第5話・頼る男
「あんたがまだ仕事見つかってなかったらの話だけどさ、うちの実家の洋食屋で働かない?」
高梨がようやく泣き止んだおれにそう聞いてきた。高梨の実家の洋食屋は有名店だ。度々雑誌やTVでも紹介されている。
「え?…」
「この前辞めた人がいてさ、人手が足りないのよ。給料はたぶん頑張っていけば前より少しは稼げるんじゃないかな、キツイけど」
「あの……おれは有り難いんですけど、良いんですか? なんか何から何までって感じじゃないですか」
「良いのよ。猫好きに悪い人は居ないからさ。私もあんたを助けたくなったの」
「でも…さすがに高梨さんに頼りすぎになるかなって……」
「生きるのに頼ることも必要よ」
そう言って高梨は子猫をチラッと見た。子猫は疲れたのか、眠そうにペタンと顔をキャリーケースの底につけていた。
「あんたも、ちょっとはあの子を見習いなさい」
高梨にそう言われ、おれは妙に納得した。
「あの…働きたいです。働かせてください」
「分かった。親には即採用するように言っておく。あんたは真面目で仕事も出来るから、頑張っていけば大丈夫よ」
「おれが仕事できるって…でもおれ毎日課長に怒られてましたよ」
「あれはあんたが気が弱いから当たられてただけよ。実際あの課長、あんたが居なくて今相当困ってるわ」
「そうなんですか……」
(今になって思う。前の会社に在籍中に、高梨さんとコミュニケーションをたくさん取っておけば良かったって)
「時々さ、うちに来てこの子を見にきなよ」
「あの……良いんですか?」
「良いに決まってるわよ。この子も喜ぶわ」
おれは子猫の方を見た。本当に可愛くて、また何度も会いに来たい。
「そうだ、あんたこの子に名前を付けてあげなよ」
「え、おれがですか?」
「あんたしか居ないでしょ。あんたがこの子を見つけたんだから」
おれは初めて子猫と出会ったときの印象を思い出した。
晴れた空のように澄んだキトンブルーの眼。
(そうだ……)
「キトン。この子はキトンです」
「キトンか、良い名前だね」
おれは置いてあるキャリーケースの前にしゃがみこんで、子猫に向かって話しかけた。
「君は今日からキトンだ。これからもよろしくね」
眠そうにキャリーケースの底に顔をつけていた子猫は顔を上げて、おれに向かって元気に「ミー」と、ひと鳴きした。
キトン 詣り猫(まいりねこ) @mairi-neko
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