最強の黒き縁(高円寺視点)

 あの、書類整理から早一ヶ月。

 猿渡さんことさるちゃんとは書類整理終わりに連絡先を交換したが、特に連絡を取り合うこともしていなかった。

「いい感じだと思ったのになぁ」

 さるちゃんは、研修で少しだけ会っているからほぼ初めましてだと思っているだろうが実は違う。

 何年か前にしっかりと話しているのだ、

 今はコンタクトに髪色も明るくと変えているが、当時は眼鏡で髪の毛も明るくなかったし、どちらかと言えば地味で目立たない存在で。

 別フロアで書類をぶちまけてしまったことがあって、誰も助けてくれなく皆が素通りしていくなか、唯一「大丈夫ですか?」と声をかけて拾ってくれたのがさるちゃんだった。

 その時は書類を拾ってくれてお礼を言って去っていってしまったのを話したと言っていいのかわからないが、話したことには変わりはない。

 その後、食堂や廊下で見つけて声をかけようとしたができず。

 月日は無情にも過ぎていったのを思い出す。

 つかちゃんに、書類整理を頼まれたあの日。さるちゃんも来ると聞いて二つ返事で了承したのだ。

 我ながら少し気持ち悪いなと思いつつも、話してみたかった人。そして、あの時のお礼をきちんとしたいなと思っていた。

 見ているだけだった人が、隣で一緒に仕事をしていると思ったら緊張しすぎてうまく話せれてた自信もなかったけど、あの日は私なりにかなり頑張っていたと思う。

 耳たぶの後ろを指でさする。

「最強ほくろのおかげかなぁ」

 あの時の猿渡さんを思い出して笑みが溢れる。

 けれど、それだけだった。

 連絡を待っているが、音沙汰もなければ職場でも見かけなくなっていたのだ。

 淡い期待は、この一ヶ月で打ち砕かれている。

 自分から送ればいいのにそれが出来ないのは、自信が無いからだ。

 会いたいと思うほど会えないのが現実。

 最強ほくろもあの時だけの威力だったのか……。

「………………」

 耳たぶを触りながら、ため息をつく直前。

 心配そうに覗き込んできて人物に驚いてしまった。

「えっ、あっ。つかちゃん?」

「ごめんごめん。まどちゃんが元気ないから心配で。どうした? お姉さんでよければ聞いてあげるよ?」

 私も、つかちゃんみたいにフランクに誰とでも話せれたら……。

 いや、それは違うか。私には無理だ。

 つかちゃんや親しい人、職場の人にはバレたくない。

 さるちゃんに好意があるなんてことは口が裂けても言えない。

 女の人が好きってことがもしバレたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。

 好奇心やあからさまな目に耐えられる自信がないのはもちろん、今まで築いてきた関係性を壊したくない。

「ううん、大丈夫。最近、忙しくて疲れちゃっただけかな」

 当たり障りのない言葉に、つかちゃんは深追いすることなく、「そっかぁ。頑張り屋さんだね」と私の肩をぽんぽんと叩いて去っていった。

 さっぱりとした気遣いがありがたかった。

 つかちゃんはパーソナルスペースに無遠慮で来たりしない人だ。だからこそ好かれるのだろう。他にも色々とあるけれど、要因の一つはこれだと思う。

 本当は大丈夫なわけではない。

 日が経つたびに、あの日を思い出してはさるちゃんともし遊びに出掛けたらとか、話が出来たらと想像してしまっている。

「……やっぱり最強ほくろも名ばかりじゃん」

 もっと発揮してよね、と心の中で悪態をついた。

「あれ? 高円寺さん?」

 会いたくて、とうとう幻聴まで聞こえてしまったかと自嘲気味に笑ってしまう。

「高円寺さん、体調は大丈夫?」

「えっ?」

 肩を叩かれて振り返ると、幻聴ではなく本人がいた。

「あっ、さっき大塚ちゃんに会って。その、元気がないって聞いて心配になったから様子を見に……」

 嬉しすぎて顔がにやけそうになるが必死に抑え込むが、それがよほど辛そうな顔に見えたのか、さるちゃんが凄い心配そうに見つめてきていた。

「今日も残業?」

 私の返事がないからか、心配そうに色々と聞いてくれる。

 ここ最近、うちの職場は繁忙期に入り社員のほとんどは残業を強いられている状況だからこそ聞いてくれたんだろう。

