最強の黒き縁
立入禁止
最強の黒き縁(猿渡視点)
お昼休憩中。ご飯を食べつつ口には出さなかったものの、自然と惹き付けられるように視線がそこにいってしまった。
「さるちゃん、どうかした?」
「ん、いや。どうもしないよ」
大塚ちゃんが気にしてくれているが、正直それどころでは無い。大塚ちゃんの後方に居た女性のそれが、どうしてだか目にとまってしまったのだ。
「ならいいけど。それでさぁ、聞いてよ」
大塚ちゃんはというと、私に気にもしてない様子で助かった。
大塚ちゃんには悪いが話を聞き流しつつ、さっきの女性の耳のほくろが目について気になっていたのだ。ほくろなんて普段なら気にもしないことなのに、この時ばかりは私の頭の中を占めていた。
視力が無駄にいいのも考えものだな……。
たかがほくろだが、されどほくろだ。
「ふぅ」
十分程の休憩に、自販機で温かいレモンティーを買って飲む。
身体は糖分を欲していたようで、飲むと全身に行き渡る感じと温かさに少しだけ肩の力が抜けた気がした。
凝り固まっていた首を傾けると、コキコキといい音が鳴る。それを何度か繰り返せば音も出なくなり、なんとなくほぐれた気もしたか。
この時間は、特に急を要する用事でもない限り携帯を見ないのが自分のなかで出来たマイルール。
自分の中での、ちょっとした心の余裕を取り戻す。この休憩は、仕事の合間になくてはならなくなっているのは間違いない。
「あっ、いたいた。さるちゃんちょっと手を貸してー」
そんな心のオアシスを壊すのは、いつも仕事だ。
今日もなんかのトラブルでもあったのかなぁ、と思いつつ「はーい」と返事をして呼ばれた方に行くと、なにやら少しだけ様子が違うような……。
「大塚ちゃんなにかあったの?」
皆の頼れる同期の大塚ちゃんは、何かといつも誰かに頼まれているし、その反動を受けるのが今日みたいに私だったり他の人だったりするのだ。
嫌なわけではない。むしろ私も大塚ちゃんには何かとお世話になっているからなんも問題はないし、むしろその分をお返ししたいと思っているからいい。
大塚ちゃんとは実は同じ部署ではない。確か、研修の時に席が隣でそれがきっかけに話すようになり、すれ違いざまに挨拶するようになり、十分の休憩で出くわして話すようになって、今ではプライベートでご飯も行くような間柄にいつの間にかなっていた。
「もう、係長には話つけてあるから。さるちゃんは、今日一日うちの部署へと出向になりました」
やったね、と共にウインクを乗せて。
「いや、今日の仕事終わってないから無理じゃ……」
「あんなの、手持ち無沙汰な上の奴らにやらせておけばいいから。しかも今日中じゃないって言ってたよ」
「えっ、うっそだー。ちょっと聞いてくる」
「はーい。いってらー」
係長を捕まえて確認をすると、大塚ちゃんの言った通りだった。
なんなら、その仕事は他の人にまわされていて私の仕事は無いものとなってしまっていた。
大塚ちゃんって……一体何者なんだろうか。
社会において、平和に過ごしていきたいなら知らないことがいいこともあるなと思い、すぐに考えるのをやめた。
「待たせてごめん。本当だった」
「いいよいいよー。じゃあ、行こっか」
こっちこっち、と手招きされるままについて行く。
「私に手伝えることってあるの?」
「うん。なんなら、さるちゃんとしたくて呼んだまである」
なんの仕事だろうか。
着くまでは内緒、なんて言いながら連れてこられたのは……。
「会議室?」
「そう。一名様ごあんなーい」
そう言いながら会議室の扉を開けてくれた。
「まどちゃん、お疲れさまでーす」
「お疲れさまです」
既に先客がいて驚いた。
「お疲れ様です」
「まどちゃんも来てくれてありがとね」
無言で大塚ちゃんに視線を送ると、勘のいい彼女は察知して説明をしてくれた。
「こちら、広報部の高円寺さん。それで、こっちが企画部のさるちゃんこと猿渡さんです。という訳で、今日はそんなお二人に書類整理をお願いしたくてお呼び致しました。そこそこ重要な書類なので、信頼のある人に頼みたいという意向でお二人に白羽の矢がたったわけです」
「…………本当は?」
本当にそれだけで白羽の矢がたったとは思えない。
「私の独断と偏見で決めました。だってさー、どうせやるならそこまで気を使わない人がいいじゃん」
「それは私にもってこと?」
高円寺さんが、にこにこと笑顔で大塚ちゃんに聞いていた。
