第2話 公爵家の試練を乗り越えたからって女だてらに騎士の訓練をさせられました

 私は初めて湧き上がった魔力を巨大な竜に叩きつけた時だ。

 頭の中にその反動かはたまた副作用かで凄まじい量の記憶が蘇ったのだ。おそらく前世の記憶だと思う。 

 前世、私は病弱でよく病院に入院していた。病院の前からは桜並木が見えた。病院の窓からはその咲き誇る桜並木で遊んでいる子供達の姿がよく見えたのだ。あんな風に外で遊びたいとよく思っていた。私の記憶はそこで寝ていた記憶しか残っていないから、それからまもなく亡くなったんだと思う。育ててくれた優しいお父さんとお母さんには悪いことしたと高熱でうなされながら私は後悔したのだった。


 初めて魔力を使ったのと前世の大量の記憶が蘇ったせいで、私はそれから三日三晩高熱を出して意識不明に陥った。


 その間お兄様達は大変だっらしい。


 気絶して高熱を出した私を連れて帰ったお兄様達は、怒り狂ったお父様にボコボコにされたみたいだ。


 当然だ!


 右も左も判っていない三歳児を、ダンジョンの最奥の試練の間に残してきたのだ。

 それに私は公爵家の血は受け継いでいないはずなのに……公爵家の試練の間に連れて行ってくれたのだ。

 普通の子供はそんなことされたら命がいくつあっても足りなかったはずだ。

 本当にお兄様も無茶なのだ!


「まあ、しかし、ユリアは試練の間に入れたからな。普通は中には入れないから」

 お兄様はそう言うと笑ってくれたんだけど、死にかけた私には笑い事ではなかった。

 まあ、確かに何故か私は試練の間には入れた。入れなかったらそこで引き返すはずが、入れたから置いてきたって絶対におかしいだろう!


 私は女なのに公爵家の男が受ける試練を受けさせるなんて絶対におかしい!

 なら、何故リーゼお姉様は試練を受けさせていないのよ!

 私がそう文句を言ったらお姉様はお兄様に誘われた時に、

「絶対に嫌だ」と断ったらしい。

「その点、お前は頷いてくれたからな」

 お兄様がそう教えてくれたんだけど、何も知らない無垢な女の子を連れて行くなと私は叫びたかった。少なくともどんな危険があるか前もって説明するのが当然だ。


「そんなことしたら絶対に付いてこないだろう」

 お兄様は当然のように言ってくれるんだけど、

「酷い、俺の時は嫌だって言ったのに無理矢理連れて言ったくせに」

 私の横でフランツお兄様がブツブツ文句を言っていたら

 ガツンとお兄様はフランツお兄様の頭を叩いていた。


「痛いよ。兄上」

 涙目でフランツお兄様はお兄様を見上げたが、

「武のホフマン公爵家の男が何を言うのだ! 男は全員試練を乗り越えなければいけないのだ。それを嫌だと。もう一度言ってみろ!」

 お兄様はフランツお兄様を怒って睨み付けていた。


 まあ、怒られているフランツお兄様は口は災いの元だからどうでも良いけれど、私はそれ以来お兄様の言うことは用心して聞く事にしたのだ。また、殺されかけたら洒落にもならない。お兄様は無敵だからどこでも行けるかもしれないけれど、私達は生身の人間だし、冒険者でも騎士でもないのだ。


「何を言うんだ! 公爵家の試練を突破できたんだから、ユリアはもう立派な騎士だ」

 また、お兄様は訳のわからないことを言ってくれた。普通は騎士になるには騎士学校に3年間通うか、王立学園卒業後、一年間か二年間騎士学校に通わないといけないのだ。


 でも、このハンブルク王国では特例があって、公爵家の試練を乗り越えた猛者には何もせずとも騎士の資格を得るのだとか……


 そんなの聞いたことはないし、絶対に変だ!

 それだけホフマン公爵家の試練は大変なのだ。

 あまり剣術の得意でもないフランツお兄様にしても3歳でゴブリンを退治したのだ。お兄様なんて3歳でサラマンダーを退治したなんて絶対におかしい!