「今日は、定時で帰れる予定だけど……」

 さるちゃんは腕時計を確認したあと、暫く考えていた。

「心配だから送っていくね」

 一瞬なにを言われたのかわからなくて、キョトンとしてしまった。

 送ってくねって聞こえたけど、送ってくとは送っていくってことであってるよね。

 だって、送っていくってそういうことだし、そういうことだよね、と誰に聞かれてるわけでも聞いてくれてるわけでもないけれど、私の脳内のみで話が繰り広げられていた。

「少し、ここで待ってて」

「あっ……」

 さるちゃんはそう言ったまま去っていってしまった。

 大人しく待っていたが、なかなか戻ってくることはなく。

 十分休憩もあと少しで終わってしまう。頑張ればあと数時間でお昼休憩だ。

 それに、体調が悪いわけではない。

 自分の部署に戻ろうかと歩いていると、息を切らしたさるちゃんが走ってきた。

「もう、体調悪いんだから待っててって言ったのに」

 さるちゃんの手には、なにやら大きな荷物が握られていてそこを凝視してしまう。

 あれは私の鞄だ。

 状況がわからず、ただただ手元を見つめる。

 その視線に気づいたであろうさるちゃんは、私に説明するために必死で息を整えていた。

「さっきまでうちの部署で広報部の部長と仕事をしてて、状況を説明したら二人とも半休を取っていいって許可がもらえて。それで、ここに来る前に広報部に寄って荷物も持ってきたの」

「それって、私が半休?」

「そう。あと、一人じゃ心配だから送っていくと伝えたら、私も半休にしてくれたよ。あと、高円寺さんの荷物が椅子に置いたままでびっくりしたよ。ロッカーに入れておかないと危ないよ」

 確かに鞄は椅子に置いたままにしちゃったけど、貴重品は全てポケットに入れてたから問題はないんだよね、とは言えず。

 さるちゃんが、心配してくれるのが嬉しくて思わず笑ってしまった。

「なんで、笑ってるの?」

「さるちゃんのそういうとこ、いいなって思っただけ」

 私の言葉に訳がわからなそうだったけど、噛み砕いて理解したのか急に慌て始めた様子にまた笑ってしまった。

「そっ、そういうのはいいから帰るよ。忘れ物はない?」

「うん。忘れ物はないよ。ありがとう。」

 手を出して鞄を受け取ろうとするが渡してくれない。

 その代わり、伸ばした手を掴まれた。

「ちょっ、さるちゃん」

「あっ、歩くの速すぎる? あと、家はどこら辺?」

 手を繋いでいることはスルーされ、家の場所を聞かれる。

 さるちゃんは天然なのだろうか。誰にでもこういうことをしているのか。そう考えると少しだけモヤっとした。

 会社を出るとタクシーを拾い私の家に向かう。

 本当に送ってくれるんだ……。

 隣に座っているさるちゃんの様子を、バレない程度にチラ見して確認するとバレてしまい「どうしたの?」と心配されてなんでもないと素っ気なく返してしまった。

 なんでこうなったんだろうか。

 耳たぶを触ってしまう。

 あの日、さるちゃんにほくろを指摘されてから触る癖がついてしまったのだ。

 私があの日から耳たぶを触っていることなんて気づいてもいないんだろうな、と再度さるちゃんを方をちらりと見ると、また目があった。

 想定外のことに言葉がでない。それは、さるちゃんも同じなのか口を開けては閉じてを繰り返していた。

 その様子に、ふと力が抜けてしまい笑ってしまう。

 なんて可愛らしい人なんだろうか。

 その様子を見るに、きっとあの時の事は覚えているはずだ。というより覚えていてほしい。

 そんなことを考えていると、マンションの近くにタクシーが止まり二人で降りた。

「まさか、ここに住んでるの?」

「うん、ここだよ。なんか、ここが出来たときに抽選で一部屋半額提供ってイベントがやってて。興味本意で応募したら当たっちゃった」

 ちょうど、住む家も探していたし得したなとしか思っていない。半額で家が買えるならかなり安いし。ローンを組んだとしても年数はかからない。

「すごいね……」

「ねー。たまたまだったけどラッキーだったなぁ」

 お高いマンション……と呟いてるさるちゃんを横目に、マンションのエントランスに入る。が、あれ?

