる程の〜みたいな話はまだまだ勿体ぶる所存。
今回はどういった感じの意味深ムーブをするのが良いだろうか。
なんて考えながら。
「彼女にあと少し時が与えられる事があれば、アリスを容易く超えるだろうとかつての君自身が言っていた」
「ふうん……」
何やらめちゃくちゃ物申したそうにしているアリス。
まあ、君はそうだよね。
僕もわかってて『容易く』とか言ってるわけで。
「性格は素直で真面目。その才能も相まってアルカディアの皆から好かれていた」
僕はわざとらしく過去を懐かしむような雰囲気を出しながら。
「私もルナの事は好ましく思っていたよ。終末に瀕する人類の中であれだけの善良さを保てる人材は貴重だからな」
そうして一拍置いて。
「しかし。仮にそんなルナが、天帝としてこの新世界の征服を望んでいると云うならば……」
僕は身体をぷるぷる震わせる。
「フェルナンド殿……」
何やらロリが気遣わしげに見てくるが、そんな事はどうでも良い。
何故なら。
まさかあの真面目で素直で可愛いルナが、世界征服だなんて。
旧世界でそんなの片鱗すら見せていなかったというのに。
よりによって、世界征服なんて……
「それでこそだ……」
僕は大きな感動に打ち震えていた。
「フ、フェルナンド殿……?」
ロリが何やら『お前は何を言っているんだ?』と言わんばかりの感じで聞いてくるけど、僕は完全に無視して。
「ルナ程の才能を持った英傑ならば、偉大なる野心を持って然るべきだ。新世界の征服を望む……素晴らしい事ではないか」
「お、お主は一体何を言っておるのじゃ……?」
思わずと言った感じで聞いてくるロリと、黙ったままの族長は戦慄したような表情をしている。
「この新しき事象に満ち溢れた新世界を自らの下に置く。正しくルナに相応しい野望と言えるだろう。彼女に再び会うのが非常に楽しみだな」
僕が強調の意味を込めてさっきと同じような事を繰り返す。
いやあ……ルナに一体何があってそんな事をやらかそうという気になったんだろうね。
僕としては大歓迎ではあるけど、性格的にあまりにかけ離れ過ぎているからね。
あの子は庶民の話をいちいち聞いてしまうランバート程に酷くはなかったけど、それでもかなり良心的だったから。
なんて考えていると。
「ふむ。それには看過できない点があるな」
「そうね。私も見逃す訳にはいかないわ」
先程から黙り込んでいたアルベルとアリスが口々にそんな事を言ってきた。
「そ、そうじゃ。よもや世界の征服など……」
なんてロリが同意するように言った瞬間。
2人の英傑は。
「世界を征服するのは俺だ」
「世界を征服するのは私よ」
なんて自信満々にしながら言い放った。
「へえ……やっぱりアルベルもその気なのね? 勿論、私はあなたにも譲る気はないわよ」
「ふっ……それで良い。行動する内に何らかの形で自ずと雌雄は決するだろう。手柄の差などでな」
好戦的な表情をしながらバチバチする2人。
うんうん。そうだよね。
やっぱりこの2人もそうでなくちゃね。
……と言いたい所なんだけど、少なくとも旧世界では2人とも世界の支配がどうこうなんて興味なかった気がするんだけど。
特にアルベルなんて、世界征服したいと言ったら割とすぐに出来ただろうし。
これが環境の──旧世界と新世界で過ごした事による違いなのだろうか。
実に面白い話だ。
「なんじゃこれは……ワシの頭がどうかしてしまったのか……?」
そんな僕たち3人の姿を交互に見ながら呆けたようなリアクションを取るロリ。
うん。君もかなり良い感じだよね。
兄弟共々よろしく頼む。
「お三方の言う事はぼくにも理解できます」
「ダークネス殿もか……?」
ダークネスの方を見て裏切られたと言わんばかりの絶望顔をするロリ。
なんか彼女を見ていると僕も変な趣味に目覚め……ないぞ。
僕は意味深な男だからね。
そして毎度のことながら僕は一体何を言ったのだろうか。
「この世界において、人類はぼくたち100人しかいない……それが何を意味しているか、です」
「どういう事だ? ダークネス」
あからさまな疑問顔をしてカルロスが聞く。
僕も気になっている。
というかダークネスがめちゃくちゃ意味深な発言をしおったから、問い詰めなければ僕のキャラが奪われてしまうからね。
危ない危ない。
「カルロスさん。つまり、今世界を支配しているのは人類ではないという事ですよ」
ダークネスは神妙な雰囲気を出しながら。
「更に言えば、神獣やら遺跡やら……どうやらこの世界には、族長さんや龍帝とやらも把握していない良くわからない何かの影がある。……それは、気に食わないでしょう?」
「なるほどね〜そう言われると、ウチにも理解出来たわ。楽しそうだしやろっか!」
相変わらず楽しそうにするラナリア。
このギャルが世界征服賛成派なのは結構意外だな。
なにせ旧世界では、何度も繰り返すけど彼女はこう見えてお堅い騎士団の副団長だったわけで。
なんて考えているとダークネスは頷いて。
「ええ。世界は人類の支配下にあってこそです。人類を滅ぼしたと推測される神のような良くわからない何かではなく、ね」
まさかそんな言葉があの旧世界における最大宗教の頂点たるダークネスから出るなんて。
本当に凄まじい話だと思うよ。
「王がアリスさんになるのかアルベルさんになるのか、それともそのルナさんになるのか……それは兎も角。人類による世界征服には賛成します」
そんなダークネスは何やら覚悟を決めたように。
「正義とは立場や状況によって姿を変える物……ならばぼくは、人類にとっての正義を成したい」
そう宣言した。
うん。当然だけど僕はそんな深い事なんて全く考えていなかった。
というか僕が今回取った行動はルナの表面的な情報を語って世界征服に感動していただけだからね。
ダークネス君も順調にアリスや理事長化して来ていて何より。
「カ、カルロス殿も同じ意見なのか……?」
お次はカルロスに対して縋るように聞くロリ。
まだ諦めてないのか。往生際の悪いロリだな。
「ああ、まあ別に良いんじゃねえか? ダークネスの説明は納得できたし。それよりオレとしては、この先自分が役に立てるのかっての方がデカい。一刻も早く修行してえ」
いつの間にかカルロス君が修行ジャンキーになっとる。
何で?
