第8話 焼き菓子は魔法の味

火傷を負った少年の腕に巻いた葉は、日に日にしっとりとした柔らかさを取り戻していた。咳をしていた小さな女の子も、老人も、まだ完治とはいかないけれど、目に見えて元気を取り戻していく。


「おかげさまで、咳が楽になったようです」

「腕、もうぜんぜん痛くない!これ、ぜったいすごい魔法だと思う!」


そんな言葉をもらうたび、紬はどこかむずがゆくなった。自分がやったのは、たまたま本に載っていた知識を真似しただけ。魔法でもなんでもないのに。


それでも、村の人たちは嬉しそうにお礼の野菜や果物を差し入れてくれるようになった。

赤くて甘い実、見たことのない根菜、そしてどっさりと実った穀物の束。


「ありがたいけど、こんなに食べきれないよ……」

ぽつりと漏らした独り言に、ラセルがにやりと笑った。


「それも“本の魔法”で、なんとかすればいい」

「……もう、魔法じゃないって言ってるでしょ」


そうは言いながらも、紬は荷袋の底にしまっていた一冊の本をそっと取り出した。

それは「おやつを作ろう」と書かれた、小学生向けのレシピ本だった。


火を使って焼くお菓子――たとえば、砂糖の代わりになりそうな甘い果実と、穀物の粉、油を混ぜて、平たく焼くだけでもいい。


パンのような、でももっと甘い、焦げ目のついた薄い焼き菓子。


一枚、また一枚。ラセルと協力して小さな焼き台を整え、薄い板にした生地をのせて焼いていく。


ぷつぷつと泡が弾け、辺りに甘い香りが漂いはじめたころ、村の子どもたちがぽつぽつと集まってきた。


「なにそれ!いいにおい!」

「これが、例の“魔法の葉っぱ”か?」


「ちがうちがう。これは、お菓子」

「……お・か・し?」


訝しむ子どもたちに焼きたての一枚を差し出すと、彼らは恐る恐る口に運び、目を見開いた。


「なにこれ、すっごくおいしい!」

「ふわふわで、あまくて、でもちょっとパリッとしてる!」

「これ、絶対すごい魔法だ!」


「……だから、魔法じゃなくて」


否定しようとした紬だったが、子どもたちの歓声にかき消された。

やがて子どもたちはお菓子だけでなく、紬の持つ“絵のたくさんある本”にも興味を示し始めた。


「ねえ、その本のなかには、もっとすごい魔法があるの?」

「これはね、魔法じゃなくて……お話」


そう言って、紬は一冊の絵本を開いた。

ページには、くるくると動く目をした猫が旅をする話が、カラフルな絵とともに綴られている。


ひらがなをなぞる指先を、子どもたちがじっと見つめる。

紬は、少し照れくさそうに言葉を紡いだ。


「これは、“読んで”聞かせるお話。聞いてるだけでも、楽しいから」


読み進めるうちに、子どもたちはじっと耳をすませ、時折くすくすと笑った。

そんな光景を、村の大人たちが不思議そうに見守っていた。


お菓子を食べながら笑う子どもたち、本に夢中になる子どもたち。

それはまるで、村にぽつんと咲いた一本の花のように――静かで、温かな光景だった。

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