第3話 お兄様の死の特訓より楽だろうと思った礼儀作法の講座で半死半生の目に遭いました

 ホフマン公爵家は王家にも連なる武の名門で、初代は王弟殿下だったと聞いている。お父様はこの若さで近衞騎士団長をしていて、3人のお兄様達もいずれは騎士団に所属するのではないかと言われていた。まあ、3人目のフランツお兄様は嫌がっていたけれど……アルトお兄様の前でそんなこと言おうものなら、何されるか判らないので、黙っているみたいだったけれど……


 私も何故か日々の騎士訓練に付き合わされたのだ。

 私は女の子なのに!

 公爵家の試練を受けたが為に本当に最悪だった。


 食事の席は、いつもはお父様が誕生日席で、その両脇がお兄様とエックお兄様、お兄様の横が本来ならばフランツお兄様なのだけれど、私がお兄様の横が良いとだだを捏ねたのと、お兄様の横が嫌なフランツお兄様の利害が一致して、私になった。私の横がフランツお兄様、私の向かいがリーゼお姉様の順になっていた。


 そして、そんな愚痴を食事の時に言っていた時だ。


「そう、ユリアも女の子だものね」

 珍しく私の真ん前のお姉様が私に同情しててくれたのだ。


「そうなの。私もお姉様みたいな生活がしたいわ」

 私はお姉様がどんな生活をしているかよく判らなかったのだ。

 少なくともお兄様の死の特訓よりはましだと思った。


「そう、じゃあ、ユリアも私と一緒に勉強する?」

 お姉様が猫なで声で聞いてくれた。

「するわ」

 私は何も考えずに即答したのだ。


「リーゼ、お前は何を言うんだ。今はユリアにとってとても大切な時なんだぞ」

 お兄様が私の横から不機嫌そうに口を出してきたけれど、

「ユリアは騎士になる訳ではないでしょう。淑女教育も大切よ。ねえ、お父様」

 お姉様はお兄様に唯一意見できるお父様を味方にしようと言い出してくれた。


「うーん、まあ、そうだな。確かにユリアも淑女教育は必要だろう」

お父様が少し考えて頷いてくれた。


「父上。しかし、自分の身を守るように身体を鍛えるのも大切です。ユリアは公爵家の試練を越えたのですから」

「そうは言っても、淑女教育も大切だぞ」

 お父様はそう言って私を見てくれた。

「私も淑女教育を受けてみたいです」

 私はお兄様の死の特訓から逃げられるなら何でも良かったのだ。


 私の言葉にお兄様はとても不機嫌そうな顔をしていた。


「取りあえず、礼儀作法だけでも、学ばせたら良いんじゃない。ユリアも公爵家の令嬢になるんだから」

 お姉様の言葉に、

「まあ、昼の1時間くらいなら良かろう」

 お兄様も頷いてくれたのだ。

 私は死の訓練が1時間少なくなると聞いてとても喜んだ。


「判った。俺から陛下にも話しておこう」

「ありがとう、お父様」

 私はお父様に抱きついたのだった。

 何で陛下がそこに出てきたか私は良く考えていなかった。

 そう、私は淑女教育なんて楽勝だと思っていたのだ。



 次の日の昼食が済んだ後だ。私は着飾られてお姉様と一緒に応接に向かった。

 こんなきれいな服を着せられるのは久しぶりだった。私も女の子だ。とても嬉しかった。


「リーゼロッテ様とユリアーナ様がいらっしゃいました」

 お姉様の侍女が応接の扉を開けてくれた。


「マイヤー先生。いらっしゃいませ」

 お姉様は中に入るといきなりきれいなカーテシーを決めて挨拶してくれたのだ。

「マイヤー先生。いらっしゃい……きゃっ」

 私もカーテシーをまねしようとして、盛大に転けてしまったのだ。


「何です。ユリアーナさん。あなたはカーテシーですら出来ないのですか」

私はいきなりマイヤー先生の叱責を受けたのだ。


「す、すみません」

私は慌てて起き上がった。

「アリアーナさん! 『すみません』とは何事ですか、そのような庶民言葉を公爵家の令嬢が使うべき言葉ではありません。『申し訳ございません』と言いなさい」

マイヤー先生の叱責が響いた。

「も、申し訳ございません」

私は慌てて言い直した。


「そもそも私は王宮の礼儀作法指南役なのです。陛下を始め王宮の方々に礼儀作法のマナーをお教えするのが私のお役目です。本来は王宮以外で教えるなどあり得ないのですが、騎士団長が何回も頼み込まれたから仕方なしに、リーゼロッテさんの礼儀作法を見させていただいているだけなのです。それを騎士団長が良しとして、陛下にリーゼロッテさんの妹のあなたの事までもついでに見て欲しいとお願いするなど本来ならば言語道断なのです。陛下から頼まれたから仕方なしに来てみれば、あなたのその姿勢は何ですか?」

じろりとマイヤー先生は私を睨み付けたのだ。私は蛇に睨まれたひよこのように縮こまってしまったのだ。


「背をピシッと伸ばす」

「はい!」

「腕を体の横にピシッとつけて」

「はい!」

「指を伸ばす。それと顎を引いて」

私に手を伸ばして、マイヤー先生は私の姿勢を直してくれた。


「礼!」

私が少し頭を下げた。


「駄目です。もう一度。背筋を伸ばしたまま、30度に傾けて、顎を引いて」

私はそれから延々と1時間マイヤー先生にしごかれたのだ。

お姉様は小さい頃からしつけられているから、一緒にやるにしても、私から見たら完璧だった。

「リーゼロッテさんはまだまだだと思っていましたが、ユリアーナさんに比べたら全然ましです。今日はここまでで良いでしょう」

私はほっとしたのだ。

「ユリアーナさん。何を安心しているのです!」

マイヤー先生が目をギラギラさせて私を見た。

私はとても不吉な予感がしたのだ。

「あなたは全く出来ていないのですから、1時間の補講です」


ええええ!

私はやっと終わったと思ったのに!

お姉様が私に笑いかけて出ていった。

そんな、お姉様酷い!

私はお姉様に嵌められたのを知ったのだ。


私はそれから更に1時間が2時間に伸びて、マイヤー先生に徹底的にしごかれたのだった。


こんなんだったらお兄様の死の特訓の方が余程良かった!

本当にもう最悪だった。


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