「それを言うなら、お前もそうだろう!」

 お兄様に言われてしまった。


 そう、私は三歳の女の子に過ぎないのに、騎士になってしまった。


 どうしたか判らないが、私は竜を退治してしまったらしい。


 らしいというのは私の前に現れたあの巨大竜だが、爆発音に驚いてお兄様達が駆けつけた時にはどこにもいなかったそうだ。

 代わりに私の傍にはピーピー鳴いている小さな竜の子供がいただけだった。

 お兄様達は、まあ、竜の子供ならユリアが試練を乗り越えたのも判ると頷いてくれたみたいだけど、子供じゃなくて大人の竜がいたわよ! 私がそう叫んだけど、

「まあ、魔物と初めて対峙したユリアには子供の竜も大人の竜のように見えたんだろう」

「でないと、倒せる訳はありませんよね」

 お兄様達が適当に言ってくれたんだけど、絶対に大人の竜だったわよ!

 私の叫び声は全く無視されたのだ。

 なんか釈然としなかったけれど……


 そう、私がベッドで意識を取り戻したら、私のベッドの傍に忠犬ならぬ、忠竜として、その当事者の子竜がいたのだ。

 ピーピーと可愛く鳴くので、私はピーちゃんと名付けた。


 今ではれっきとした我が家のマスコットになっていた。

 侍女達もみんなピーちゃんは大人気だ。

 竜がこんな人気があって良いのかと思うほどに。



 それに公爵家の試練を乗り越えたと言うことで、それからは私は公爵家の養子として公爵家の全ての人に受け入れられたのだ。誰も養子だのお父様の隠し子だの文句を言わなくなった。何しろ私は史上初めて公爵家の試練を乗り越えた女の子になったのだ。


「あの小さい体で、騎士の試練をくぐり抜けられたとは」

「女性では初めてではないですか」

「将来は凄まじい豪傑になられますな」

 女の身で豪傑になんかなりたくないって言うのに!

 領民を始め親戚一同も誰も文句を言わなくなった。公爵家の試練を乗り越えれば立派な公爵家の一員と見なされるのだとか。まあその点では良かったんだけど……


 まあ、前世は病弱だったけれど、今世は健康体みたいだし……

 ダンジョンまで平気で冒険に付き合えたし……前世の病弱な体ではそこに行くことも出来なかったはずだ。

 健康な体になったのだけが私は嬉しかった。




 でも、それだけでは済まなかったのだ。



「痛い!」

 私は叫んで剣を取り落とした。


「何が痛いだ! 俺は十分に手加減しているぞ。そんなのでホフマン公爵家の騎士と言えるか?」

 剣を持ったお兄様が怒り出した。


「いや、私、別に騎士になりたくないし」

「何を言っている! 既にユリアは騎士になっているのだぞ。今更、なりたくないは無理だ」

「そんな……」

「行くぞ!」

 お兄様は私の返事も聞かずに剣を構えたのだ。私も構えないと下手したら本当に殺されてしまう。私は仕方なしに剣を構えたのだ。


 私は何故かその後、フランツお兄様曰くの『お兄様の死の特訓』に、エックお兄様とフランツお兄様と一緒に付き合わされることになったのだ。お兄様の訓練は本当に大変だった。私は何度泣きそうになったか知れなかった。いや、私はお兄様に私の騎士になって欲しいとは思ったけれど、自分が騎士になりたいなんて思ったことはないわよ。

 でも、私の言葉なんて誰も、特にお兄様は聞いてくれなかったのだ。


「まあ、試練を乗り越えたんだから、ユリアも諦めたら」

 食堂で私が愚痴っていたら全然慰めにもならない言葉をエックお兄様が言ってくれた。

「ピーーーー」

 横で竜の子供のピーちゃんも頷いてくれるんだけど……誰のせいでこうなったと思っているのよ!



「まあ、そう言うな。これでも食え」

 お兄様がそう言うと私の大好きなデザートのアイスクリームをスプーンにすくって私の口の中に入れてくれたのだ。

「美味しい!」

 私は途端に少し機嫌を直した。


「ほら、もう一口やるから機嫌を直せ」

 お兄様がそう言うと私の口の中にもう一さじ入れてくれた。


「もっとくれなきゃやだ」

 私が文句を言うと

「仕方がないな」

 お兄様は私の口の中にアイスクリームを残り全て入れてくれたのだ。

 普通の平民ではアイスなんて食べられないので私はとても幸せだった。


「アイスクリームで機嫌をとられるユリアって、単純だよな」

 フランツお兄様の呟きが聞こえたが、美味しいものを食べて幸せな私はその言葉を聞かなかったことにしてあげたのだ。

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下記2作品も鋭意更新中です。よろしくお願いします。

『もふもふ子犬の恩返し・獣人王子は子犬になっても愛しの王女を助けたい』

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