「そりゃあ、そうだよー。二人にはそこそこ気を許してる人だもん」
「そこそこなんだ」
私が、あえてそこに突っ込みをいれると大塚ちゃんはばつの悪そうな表情をしたか。
「いや、そこだけを切り取ったら語弊があるでしょ。まどちゃん、さるちゃんがいじめるー」
大塚ちゃんにつられて高円寺さんの方を見ると目が合った。
「名前がまどかって言うんです。なので、つかちゃんにはそう呼ばれてます」
「そうなんですね。私のことはさるちゃんでも、猿渡でもなんとでも呼んで大丈夫です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。あと、私のことも好きに呼んでください」
そんな私らの間に、大塚ちゃんが間に入り込んできた。
「えー、急に二人だけの雰囲気を出さないでくださーい。ってか、敬語は要らないでしょ。さるちゃんとまどちゃんも同い年だし」
「「えっ?」」
見事に声がハモった。
いやいやいや。高円寺さんは、私より大人びてるし年上かと思ってた。
今まで関わりがなかったのは、別部署だったからなのと別フロアなのも大きいなと思った。
大塚ちゃんも高円寺さんも、なんか二人ともお姉さん的な雰囲気だから、そこにクソガキみたいな私がいるというだけで気が引けるというかなんというか。
大塚ちゃんが頼れる姉御なら、高円寺さんはおっとりお姉さん的な感じだろう。
「だから、タメ口でもいいってことー。二人が気にするなら敬語でもいいけど」
「私はタメ口で大丈夫かな。さるちゃんって呼ばせてもらってもいい?」
「はい、じゃなくてうん。わかった。急に名前呼びは、なんかあれなんで、私は高円寺さんでもいい?」
「うん。本当につかちゃんの言うとおり、真面目でいい子な感じだね。さるちゃん、うちの部署に欲しいなぁ」
「でしょー。今だって、内心は敬語使いたいのに頑張ってタメ口で話すとことか、褒めてあげたくなるでしょ?」
ねー、なんて二人で盛り上りだした。
「あの、そんなことはどうでもいいから、早く書類整理の説明してくれないかな」
タメ口で話すのが緊張してるってバレてる事すら恥ずかしいし、顔から火が出そうで話題を変えるために今回の目的を聞く。
「すーぐ、照れちゃうんだから。まぁ、簡単に説明すると今あるファイルに閉じられたやつを、年代別に同じデータのものでまとめてとじてほしいだけ」
ざっと見た感じだけで、かなりのファイルがあった。
そんな私の気配に気づいたのか、大塚ちゃんは言葉を続けてくれた。
「だいたいはまとまってて、今日中には終わる算段になってるから大丈夫。三人でなら終わる」
「大塚ちゃんが言うなら、信じる」
大塚ちゃんの読みで、外しているとこは見たことがない。というより、純粋に尊敬している部分が多いから盲目的に信用してしまう節もあるけど。
「ねぇ、ねぇ、まどちゃん聞いた? うちの子、素直でかわいい子でしょ」
「つかちゃんとこの子じゃないでしょ。さるちゃん、広報部においでよ。悪いようにはしないから」
「いや、あの、あんまりからかうのやめてもらっていいですかね」
「えー、さるちゃんのそういうところがいいのにー」
普段されないような扱いにむず痒くなってしまう。
そんな私を見て、二人は優しく微笑んでるだけだった。
どう考えても同い年じゃないだろ……。
それからは、雑談を交えながらもスムーズに作業を進めていくと途中で大塚ちゃんの社内電話が鳴り、呼ばれた為に暫く席を外すことに。
高円寺さんと、二人で黙々と作業をこなしていく。
さっきまで、大塚ちゃんが話題を振っていたから無言なことは極力なかったが、今はどうだろうか……。
勿論、無言だ。
普段フレンドリーそうに見えているそうな私だが、実は人見知りが激しい。
慣れてる人でも若干の緊張があるのに、ほぼ初対面の人なんかには特に緊張してしまう。
研修で会ったことはあるらしいのだが、もう何年前の話で正直、高円寺さんと会った記憶すらないのだ。
なにか話さなければ、と思えば思うほど話題が出てこない。
ちらり、と高円寺さんを盗み見るが……。
「あっ……」
口を手でおさえたが既に遅し。高円寺さんにももちろん聞こえてしまっていたようだ。
「どうかした?」
見た目に限らず声もおっとりしていて優しい。じゃなくて驚いたのには別にあった。
「いや、その……。高円寺さんにも最強ほくろがあるなって」
