第九夜 余燼
金縛りという現象がREM睡眠時に起こる睡眠障害の一種として医学的に解明されはじめたのは1960年代だそうで、近年においてはオカルティックな現象ではない事が広く知られている。
オカルトのヴェールが科学によって引き剥がされた一例として、大変興味深い。
とは言え、生理現象としての睡眠麻痺とは別に、霊的な素因によって引き起こされる『本物の金縛り』がある、と言う主張は根強く残り続けている。
一方は意識も体の感覚も不明瞭で、他方は意識鮮明であるとか、現実ではあり得ないものが見えたら金縛りだとか、いやいや睡眠麻痺の方が半分寝てるようなもんだから非現実的な物が見えるんだとか、このあたり様々な説が飛び交っているけれども、何れの説が真であるかは測りようもない。
巷間噂されるところの『本物の金縛り』もいつの日か、科学によって解明される時が来るのだろうか。
さて、本話におけるもう一つの重要なファクター、騒々しき隣人についてであるが、随分と不合理な点があるように思う。
物音に対して再三壁を殴り、怒鳴りつけるような類の人物であれば、そのうち部屋に怒鳴り込んで来そうであるが、それはしていない。
また、如何に生活スタイルが異なると言っても、4年もの間一度も顔を合わすことがない、なんて事がありうるだろうか。
お互いに避けていたとしても、偶然顔を合わせることの一度や二度はありそうなものである。
隣室には本当に、人が住んでいたのだろうか。
隣人自体が怪異であったとすると、合理性にかける行動も合点がゆくところではある。
そう考えてみると、構図は怪異vs狂人から怪異同士の諍いへと様変わりしてくる。
正樹さんの住んでいた部屋にこそ邪な怨霊か何かが居着いており、隣室の騒々しい存在は正樹さんを含む歴代の住居者に被害が及ばぬように追い出そうとしていた、佳き存在であったとも考えられまいか。
佳き存在と呼ぶには少々口が悪すぎるきらいはあるものの、バラエティ番組を観ながら豪快に笑う怪異というのも、見ようによっては何処かユーモラスに思えてくる。
実際に隣人になるのは丁重にお断りしたい所ではあるが。
ともあれ、正樹さんが早々に管理会社に相談でもしていれば、「いやぁ、お隣の部屋はどなたも入居されてないですよ」となって、この話は全く異なる結末を迎えていたのかも知れない。
その様なifが決して語られず、真相が覆い隠されたまま投げっ放される所が、実体験に基づく怪談の泣きどころであり、また同時に妙味でもあるのだ。あくまで私見であるけれども。
伝え聞くところによらば ― 巷談百夜 ― 烏丸 糺志 @Old_owL
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