第4話 空き家の記憶
第4話 空き家の記憶
金曜日の午後、美咲は1本の電話を受けた。
相手は「斉藤真理子」という女性。実家の売却を検討しているが、築年数が古く、他社で断られたという。
「場所は……葛飾区の亀有です。もう30年は誰も住んでなくて……。」
最寄り駅から徒歩15分。昭和時代の住宅街。土地の評価は高くない。
美咲は迷わなかった。「現地を見てみないとわかりません」と、その日の夕方、物件を訪れた。
道の両側には昭和の香りが残る木造住宅が多い。そこに、斉藤さんが教えてくれた住所の家があった。
斉藤さんの住宅も例外では無い。2階建ての木造住宅。庭の草木は伸び放題で、門扉は錆びつき、ポストには雨で滲んだチラシが詰まっていた。
だが、どこか懐かしい。美咲は幼いころに訪れた祖母の家を思い出していた。
「中も、見ますか?」
斉藤さんが鍵を差し込む。扉を開けた瞬間、埃と時間のにおいがふわりと舞った。
床はきしみ、天井にはシミが浮かぶ。でも、壁には家族写真の跡、色あせたカーテン、柱には身長記録が残っていた。
「ここ、私が生まれた家なんです。親が亡くなってからは、誰も住まなくなって……。でも、誰かに壊されるのも嫌で。」
斉藤さんの目が潤んでいた。
美咲は無言でうなずいた。
そして、深呼吸して言った。
「壊すかどうか、まだ決めなくていいと思います。大事なのは、ここにどんな可能性があるか、一緒に考えることです。」
「……そう、ですか?」
斉藤さんは意外だった。
美咲は改めて言った。
「はい。この家には、物語があります。それを必要とする人に届けられたら、一番いい形で引き継げるかもしれません。」
その言葉に、斉藤さんの目がふっと和らいだ。他社では解体して更地でも厳しいと言われていたからだ。
美咲は事務所に戻り、大橋課長にこの案件を報告した。
「土地の評価は低い。家も正直ボロだ。売れんぞ。」
そう言いながらも、大橋課長は美咲が持参した写真を見つめて言った。
「……ただ、こういうのを“面倒がらずに向き合うやつ”は、営業に向いてる。」
不意に、褒められたような、認められたような感覚が美咲の胸に灯った。
その週の最後、美咲は再びあの家の前に立った。日が沈み、静けさが町に満ちる。
古びた木の扉の向こうに、確かにあった生活の温もり。
それを誰かに届ける。それが今、自分にできる仕事なのかもしれない——そう思った。
続く 第5話:恋と物件の共通点
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