第3話 初めてシーカヤックに乗る

初めてシーカヤックに乗る-1

 そうか。イヴは自分が美人だという自覚がないのか――そう知るとクライブは一瞬で気持ちが楽になった。いろいろあったのだろう。おそらく弁護士になってからはずっとあの鬼家庭教師スタイルだったのだ。だから自意識的には彼女は今もあのスタイルのままに違いない。そう考えると納得できる。

 しかし街の男どもが彼女を知れば放っておくはずがない。男どもからアプローチが頻繁にあればイヴも考えを改めるだろう。それまでトラブルが起きなければいいだけだ。

 そう客観的には判断するのだが、クライブの気持ちは落ち着かない。気さくな――しかしどこか陰がある――美人を他の男の前に出したくない気持ちがある。それが独占欲でしかないことは分かる。

 大切なのはイヴがどう判断するかだ。彼女はここに心を回復させに来ている。まずそれを1番に考えろ。

 そう自分に言い聞かせつつ、クライブは風呂に入り、ベッドの上に身を投げ出す。その間、ずっと同じことを考えている。

 半身を起こし、窓からコテージの様子を窺う。

 照明は落とされ、真っ暗だ。陽が落ちてもしばらく夕闇の時間が続く。今はその夕闇の時間だ。

 彼女が心を穏やかにして眠れるといいのだけど。

 どうだろう。自分のように拳銃を手放せない日が何日も何週間も続くに違いない。今も寝室の机の引き出しには銃弾を詰めたままの拳銃が眠っている。もう何週間も触っていない。触るとあの頃の焦りが蘇る気がする。触りたくない気持ちと撃っていた方がいざというとき役に立つという理性的な判断がせめぎ合う。そうか。イヴのためにも僕自身、練習しておいた方がいいかな、と思う。すると少し楽になり、ベッドに横になるとすぐに眠ることができた。

 目が覚めたのは夜明けの時刻だ。5時過ぎ。北極域の夏の夜は短い。もっと北に行けば白夜にもなる。

 クライブはキッチンでコーヒーをいれて一息ついた後、今は軽く食べるだけにして今日の作業にさっそく取りかかろうと決めた。彼女が起きてから朝食を作ればいいのだ。彼女はどんな格好で寝ているのだろうか。美人さん的にはネグリジェを着て欲しい気がするが、お風呂上がりはパステルピンクのスエット上下だった。クライブは1人でくすりと笑う。

 残ったナンとスープを口にしたあと、今朝これからのことを考える。

 まず家庭菜園に手をかけよう。ちょっと雑草が生えてきた。とったら風呂の残り湯を撒こう。作りかけのコテージにはもう屋根があるから雨が降っても大丈夫。作業はもう少し先にしてもいい。気になっているのは作りかけのバイダルカだ。部材を切り出したい気持ちがある。子どもの頃にプラモデルを早く完成させたかったときの気持ちが、今も残っていることをクライブは嬉しく思う。

 食器を洗って片付け、クライブは家庭菜園に手を入れようと庭に出たのだった。

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