なんとか話題を、と焦っていた名残でつい口を出てしまったのは、高円寺さんがたまたま髪の毛を耳にかけた時に、角度的にちょうど見えたほくろだった。
不思議そうな表情をした高円寺さんに焦り、さらなる悪手で話を続けてしまう。
「あ、その、耳たぶの裏にあるほくろが最強らしくて。高円寺さんにもあったから、思わずビックリして声にでちゃって」
「………………」
自分の口、もう開くな。やめれ。
そんなとこまで見てるとか気持ち悪いだろ。
ほぼ初対面の相手にそれはない。確実にないのだけはわかる。
引かれたに決まっている。
少しの沈黙が長い。長すぎる。しかも変な汗まで出てくるじゃないか。
「ふふふっ、そんなとこ見てたの? さるちゃんのえっち」
耳たぶを触りながら、少し照れた様子で私を見ながら言う仕草に、変な汗が更に増えた。
「んなっ、あ、えっちって。そういう意味じゃなくて、」
「あはははは」
慌てている私に、高円寺さんはお腹を抱えて笑い出した。
「へぇっ?」
私を置いてきぼりにしたまま、高円寺さんは目尻に涙を拭うくらい笑っている。
「ふっ、あはは、さるちゃん可愛すぎる。そんなことで動揺しすぎだよ」
「いや、誰でも動揺するからね? コンプライアンスもあるし、ハラスメントも色々なものが出てきてるし。そりゃあ、焦るよ」
「ふふっ、大丈夫だよ。嫌な気分になってないから。それよりも、最強ほくろなんて初めて言われたから面白くなっちゃって。笑っちゃったりしてごめんね」
「まぁ、それは私の発言のせいなので。こちらこそすみません」
安心したせいか。いつの間にか変な汗も止まっていた。
「ほくろってさ、指摘されると恥ずかしくならない?」
その言葉に作業していた手を止まってしまった。
「あの、本当にすみません」
「あー、そうじゃなくて。えーっとね。じゃあ、さるちゃんの恥ずかしいところにあるほくろを教えてくれたらいいよ」
「恥ずかしいところにあるほくろ?」
「そう。私も隠れた部分にあるし、そういうほくろってない?」
そう言われて考えると、何ヶ所かにあるのを思い出す。が、どのほくろを言えばいいのか。背中にあるのは自分ではなかなか見れない部分でもあるし、それを言うなら高円寺さんと同じ状況ほくろになるわけだけど。
……同じ状況ほくろってなんだよ。
出来れば高円寺さんより恥ずかしいところにあるほくろを言わなければ、という変な使命感に出たのは……。
「ビキニラインのところにあるほくろかな」
これは、人に見せれないし指摘されたらそれはそれでなんか恥ずかしい。それに、昔からある馴染みほくろでもあるのだ。
正解はわからないが、これでよかったかなと高円寺さんを見る。
「私のも見たんだから、今度さるちゃんのも見せてね」
「えっ、あ、うん。わかっ……」
えっ?
普通に流れるように言ってしまうところだったが、さりげなく凄いことを今さらっと言われなかっただろうか。
「言質取ったから。約束ね」
「えっ、あ、最後までいっ」
「たっだいまー」
勢いよく扉を開けて入ってきた大塚ちゃんに、私の言葉は遮られた。
「二人とも仲良くやってた?」
「うん。してたよ。今度、さるちゃんと遊ぶ約束しちゃった」
「そんなに仲良くなってたかぁ。よかったー」
「さるちゃんとは仲良くなりたかったから嬉しい」
「まどちゃん、前にもそう言ってたもんね。さるちゃんも、まどちゃんのことよろしくね」
「あっ、うん」
いやいや、大塚パイセン違うんすよ。
きっと、仲良くの意味が少し違うことになってる気がするのは考えすぎなのかな。
私の思い違いってやつだろうか。
内心、焦る私をよそに二人揃って微笑んでくる。
「私も、高円寺さんと仲良くなりたいので嬉しいです。はい」
なんで、敬語なんだよーと笑う大塚ちゃんの横で笑っている高円寺さんは、一体全体何を考えているのか私には知る術もない
けれど、仲良くなりたいのは本心だ。
とりあえず、ほくろのことは一旦忘れることにしようと決めた。
前に食堂で見たほくろのお姉さんが、高円寺さんだったと思い出したのは終業時刻五分前のことだった。
耳たぶの裏のほくろ。
金運、愛情運、健康運などの全ての幸運に恵まれるとされる
故に最強ほくろのいわれがあるとかないとか……。
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