素敵な長い髪

青居緑

第1話

ステキなショートヘアですね。よく似合ってます。


「どうもありがとう。ずっと長く伸ばしてたんだけど、先日頭をまるめて、やっとここまで伸びました」


そうなんですね。長い髪も似合いそうです。とっても綺麗な髪だから。


「嬉しいです。実はまるめたのは、訳があるんです。聞いてくれますか?」


※※※


十年以上伸ばした、腰までの髪。大事に手入れしていたので毛先まで美しく、ぴっしりと揃って枝毛だってなかった。髪も大事にされることを喜んでいるみたいにいつも艶々としていた。髪を手に取り、冗談で髪と会話したりなんかして。本当に大事にしていた。


とはいえ、私はそれほどこだわりがあるタイプでもない。ふと思い立って、髪を切った。五十センチくらい、肩下くらいの長さだ。そして緩くパーマもかけた。


美容室で仕上がりを見て、、次はショートにしようかなんて、考えていた。椅子から降りた時に、ちくっとした。

思わず、「痛っ」と声を上げる。

いったいどうしたのかと足元を見ると、足首に髪の束が絡みついていた。担当した美容師が驚きながら髪を払ってくれた。


「長い髪だとこんなこともあるんですかねえ」なんて、言いながら。


その日の晩。おかしな夢を見た。

髪の長い誰かがしくしくと泣いている。後ろ姿なので顔は見えない。今日までの私のように、腰までの長い髪。


「どうして切ったの?大事にしていたのに」


最初はさめざめとしただけだったそれは、少しずつエスカレートしていく。


「どうしてぇー!なんでぇー!」


と、小さな子が駄々をこねるように。頭に響くその声に勘弁して欲しいと思った時、目が覚めた。変な夢を見たと思いながら髪をかきあげると、なぜか濡れている。洗った髪はよく乾かしたし、濡れたまま寝ても、一晩もすれば乾くはず、不思議だと思いながらも、この時はさほど気に留めていなかった。


朝は慌ただしい。顔を洗い髪を梳かす。なぜか妙に絡んでいるのは、パーマをかけたせいだろうか?なんとか解きながらブラシを入れる。『痛ッ』と聞こえた気がしたのは、自分の独り言だったのか。時間に追われて考えもしなかった。


しかし、いざ出勤しようとした時に、ようやく私は異常事態に気づくことになる。

ドアから外に出ようとした時に、髪がそれを阻んだのだ。冗談ではない。私の髪が、玄関ドアにしがみついて、私を外に出させまいとしている。

そして声が響いた。


『紫外線を直接浴びせるなんて、信じらんない!帽子くらいかぶってよ!』


私の他には誰もいない。それにこの声は、頭に直接聞こえるように感じる。夢といい、不思議なことが、繋がっていく。まさか、これは髪が叫んでいるのではないか?そう思ったその時、叫び声が聞こえた。


『そうだよ!美しいアタシを切りやがって!許せない!許せない!』


髪の要求や暴言は次第にエスカレートした。丁寧に梳かせから始まり、シャンプーやコンディショナーのメーカーを指定してきたり、洗った後の乾かし方も注文が多い。

何しろ頭に直接、罵詈雑言が響くので、たまったものではない。 

そのうち髪と会話するようになっていた。異常事態にある意味慣れていたのだ。


『お前なんか、アタシの美しさがなければ、ただのモブ顔だろうがよ!』


あんなに美しい髪だったのに、口の悪さはなかなかのものだ。そしてそれが、毎日続く。慣れたと言っても、平気なわけではない。


『あんたが髪を切るなんて思わなかった。信頼してたアタシが馬鹿だった』


「私の髪をどうしようが、自由でしょう」


毎日毎日、繰り返されるやりとり。ついに我慢しきれなくなって路上で叫んでしまった。まずいと気づいたときにはすでに遅い。遠巻きにおかしな目で見られていることくらいわかる。言葉で表せないほど、いたたまれない気持ちだ。近くに知り合いがいなかったのは幸いだった。


私は思い切って髪をまるめてしまおうと思った。それくらい追い詰められていたのだ。仕事に差し支えがあるようなら、ウィッグでも使ってやり過ごせばいい。

美容室の前に立った途端、髪は喚き始めた。鼓膜が破けるんじゃないかと思うほどだ。


『お前、アタシを切ろうというのか!』


『どうかどうか、アタシをいじめないで』


『髪は長いともだち!!』


興奮しているのか、わけがわからない。


「早く、髪を切ってください!」


案内された椅子に座り、スキンヘッドにして欲しいと注文をする。

これで大丈夫。まぶたを閉じて、安堵したときだった。

なぜかひやりとした感覚がした。


あんなにうるさかった髪が急に、話さなくなったのではないか?

まずい予感がする。


ぱっと目を開けると、私の髪があわや美容師のはさみを奪い取ろうとしているところだった。身を翻し、間一髪でそれを防ぐ。

何が起こったのかわからず呆然とする美容師に私は非礼を詫びて、はさみをとる。

そして勢いざっくりと髪を切り落とした。


頭に響く、断末魔の叫び。

ゲームならエンディングテーマが流れるような爽快感だ。

ああ、やっと終わるのだ。

もっと早くこうすればよかった。

心からそう思った。

ほっとしたのか、私はひどく疲れていて、頭を刈ってもらいながら眠ってしまった。


「これで終わると思うなよ」


ぼんやりとした意識の中で、そんな髪の声を聞きながら。



※※※



「それから、やっとここまで髪が伸びたんです。アタシの髪、綺麗でしょう?

切るなんて、ましてやまるめてしまうなんてあり得ないですよね?

あなたも髪を裏切ったりなんかしたら、ダメですよ」

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素敵な長い髪 青居緑 @sumi3_co

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