1-18.兄貴
このまま黙っているべきか、少し前までは迷っていた。
でも今は違う。
このギフトの危険性に気づいた今、共に旅を続けることは、シロを死地に連れていくのと同じだ。
シロがいてくれたから、俺は何度も救われた。
だからこそ、危険に巻き込みたくなんてなかった。
(ちゃんと話して、兄の元へ帰すべきだろう)
でも今ここで彼を動揺させてしまえば、本当に伝えたいことが届かなくなるかもしれない。
言葉は慎重に選ばなければ。
クライス「シロ、大事な話がある」
真剣な眼差しを向けると、シロはヤキトリを飲み込み、俺の方へ体を向けた。
シロ「どうしたの、急に?」
その表情には戸惑いと、わずかな不安がにじんでいた。
一瞬、目を逸らしてしまったが、俺は覚悟を決めて口を開いた。
クライス「俺は……ウルズっていうギフトを持ってる。……精神だけ過去に戻って、やり直すことができるんだ」
シロは黙って頷いた。
聞き返すでもなく、静かに俺の言葉を受け止めてくれている。
クライス「でも――この力は、誰かの未来、運命そのものを変えてしまうことすらできる。……だから、危険だと判断した誰かが、俺を“消そう”とする可能性もある」
言葉を絞り出すたびに、胸の奥が重くなる。
クライス「そんな命を狙われる危険な状態で、このままお前を連れて行くのは――」
シロ「危険だってことくらい、重々承知だよ」
そこまで言いかけたとき、シロは呆れたように、俺の言葉を遮ってきた。
シロ「それでも、オイラは一緒に行きたいんだ。集落にいたって、命の危険なんて当たり前のようにあったし。心配しすぎだっての」
クライス「でも、それ以上の危険だ!黒い鎧の男に襲われた時みたいな、普通じゃ起こりえないような――」
シロ「覚悟は十分できてるよ!」
その声は、普段の柔らかな口調とは違い、驚くほどに鋭かった。
シロ「……正直怖いよ、命を狙われるなんて。でも、それを理由に大事な人を見捨てたら――もっと怖い後悔が残るんだ!」
クライス「シロ……」
強く握られた拳が、わずかに震えていた。
シロはうつむいたまま、絞り出すように続けた。
シロ「……オイラがまだ小さいころ、オイラたちをかばって父さんと母さんは魔族に殺された……。あのとき、何もできなくて、ただ逃げることしかできなかった……」
そう言って、ぎゅっと奥歯を噛み締めながら顔を上げた。
シロ「今ここで帰ったら絶対後悔する。――あの日みたいな後悔は、もう二度としたくないんだ!」
シロは瞳に、うっすらと涙を浮かべながらも、俺の目をまっすぐに見据えていた。
シロ「オイラも、守れる存在になりたい……父さんや母さん、にーちゃんみたいに。――クライスみたいに!」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
クライス「……シロ」
彼の心の叫びに、俺はしばらく何も言えなかった。
息を切らすその姿を見つめ、そして、静かに視線を合わせた。
今度はしっかりと――優しくシロの目を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
クライス「……分かった。突き放すようなことを言って悪かった。ただひとつだけ、約束してくれ。――生き延びるために、できることは全部やるんだ。前に進むだけが正しいわけじゃない。時には、退く勇気だって必要になる」
そう口にしながら、俺は穏やかに微笑んだ。
クライス「……お前のご両親は、命を懸けてお前を守った。それは間違いなく尊い選択だ。だからこそ、お前自身が“生き残る”って選択肢も、ちゃんと抱えておいてほしい」
その言葉に、シロは一瞬だけ目を見開き、少し涙ぐんだ声で呟いた。
シロ「……おぅ」
そっと、シロの頭をポンポンと撫でた。
ぬくもりが、指先から胸の奥へと静かに染み込んでいった。
目の前のこの命も、必ず守る。
湧き上がる想いを、これまで以上に強く心に刻み、俺は顔を上げた。
クライス「よし、それならもう遠慮はしねぇ。ギルドであったことも全部話すぞ。嫌だと言っても逃がさねぇからな」
俺は少し意地悪そうな表情を作り、シロに笑いかけた。
シロ「望むところだ!」
シロの表情に、ほんの少しだけいつもの明るさが戻り、俺は胸をなでおろした。
胸の奥がふっと軽くなるのを感じた後、深く息を吸い、腹を決めて口を開いた。
――俺のギフトの詳細。
そして、過去に戻る前にギルドで起きた出来事を……。
◇ ◇ ◇ ◇
シロは俺の顔をじっと見つめながら、真剣な表情で最後まで話を聞いてくれた。
シロ「クライスが……一度死んだ……?」
その言葉には、信じられないという驚きが滲んでいた。
