第36話 悲哀の蜥蜴

「アカンッッッッ!!!屁出る!!!みんな逃げてッッッッ!!!」


…………………………


「ウワァァァァァァッッッッ!!!みんな避難するだよー!!!」


「貴方何考えてますの!!?!こんな狭い場所で良くもそんな下品な事が考えられますわね!!!」


「アタイまだ死にたくない!!!」


「死にはしないでしょうが危険な香りがします!!

!サーシャさんそれはないでしょう!!!」


「いや別に屁ぐらいで死なねぇだろ…。」


初手から下品な女の子、サーシャのセリフ。

どうやら出番が回ってくるまでに腹にたまっていたからしい。

久々の登場でもう肛門は限界だとの事。

ルーヴァ、マクロビ、アスカ、マンナ、ベラニーが慌ててその場を後にしようともがく。ふためく。

しかし間に合わなかった。絶望の瞬間が訪れる。


ピスッ………………………


「あ、ごめん!スカしっ屁やったわ!ンハハ!!!」


少しだけ落ち着く女の子たち。

あの爆発魔法でも使ったのかと疑問を抱くような屁では無かった。

豊満な胸を撫で下ろす女の子たち。一人だけまな板だが。

しかしマンナの宝石のような綺麗な瞳が点になる。


「クッッッッッッッサァァァァァァッッッッ!!!!!!!」


ウバァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!


サーシャの周りにいた女の子たちは阿鼻叫喚。

一心不乱にドアを目指す。


「なんだこの臭いッッッッ!!!ある程度の毒ガスとかだったらキメラであるオレは効かねぇんだぞ!!!極悪すぎる!!!お前どけやアスカ!!!ガハッ!!!」


「ふざけんな!!!デッケェ乳しておいて贅沢言うな!!!こういう時は貧乳ファーストだろうが!!!ゲホッゲホッッッ!!!」


「勢いは無いけど臭いが強烈すぎるだよー!!!」


「意味わかんない事言わずにさっさとどきなさいなッッッッ!!!あぁ!!!臭すぎて頭のハエトリソウが黒くなってる!!!オェェッ!!!」


ドタドタとその場を後にする。

一人ポツンと残されたサーシャという名の屁ロリスト屁ロイン。

 

「そんな臭いかぁ?失礼なやっちゃ…………あ、臭いわ。フハヒヒッッッ!」


狭い部屋に悪臭を解き放った悪魔のような女はなんと次の試合を控えている。

颯爽と部屋を出ていきリングに向かうのであった。


[次の試合を執り行います!!!なんと女子の部ではこの試合が準決勝となります!!!盛り上げて行きましょう!!!!!!]


ウオオオオオオォォォォッッッッ!!!!!


[青コーナー!!!強力なフィジカルに音波攻撃!油断も隙もありゃしない!彼女を超える存在などいるのだろうか!!!カーレード・ショコラァァァァァッッッッ!!!!!]


ウオオオオオオォォォォ!!!!!


ベラニーとの試合で見せた表情とは打って代わり、丁寧に観客サイドや司会席にペコペコと頭を下げるショコラ。瞳もクリクリしておりとても可愛らしいものである。

そしてリングに上がるとまた大きく一礼。

ベラニーの時の暴走はなんだったのだろうかと不思議な思いを抱かざるを得ない。


[続きまして赤…………ゲホッゲホッ!!!!クッッッサ!!!何これ!??!?!ゲホッ!!!三木…………ガヘッ!!!ゴホッ!!!]


ウオオオオオオォォォォ!!!!!!


「お前ちゃんと煽れや流石にそれは嘘やろッッッッッッッッ!!!絶対そんな臭ないやろボンクラがぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!」


残念ながらこれでサーシャの煽りは終わりである。

後は試合で見せてくれればいい話。

さて、いよいよ始まる準決勝第1試合。

サーシャはリングに上がり、ストレッチをこなし拳をボキボキと鳴らす。


「ウチ、三木サーシャって言うんよ。よろしくね!ショコラちゃんやんな。何があるんかわからんけど、全力出してや。全部受け止めるから。」


「よ………よろしくお願いします…。」


「さっきはウチとマンナちゃんが横入りしてもうたけど、ホンマに全力出してええから。ウチめちゃくちゃ丈夫やし。」


「…………………。」


眉をへの字にし、困り顔のショコラ。

目の前の屁の字に対して申し訳ないと思っているのか。暴走なのかわからないが、もう少しでベラニーの命を奪うところを止めてくれた本人を目の前にしたら確かにやりづらさはあるだろう。

しかし試合は試合である。

嫌であれば棄権すればいいものを、リングに上がっているのを鑑みると少しは戦う意思はあるのだろう。

時間は待ってくれない。高らかにゴングが鳴らされた。


カーーーーーーンッッッッ!!!!!


