第3話 ……立花さんのジト目が痛い。


「『たちばな』という苗字の女子生徒ですか。私のクラスにはいないですね」


「そっかあ」


 放課後の緩やかな時間。お茶を飲みながら、ふたりでまったりしていた。

 橘先輩の親が再婚してできた義妹が入学してくるとかなんとか。できたら気にかけてやってほしいって言ってたのを思い出して聞いてみたけど、立花さんのクラスにはいないみたい。……流石に立花さんってことはないよね? 読みが同じだけで漢字は違うんだし。


「あ、そうだ立花さん、文化祭実行委員って興味ある?」


「たしか六月の頭でしたよね、文化祭。……実行委員、ですか」


「うん。わたしの個人的な意見だけどね、文化祭は実行委員に入った方が断然楽しめるよ。入らないのは損」


 実際、実行委員に所属してなかったけど、周りにいる実行委員たちが楽しんでいるのを見て文化祭後に実行委員に加入する一年生は毎年いる。


 お茶を啜る。口内に残るこの優しい甘さが好きだ。


「立花さんはこの学校の文化祭は来たことある?」


 県内では最大規模の文化祭。文化祭が行われる二日間は打倒ネズミーランドが掲げられ、熱狂渦巻く非日常に学生も来場者も酔いしれる。生徒に聞くと、この学校を志望した一番の理由に文化祭を挙げる人も多くいる。


「はい、何度か。人がたくさんいて目が回りそうでした」


「まあ、そうだよね」


 過剰なほどに人が来ることは、例年課題となっている。交通整理に混雑の対応、それに人が集まればその分トラブルも起きやすくなる。来場者に楽しんでもらうために今までも様々な対策・対応をしてきたそうだが、どれも実行委員会としては満足できたものでない。しかし、実行委員の人手的にも限界がある。ノウハウを蓄積して去年より少しでも改善する……地道ではあるが、やはりこれを重ねていくしかないのだろう。


「でさ、青いTシャツの人たちがいたのは覚えてる? あれが実行委員なんだけど」


「あー……」


 なんか立花さんが遠い目をしていらっしゃる。


「迷子になったときにお世話になりましたね」


 ちょっと立花さん、真顔で言わないでよ。なんかシュールでわたしの笑いの壺に入っちゃうから。でも、迷子になるくらい小さい頃の立花さんを想像してみるとかわいいな? ぷっくらした頬っぺたに、艶やかな髪。お団子ヘアとか似合いそう。


 で、改めて現在の立花さんに目を向けてみる。目をつむって懐かしむ姿は美しく、様になる。映画のワンシーンみたいだ。


「どうかしましたか、先輩」


 なんて思ってたら、見つめ過ぎちゃったみたいだ。


「んん、立花さんはきれいだなって。ま、実行委員については考えておいてよ。イベントばっかで大変かもしれないけどさ」


「そうですね」


 来週の月曜日に部結成があって、水曜日から一年生は二泊三日のオリエンテーション合宿。さらに翌週には文化祭実行委員の集会。そこで改めて実行委員会の説明と、参加するかどうかの確認がある。入学して二、三週間でこれじゃあ、まだまだ高校生活に慣れない一年生たちは大変だろう。さらに今学期中に文化祭とクラス対抗の球技大会があるし、二学期、三学期にも体育祭、マラソン大会、その他各種イベントがあるのだからこの学校の催し物好きも本物だ。


「そういえば先輩、文化祭の展示物は私はなにを作ればよろしいのでしょうか。その、創作活動をしたことがないので、少し不安なのですが」


「そうだねー、なんでもいいといえばなんでもいいんだけども。ちょっと待っててね」


 昨年の文化祭で発行した文芸部誌「仮名かなみ」五十二号でも見せよう。はたして、土浦つちうら先輩の俳句(川柳)は立花さんにとっていい例となるか、悪い例となるか。


「あった。これこれ」


「これ、ですか?」


 ツチノコの のこったのこった はっけよい  土浦つちうら一葉かずは


「なんですか、これ……」


「去年卒業した先輩の川柳だね。本人はツチノコは秋の季語だー! 私がそう決めたー! だからこれは俳句だーって言ってたけど」


 因みに蛇関連(ツチノコは蛇なのか?)でいくと「蛇穴を出づ」で仲春、「蛇衣を脱ぐ」で仲夏、「蛇穴に入る」で仲秋の季語になったり。これを初めて見せられたときに他二人の先輩と一緒に調べたのだ。


 解説をしてもあんまり頭に入ってないみたい。立花さん、すごく困惑してる。わかるよ、その気持ち。


「ま、これぐらい自由な活動だからさ、身構えずに気楽にやればいいよ」


「……参考に他の方の作品も見せてもらっていいですか?」


「もちろん」


 ホチキス綴じのページを捲れば長谷村はせむら先輩の詞が載っている。


「グリーングリム……」


 立花さんが詩のタイトルを口にする。



 グリーングリム


 緑に染まる日 覗く瞳

 街角に探す影

 ぼくは歩いている 野良猫が見てる


 ハーレーに乗った魔女が現れる

 夕暮れをつかんでやって来る

    ・

    ・

    ・



 しばらく読んで、さらにページを捲る。橘先輩の小説が出てきて、立花さんが読み始める。


 俳句に川柳、自由詩に小説。あとは短歌。文芸部のメジャーな活動といえばこんなものだろうか。さて、立花さんはどの道を行くのだろうか。


「今すぐ何を作るか決める必要はないからさ、のんびり自分のやりたいことを見つけようね」


 そもそも一ヵ月ちょっとで未経験者に何かを作らせようというのも無理がある。文芸部誌は一年間の活動記録のようなものだから、今年の文化祭に無理に間に合わせようとせずに来年の文化祭を目標にしてもいい。


「そうですね、いろいろなものに触れて考えてみます。……ところで先輩はどういったものを?」


「わたし? わたしは小説だよ」


 文芸部誌の最後尾にわたしの作品は載っている。今のわたしから見るとまだまだ未熟で荒削りなものだが、初めて書いた思い入れのあるものだ。


 立花さんが読み進める様子を期待と不安の入り混じった気持ちで見守る。自分の作品を目の前で読まれるときはいつもこうだ。このドキドキに慣れる日は来るのだろうか。

 やがて永遠にも思えるような数分間が終わる。立花さんが顔を上げた。


「これ、先輩が書いたんですか?」


「そうだよ。わたしの好きなものを詰め込んだだけのものだけど」


「…………」


「え、立花さん?」


「その、……主人公が可哀想ですね」


「うん。可哀想なキャラクターっていいよねって思いながら書いたやつだからね」


「先輩……」


「あ、誤解しないでね。可哀想なのがいいっていうのは創作物に限った話だからね?」


「……まあ、その気持ちもわからなくはないですが」


 気を遣ってくれたのだろうか。……立花さんのジト目が痛い。

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