第28話 新たな兆し

 数日が過ぎた。


 紬の手当ては、もう何の効果もなかった。

 作った薬では痛みは和らがず、熱も下がらない。

 かつて効いた薬草も、今はただの草となっていた。


 「……ごめんなさい。もう、できることが……」


 村人の表情が沈むたび、胸が締めつけられるようだった。


 それでも紬は、自分の気持ちに嘘をつけなかった。

 医師会に入れば、また癒せるのかもしれない。

 けれど――それでは、何かが違う気がした。


 いつの間にか、紬は外に出ることをやめていた。


 窓辺に吊るされた薬草の束は、音もなく枯れていく。

 読みかけの本は、机の上で開かれたまま動かない。


 そんなある日の夕方、扉の向こうから優しい声がした。


 「紬さん、お身体、大丈夫ですか……?」


 扉を開けると、そこにいたのはリーゼだった。


 両手に小さな包みを抱え、少し緊張したように立っている。


 「……これ、焼き菓子です。紬さんに食べてほしくて……」


 差し出された包みを受け取るが、紬はうつむいて、小さく首を振る。


 「……ごめん、今、元気なくて……」


 そのとき、リーゼがまっすぐに紬を見て、口を開いた。


 「紬さんには、本当に感謝しています。

 石と鉄を弾く火の魔法――魔力がなくても使える方法を教えてくれたのは、紬さんです。

 私にとって、紬さんは恩人です。他にも、紬さんに感謝している人は、大勢います」


 その言葉に、紬はふと目を上げた。


 「……ありがとう。少し、元気出ました。……じゃあ、さっきの焼き菓子、いただきますね」


 一口かじる。素朴な甘さが口の中に広がった。


 「……美味しい」


 紬の口元に、久しぶりの笑みが浮かぶ。けれど、すぐに小さく首をかしげた。


 「……焼き菓子? リーゼさん、これはいつ焼いたんですか?」


 リーゼは、少し戸惑ったように答える。


 「紬さんが元気なくなってから……紬さんのこと思って、どうしても渡したくて。

 あ、でも……美味しくなかったですか?」


 「そうじゃなくて――火も、リーゼさんが?」


 「はい。紬さんから教えていただいた火の魔法です。」


 ――封じられたのは、私だけ?


 その瞬間、紬の瞳に光が戻った。


 「……リーゼさん。手伝ってもらえますか? 治療できなかった村人のところへ」


 リーゼは驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情で頷いた。


 紬の指示で、薬草を摘んでもらい、乾かし、すり潰してもらう。

 分量と手順を細かく伝え、できあがった調合薬を、紬ではなくリーゼが手渡した。


 しばらくして――


 「……痛みが、少し引いた……?」


 患者がゆっくりと起き上がり、傍にいた家族が安堵の涙を流す。

 リーゼは、戸惑いながらも笑顔で応えた。


 その様子を見ていた紬は、そっと口元を押さえる。


 「やっぱり……治療ができなくなったのは、私だけ」


 魔法でもなく、力でもない。

 でも、誰かのために動く方法は、きっとまだ残っている。


 紬はゆっくりと深呼吸し、空を見上げた。


 雲の切れ間に、小さな光が差していた。

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