いや、別にいいんだけど。
「カ、カール殿は……?」
「うん。僕は法について勉強しないとな。長耳族たちや他種族の既存の法を踏襲しながらも人類に優位な法整備をしていく必要がありそうだ。なかなか楽しそう」
どうやらノリノリで内政担当をするみたいだ。
なにせ王子だからね。
立場上1番相応しい役だし、旧世界でも王子の政治能力はちょっと頭おかし……凄かった。
というかみんな世界征服にノリノリなの面白すぎるな。
それでこそ偉大なる100英傑といったところ。
……ではあるんだけど、ルナといいこの6人といい、新世界にはよほど英傑を惹きつける何かがあるのだろうか?
「あ、兄上……」
「……神獣や遺跡の裏の存在。懸念した事はあったのだ。──貴殿らは長耳族の贄を求めたりはせぬのだろう?」
僕やアリスを見て聞いてくる族長。
「当然。そんな物を貰ってどうするのよ」
「ならば、目に見えぬ存在よりも貴殿らに付く方が良いだろうな。元より我らはいつ龍帝の気紛れで滅されて可笑しくなかった故に」
いや、本当にこの長耳族凄いな。
判断力といい柔軟性といい器の大きさといい。
「流石、わかっているじゃない」
「そうですね。第一にぼくたちの下に付く、それも即座にというのはこの先人類による世界征服が成された暁には非常に大きな意味を持つでしょうから。流石は族長さんです」
あ、言われてみると確かにそうだね。
頭の良い人たちは本当にいちいち沢山の事を考えているなあ。
そしてこう兄妹の対応の差を見ると、やっぱりまだロリは族長には及んでいないという事か。
ロリもかなり頭は良いと思うんだけど、まだまだ場数が足りていないという事なのだろうか。
我ながら僕自身の事は棚に上げまくってて笑えるな。
なんて考えているとアリスが族長に向かって。
「ルナはまだこの島……エデンしか征服していないのよね?」
「……そうであろうな。この島の外に世界が存在する事実を我は1年前に天帝から教わったが、彼女は以降も島に留まりしままと聞く」
へえ。族長は外の大陸を知らなかったのか。
それはまた面白い話だね。
文明レベルとか大陸には長耳族みたいな知的生命体はいるのかとか色々な話がありそうだけど……まあそれは後の話だ。
「なら私はエデンの外も……世界の全てを征服してやろうじゃない。師匠に勝る弟子などいないとわからせてあげないとね」
その理論だと君も理事長に勝てないのでは。
いやまあ、仮に今アリスが理事長と正面から戦いなんかしたら、まず間違いなく瞬殺されるだろうけど。
格上を倒すには不意打ちしかないからね。
1000年前にアリスがアルベルにやったように。
──いつものように今回のやり取りがあろうがなかろうが、これからやる事自体は事前に王子が話していた内容……南の英傑を集めて中央に向かうというのは変わらなかっただろう。
今回、実は僕が喋ったのは本当に表面的な情報に過ぎず、ルナが『次代の神殺し』と呼ばれていたり、当時の時点で10傑の9位で恐らく今はとんでもなく強くなっているであろう事だったり、未来予知能力を持っていたりする事は言っていない。
その後の流れはみんなが自発的にした物であり、僕はいつものように不敵な感じで笑いながら聞いていただけである。
とはいえ。
とりあえず人を集めて中央や北に行き、100英傑を回収する……そんな、なんとなくの行程より、世界征服を目指してまずは100英傑の頂点をルナと争う。
全然、違う。
やる気が。物語が。
英雄性が。
そうそうこれこれ。
こういうのでいいんだよ。
僕自身が世界征服をしたいとは微塵も思わないが、英傑たち……主人公候補たちがそれを望むというのは極めて喜ばしい話なのだ。
──こうして、6人の英傑たちは新世界を征服すべく活動する事になったのである。
◾️お願い◾️
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