きっと大丈夫
末ちゃん
1 迷惑な出会い
その日、得意先でのプレゼンに遅れそうだった僕は、めちゃくちゃ慌てていた。ノベリティを入れた紙袋を抱え、パソコンと書類の入ったショルダーをぶらさげた僕は、駅への階段を駆け上がり、コンコースを突進していた。その時、ズボンの左ポケットで無神経にスマホが振動した。
小走りのままポケットを探った僕は何かにぶつかって尻餅をついた。カランという乾いた音が響き、目の前に若い女性が前のめりに転んでいた。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?」
ダッシュにあえいでいた心臓が、さらなる事態に破裂しそうに脈打っている。大丈夫ですと言いながら、君は起き上がろうとして、大切な分身が手の届かないところにあることに気付いた。
「松葉杖を…とってもらえますか?」
僕は慌てて木製の杖を拾い上げて手渡した。助けようとする僕の手を断って君はゆっくりと立ち上がると、慣れた手つきで松葉杖を両脇にあてがった。白いサマーセーターにベージュのスカート、フラットな靴、揃えた両足は少し細く見えた。頭を下げて不注意を詫び、顔を上げるとまっすぐな瞳と目が合った。
飛び散った荷物の中身を拾い、急いでお互いの袋に戻した。怪我はしていないという君の言葉に助けられ、僕はもう一度深く頭を下げると、逃げるようにその場を離れた。後になって君から言われた言葉は今もよく覚えている。
「周りにかまわず迷惑をかける人は本来許せないの。でも、あの慌てぶりを見たら、気の毒としか思えなくて。転ばされたのは私の方なのに」
駆け込んだ得意先でのプレゼンは散々な出来だった。肝心の商品名を噛んでしまい、労作の動画は見事に固まった。この日のために別な用事を切り上げ、出先で合流してくれた課長の仏頂面が評価のすべてを物語っていた。
「あんな説明で『安心』を買ってくれる得意先は…たぶんないぞ」
会社に戻り、どん底気分で残ったノベリティの整理をしていると見慣れないものが交ざっていた。不透明の白いビニール袋で明らかに配布した粗品ではない。
「何だろう?」
興味本位で中身を覗いた僕は息を呑んだ。ピンク色のフリルを携えた女性ものの下着!僕は思わず袋の口を締め直した。
僕がぶつかって転倒させた、あの彼女のものに違いないとは思ったが、連絡先も聞いていないし、返す術がない。駅員に聞いてみたりもしたが、心当たりはないと言われてしまい、僕はただ途方にくれるしかなかった。
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