クライス「間違いなく殺された。死んだことで、過去のポイントを更新したこの時間に戻ってきた」
シロ「身体は!? どこか痛むとか、変な感じはないのか!?」
シロが勢いよく詰め寄ってくる。
その目には、心配がありありと滲んでいる。
クライス「問題ない」
シロ「……でも、精神的にはどうなんだよ?」
その一言に、返事が詰まった。
痛み……なんて、感じる暇さえなかった。
すべては一瞬。
気づけば視界は反転し、音も色も、匂いすらも消えていく中で、自分という存在が“ただの物体”に変わったような、そんな感覚だけが強烈に残っている。
思い出すだけで、背筋がぞわりと震えた。
クライス「……正直、戻ってきた時は耐えきれなくて吐いた。ついでに毛玉もな」
努めて軽く笑い、冗談交じりに言ったつもりだったが、シロの表情は固いままだった。
やがて、シロは静かに視線を落とし、小さく息を詰めた。
そして再び、真っすぐこちらを見つめてきた。
シロ「……今ここにいるクライスは……ちゃんと無事なんだよな?体も……心も……」
クライス「あぁ、大丈夫だ」
そう言って、俺はシロに微笑んでみせた。
すると、彼の肩の力がふっと抜け、張り詰めていた表情も次第に和らいでいった。
シロ「そしたら……どうしたらいいか考えよ!」
クライス「……そうだな」
シロが力強く言い、俺も気を引き締める。
続けて、先ほど考えたことをシロに伝えていく。
クライス「一つ前提として、ギルドマスターに俺のギフトの能力が知られるとまずい」
シロ「バレたら、すぐ殺されちゃうってことだもんね」
クライス「そうだ。次に、これは俺の推測だが、サーチグラスではギフトの詳細までは見抜けないんじゃないかと思ってる」
シロ「何でそう思うの?」
クライス「リリアさんがサーチグラスを使った時、俺たちにギフトがあるとは言っていたけど、どんなギフトなのかは口にしなかった。ギフトの内容について説明していたのは、俺たち自身だったんだ」
シロ「……えっ、そうなの?」
クライス「あぁ。だから、自分から能力を話さなければ、バレる心配はないはずだ。まぁ万が一聞かれたとしても、適当にごまかせばいい」
シロ「……いや、それで本当にうまくいくの?」
クライス「分からん!」
シロ「え~!そんな楽観的で大丈夫なのかよ?」
シロが呆れたようにため息をつくが、俺はニヤリと笑いながら懐中時計を取り出し、ジャラリと音を鳴らした。
クライス「もし失敗しても、その時はやられる前に戻ればいいさ」
シロ「そうか……クライスは何度もやり直せるんだもんな!なら成功するまで繰り返せばいいのか」
クライス「あぁ。……ところでシロさん、どうして急にクライスの”兄貴”って呼んでくれなくなっちゃったんだい?」
俺がふざけ半分に尋ねると、シロは慌てふためきながら顔を赤くして答えた。
シロ「う、うるせぇ!クライスはクライスなんだよ!」
その必死な様子があまりにおかしくて、俺は思わず声を出して笑った。
シロ「もういい!二度と兄貴なんて呼んでやんねぇ!クライスの分のヤキトリも全部食っちまうからな!」
そう宣言すると、シロは俺の目の前でヤキトリをガツガツと食べ始めた。
クライス「シロ大先生!ごめんなさい!せめて1本でいいからくれ!」
シロ「や~だね。これはオイラが買ったヤキトリだ!」
クライス「そんな~!」
俺の情けない声をよそに、シロは楽しそうに笑いながらヤキトリを頬張っている。
その笑顔を見て、俺は自然と肩の力が抜けた。
彼にいつもの笑顔が戻ったことが何よりの救いだった。
俺は懐中時計を操作し、過去に戻るためのポイントを更新する。
すると、シロが満面の笑みを浮かべながらヤキトリを差し出してきた。
シロ「ほらよ、”兄貴”」
その一言に、俺もつられて笑みを浮かべた。
――――――――――――――――――――――
あとがき
貴重なお時間を使って、本作品をお読みいただきありがとうございます。
物語の細かな流れとしては、ここまでで五幕が終了となります。
冒険者登録して、王都に向かうつもりが殺されてしまうクライス。そこで初めてギフト「ウルズ」の危険性に気が付きます。
シロを危険な目に遭わせたくないクライスと、危険でも共にいたいシロ。二人の意見はぶつかってしまいますが、より絆を深めるきっかけにもなりました。
次回からは、冒険者登録という、大きな壁を乗り越えていく幕となります。
もしよければ引き続き、クライスとシロを見守っていただけたら嬉しいです。
もし、面白かった、続きが気になる、なんて思っていただけましたら、応援やレビュー、感想などもらえると、今後の活動の励みになります。
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