無垢な宇宙人が噓つき小説家に出会った件について

浜彦

プロローグ

第1話  ボーイミーツガール

 君に物語が何かって話をするなら――そうだね、その前に「嘘」ってものについて教えなきゃいけないかもしれない。


 まずは自己紹介といこうか。見ての通り、私は人類、ハイヒューマンだよ。


 ……ふむ、君たちにも性別って概念があるんだね。なら、君は男性ってことか。


 私のことが知りたいって? ふふ、いいよ。


 ただし、本当のことを言うとは限らないけどね。


 それじゃあ、少しだけ――自己紹介を始めようか。 


 私が嘘に浸って生きている人間だ。


 だって、私は――さまざまな物語が好きなのだから。


 虚構きょこうの物語から栄養を吸い取り、虚構の要素だけでできた私が育った。


 外に出るより、小説を読むほうが好き。運動するくらいなら、ゲームのほうが断然いい。涙腺はゆるくて、アニメの別れのシーンで簡単に泣いてしまう。安っぽい人工香料たっぷりの飲み物が大好き。


 人間の体は七割が水でできてるって言うけど、その水を全部嘘に置き換えたとしても、たぶん私は普通に生きていける気がする。


 ……あれ?人間ってそんなに水でできてたっけ?まあ、どうでもいい。細かいことは気にしない。不足してる分は、嘘とか妄想で補えばいい。


 要するに何が言いたいかっていうと、私は嘘で育ち、そしていつの間にか、嘘をつくことまで好きになっていた。


 だって今の私は、ここに座って、文章を書いている。小説なのか、創作論なのか、あるいはただの日記なのか、自分でもわからないけれど――内容は、害のない嘘ばかり。


 もし「物語を語ること」が人類最古の技術のひとつだとしたら、私はその叡智の結晶を受け継いだ者ってわけだ。……ちょっと大げさ?うん、自分でもそう思う。でもまあ、人類が昔からやってきたことを続けてるだけなのは、たしかだ。


 人類史上、最初に嘘をついた人間は、どんな気持ちだったんだろう。


 きっと――気持ちよかったんだろうな。


 私にとって、嘘とは奇跡だ。そして、虚構の物語……すなわち小説は、研ぎ澄まされた究極の嘘。小説だけじゃない。創作物は、どれも嘘だ。漫画も映画も演劇も、そしてジョークでさえ。人間は嘘が好きで、それぞれ違うタイプの嘘を好む。そして、私たちはその嘘から楽しみを得て、ときには利益すら得る。


 本にも書いてあった。人は、楽しみと利益のために嘘をつく、と。だから、我々の作り出した人工知能が嘘をつくのも、当然の帰結なのかもしれない。


 ……話が逸れた。


 言いたいのはね、もし戦争で、人類史上最初の嘘つきが英霊として召喚されたとしたら、きっとめちゃくちゃ強いと思うんだ。


 ――勝つさ。だって、嘘って人類特攻の宝具でしょ?


 考えてみて。嘘をつくには、まず言語が必要。言語を持たない生き物は、嘘をつけない。そして想像力も要る。それを他人に伝える勇気もいる。さらに、損得勘定、論理の整合性、相手の感情を読む力も必要。嘘って、めちゃくちゃ高度な心理活動なんだ。


 この能力のすごさってさ、他の宇宙人が聞いたら理解不能すぎて、裸足で逃げ出すレベルなんだよ。


 人類、すごすぎない?


 ほら、こんなチート級の人類を目の前にして、嘘も知らない君が不安になるのも、仕方ないってわけ。


 ま、座りなよ。


 ここではお互い実体なんてないけど――精神的にリラックスすることは、案外大事なんだよ。


 定義を並べて説明するより、いくつか例を見せたほうが早いだろうね。君に、「物語」ってやつを理解してもらうには。


 じゃあ――始めようか。

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