【第II幕:ことばの茎が伸びる】

第8話「実況とメタファー」

「じゃ、よろしく!」


凛が軽く手を振ってスマホを差し出した。

今日は、凛が企画した“放課後スポット紹介動画”の撮影日。

晶はそのナレーション原稿を任されていた。


「てかさ、なんで俺?」


「最近ちょっと、語彙力ついてきた感じだから。ね?」


冗談っぽく笑う凛の目は、ちょっとだけ本気だった。

だから断れなかった。


放課後の公園。

夕焼けが芝生の上にオレンジ色の光を落としている。

子どもたちの声が、風に混じって遠くで響いていた。


凛がカメラを構えながら、スマホで原稿を確認する晶の横に並ぶ。


「じゃあ、試しに今見えてるこの風景、実況してみて」


「え? いきなり?」


「うん。“ナマ”でいいから。どんな感じか言ってみて」


晶は仕方なく、口を開いた。


「えっと……公園に、夕日が差しこんでて……芝生が、赤くなってて……子どもが遊んでる」


「うん、ありがとー!」


凛がサクッと動画を止めて、にやりと笑った。


「で、問題です。いまの実況、どう感じた?」


「……なんか、うすい」


「でしょ?」


凛はスマホをスクロールして、別の動画を見せてきた。

画面に映っていたのは、似たような公園の夕景。でも、語り口が全然違った。


「空がまるで金色のカーテンみたいに街を包んで、

芝生は溶けかけた夕焼け色のゼリー。

子どもたちの声が、風に乗ってふわりと踊る――」


晶は、思わず見入った。

「実況」じゃなくて、「風景そのものが、なにか別のものに変わって見えた」ような感覚。


「これが、比喩表現ってやつ?」


「そう。つまり、“実況”は“事実を伝える”。でも、“比喩”は“気持ちを映す”の」


AICOが静かに補足する。


「比喩は、物事の“本当の顔”を伝える手段です。

ただし、それは“視点をずらす”という技術でもあります。」


「視点を、ずらす……」


「たとえば、“夕日が差している”という事実を、

“空が誰かの心みたいに染まっていく”と表現すれば、

そこに“あなたの心情”が重なります」


晶は、立ち止まった。

夕日を見上げて、もう一度考える。


夕日。赤。静けさ。ちょっとだけ、切なさ。


──ああ、これって。

なんとなく、今日が“終わってしまう”感じだ。


その気持ちを、どう言えばいい?


「……空が、夜に飲まれそうになってるみたいだった」


ぽつりとつぶやいた言葉に、AICOが反応した。


「ナイス・メタファーです。

“夕暮れの空=心が飲みこまれていくような感覚”の転換、成功しています」


凛も、ふっと笑った。


「やっぱ、センスあるじゃん。

いいじゃんそれ、“空が夜に飲まれそう”って。使わせてもらう!」


そう言って、スマホをもう一度録画モードにした。


撮影が終わるころ、空はほんとうに深い青に変わっていた。

日常の中の景色が、ことばの“ずらし”で、自分だけの情景になる。


晶の中で、なにかがまたひとつ、芽を出していた。


🔜次回:🌱語彙の芽〈第8話編〉

“実況”と“メタファー”の違いって何?

視点を少しだけずらして、気持ちを重ねる比喩表現のテクニックを整理!

あなたの風景が“あなたの気持ち”になる言葉づくり、はじめてみませんか?

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