互いにファイティングポーズを取るも、ショコラだけ明らかガードが甘い。脇も開き、全体的に頭部を守る姿勢を保てていない。

わざと不格好な姿を見せ誘っている可能性もある。

サーシャはどっちなのか少しだけ考えたものの、殴って確かめるのが一番だとリングを蹴り駆け抜けた。バカだからね。


「ッッッッ!!!」


ショコラは咄嗟にサーシャの右ストレートを弾くものの、回し蹴りの二段構えには気づけずに側頭部に直撃。

振らつくショコラに何発か当てるもののまるでサンドバッグを殴っている感覚に陥り動きを一旦止めるサーシャ。


「何しとんじゃ!!!やり返さんかい!!!」


「……………!!!」


ショコラのパンチが飛んできたが威力もほぼ無いもはやテレフォンパンチ。

喧嘩慣れしているサーシャは簡単に避けカウンターを仕掛ける。

その時であった。

ショコラの目が獲物を刈り取る獣の瞳に変貌。

それにハッと気づき頭を横にブンブン振るショコラ。


「なんやの今の…。ていうかやりにくいわぁ…………。なんで戦わんのよ。」


選手専用客席でベラニーは腕を組みながら試合運びを見届ける。

自分が戦った時のショコラではない。

サーシャ含め周りの人は、何かに怯える一人の女の子にしか映らない。


「ダメ………なの…。そのまま…攻撃続けて…。」


「…………………。」


構えは一応取りつつ、ショコラの動向を伺うサーシャ。

性格的にもだんだんイライラしてきたのか、眉間のシワが深い。


「私は……………呪われてるから………。」


「……………アンタもしかして、【突発的魔力暴走症】?」


「!!!し、知ってる………の?」


「知ってるよ。ウチの妹…まぁ血の繋がりはないんやけど、おるし。まだ軽い方やけど。」


下に目線を落とし、困り顔のショコラ。


「アンタ薬飲んどるんか?」


「一応…飲んでる…。デスタベラミン…。でも………。」


「効いてへんのや。アレ高い割に効かへんやろ。ウチの妹も飲んでた時期あったけど途中で変えたわ。アンタ変えへんの?他に薬あるやろ。」


「飲んだよ………飲んだけど…………!!!どれもこれも効かない!!!全部無駄だったのッッッ!!!」


ここにきて感情的になったショコラ。

少しだけ目をウルウルしつつ叫ぶ。

サーシャは変わらない表情でそれを見続ける。


「何回も何回も同じ事色々な人に聞かれたよ!!!全部やってきたよ!!!でも私が住んでる銀河付近の薬は全部ダメだった!!!」


「そっか…。ごめんやんか。ほなトーナメントに参加したのって、なんでなん?薬高いん?」


「それは………………………ッッッ!!!」


サーシャは片眉を上げ、疑問をぶつけた。

先程のショコラのセリフが引っかかったからである。


「アンタ……………もしかして、公的に死ねるからとか言うんやないやろな……。」


「……………………。」


ショコラの先程のセリフ。

【そのまま攻撃して】の真相なのだろうか。

要は死にたいのだ。いや、生きたくないのかもしれない。

あらかた想像に難くはないが、この病気のせいで人生に苦難が腐る程あったのだろう。

人に理解はされず、頭のおかしい女のレッテルを貼られ白い目で見られる。

普通の女の子になりたかった。

普通という極限に憧れていた。

しかしショコラには叶わなかったのだろう。

それになにも最初から諦めていた訳では無い。

色々と試行錯誤はしたのだろう。

でなければ、他の薬などに手を出す事などないだろう。

それでもダメだったのであれば、ひどく落胆し絶望するのは至極順当、当然である。


「でもアンタそれ、【自分は苦しくてしょうがないから殺人犯になってくれ】て相手に頼んでんのと一緒やで。」


「わかってる………わかってるけど…!!!」


「アンタ…ショコラちゃんディノサウロイドやんな?喧嘩自体は嫌い?」


「嫌い……………、大嫌い…。」


「ストレス発散て意味でやで?話聞いてる以上、なんかショコラちゃんストレス溜まってるんやろなぁ思ってさ。発散しよや。」


「発散て…………、ま…また私に暴走しろ…って…?人を…傷つけろって…!?」


「うん。ウチ丈夫やから。ベラニーちゃんは油断してもうただけで実際強いんやで。で!ウチはベラニーちゃん並みに強い。大丈夫。全部ぶつけてぇな。」


ベラニーは目を静かに閉じ、少し微笑んだ。

嬉しい事言ってくれやがる…と。

マンナやマクロビも真剣な顔でリング上の二人を見ていた。

アスカに関しては母親の薬代の件もある。

他人事にとても聞こえなかった部分もあるのではなかろうか。


「さっきから暴走しそうになって、無理やり抑えとるやろ?ええで!全力で来てや!取り敢えずストレス発散させよ!その後の事は…その後考えよ!!!」


「な、なんでそこまで…。赤の他人なのに…。」


「ウチはそういう女やから。としか言われへんかな。」


ニシシと綺麗な歯を見せるサーシャ。

八重歯がとてもキュート。

ショコラはまだ困惑しているものの、何故か目の前の屁こきは不思議な安心感がある。

もしかしたら…大丈夫かもしれない。

そう思ってしまうのだ。

ショコラは腕を構え、気持ちを少し入れ替える。

そして一度全てを目の前の女にぶつけようと決心した。


(今まで考えた事ない…。逆に…逆に全部さらけ出すなんて…。…………これが…最後だと思って……一度だけ…。)


「いくでショコラァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」


「ギシャァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」


サーシャの叫びを聞き、暴走モードと化したショコラとサーシャがリング中央でぶつかった。





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