「どうしたの?」

「お家まで送り届けるだけだから、見送ったら帰ろうかなと思って」

「…………」

 てっきり家まで着いてきてくれるものかと思っていたばかりに、ここでお別れとなると焦燥感にかられる。

 いや、私おちつけ……。

「せめてお茶くらい出させて?」

「体調が悪いのにそこまでは」

「体調は悪くないから」

「えっ?」

「少し考えごとをしてただけなの。大丈夫だから。それとも迷惑かな?」

 さるちゃんは何故か口元を押さえて、私と視線を合わせてくれない。

「やっぱり迷惑だったよね」

「あぁ、もうっ。迷惑じゃないよ。ついて行くから」

 私の隣にさるちゃんがやって来てくれてようやくホッとした。

 色々と考えてしまいそうになるが、これ以上余計なことは考える時でもない。隣に来てくれるだけで安心させる何かがさるちゃんから出ているんだと思うことにした。

 エレベーターに乗り目的階に着いて案内する。

「お、じゃまします」

「おじゃましてください」

 部屋に入ってくれたことで、少なからず消えずにいた焦燥感は完全に息を潜めてくれたようだ。

 そのかわり、今度は緊張してしまう。

 親や友人でさえ、この部屋に入れたことがなかった。

 ここだけは、私だけの心休まるお城だから。

 だからこそ誰にも邪魔をされたくないと思っていたのに。

 さるちゃんがいるというのに現実味がなくて……。

「……じさん、高円寺さん?」

「あっ、なに?」

「ごめんね。何度も呼んだんだけど。やっぱり体調が悪そうだし無理せずに休んだ方がいいかと」

「帰っちゃわない?」

「あー……うん。帰らない帰らない。大丈夫。お茶をご馳走になるって約束したし。嫌じゃなければ私がいれてもいい?」

「うん」

 さるちゃんは、私から急須を取りお茶を淹れてくれる。その間、私はソファに座って待つことに。

「冷蔵庫にシュークリームがあるから食べて」

「はーい」

 なんでもないやり取りだけれど、どきどきしてしまうのは私がさるちゃんのことを気になっているからで。

 大袈裟かもしれないけど、今死んでも悔いはない。

 人との距離はある程度置いてきたのに、気になる人には距離感がバグってしまい絆されてしまうのだ。単純すぎる気持ちにどうしようもなくなってしまう。

「はい、どうぞ」

「ごめんね。ありがとう」

 なんでもない優しさで、どうしようもなくなる気持ちに名前をつけるならなんて言うんだろうか。

「本当に大丈夫?」

 さるちゃんが心配そうに私を見ている。

「さっきも言ったけど体調が悪いわけじゃないから、大丈夫」

「じゃないでしょ?」

 優しい声で言われて、喉の奥がしまる。

 嬉しいくせに、弱っている時に優しくしないでほしいと思う気持ちと自分のどうしようもない気持ちで心の中がごちゃ混ぜだ。

「無理しないでね」

「…………やだ」

「高円寺さん?」

 さるちゃんから目を逸らしてしまう。こんな醜態を晒して、視線を合わせることが出来ない。

「なにがいやだ?」

「猿ちゃんが、誰にでも優しいところがいやだ」

「うん。ほかには?」

「高円寺さんって呼び方もいやだ」

「ふふっ。じゃあ、まどかさんって呼んでもいい?」

「…………それならいい」

「ん、ありがとう。ほかにはまだある?」

「距離が遠いのがやだ」

「…………」

 突然の無言に、今更ながら後悔したのだ。

 なんてことを言っているんだろう……。

 ちゃんと謝らなきゃ、と恐る恐る顔を上げると……。

「ごめ…………ん」

「いや、ごめんって言いながら笑ってるじゃん」

「だってさるちゃんが照れてるから」

「いやいやいや。あんな言い方されたら勘違いもしちゃうし、照れもするし、なにより可愛いがすぎる」

「可愛くはない」

「可愛い」

「ふふっ。さるちゃんにそう思われるなら可愛いでもいいかな」

「うん。あと、こんな時になんだけど気になることがあって。言ってもいい?」

「なに?」

「まどかさん、頭頂部にもほくろがあるんだね」

「えっ? そうなの?」

「うん。あるよ」

「それも最強ほくろ?」

「うん。神気が通る場所って言われるみたいで、詳しくは忘れちゃったけど、頭がいいって書いてあったかなぁ」

「じゃあ、さるちゃんのほくろは?」

「へぇっ?」

「この前言ってた、恥ずかしいところにあるやつ」

 しばらく考えた様子だが、視線を逸らされて話もそらされそうだったので、自ら視線を合わせに行くとようやく観念してくれたようだった。

「激しめの恋愛と性欲らしい」

 さるちゃんの首元が赤くなっていくのを見て、人間って照れると本当に赤くなるんだと思わせてくれた。

「あと、見せることは出来ないからね」

「なんで?」

「なんでって……」

「勘違いしてよ」

 ここまで言っても気づかれないならそれまでだ。今の私にできるのはこれくらい。告白する勇気なんて持ち合わせていない。

「うぅぅぅぅわぁぁぁぁぁ」

「えっ」

 頭を抱えて叫び出したさるちゃんの様子に、ただただ驚いてしまう。

「さるちゃん、大丈夫?」

「だいじょばない。まどかさんが可愛すぎるから無理」

「可愛いって……」

「まどかさんは可愛い。あと勘違いする。気の迷いだったとしたら今のうちに訂正しておいて。じゃないと傷口が深くなるから」

 まさかの返事に、さるちゃんの赤が自分にも移ってしまったようだ。

 顔が熱い。

「私と激しめのやつでもしてみる?」

「それはまだ早い! けど、いつかはしたい……かも」

「あはははは。そうだね。いつかしようね」

 その後は、さるちゃんのここ一ヶ月の葛藤やら何やらを色々と聞いて更に笑ってしまったが、私も大概なのだ。

 私のことも話したら、さるちゃんは笑うどころか悶えていた。



 結果よければなんとやらというものだろうか。

 それとも、最強ほくろの効果覿面だったってことなのかな。


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最強の黒き縁 立入禁止 @tachi_ri_kinshi

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