第28話 瞬速の底力
「ガハッッッ!!!」
チェリオスの膝が顔面にめり込む前に目を瞑ることが出来たパルムだったが、鼻血が吹き出し前歯が2本へし折れた。
強烈な膝蹴りの威力からか、パルムはリングから両足が離れ浮かび上がっている。
間髪入れずに空中の仰け反っている腹に肘を入れるチェリオス。
「グブッッッッッ!!!!!」
これまた直撃。
正面から次々と攻撃を繰り出す容赦の2文字が無いチェリオス。その頭部の大きな目はとても冷たい。
「パルムーーーーーーッッッッ!!!」
「このままでは駄目です!!!今すぐに止めなければ…!!!」
心配する2人を制止する銀之助。
額には汗が浮かび、唇は震えているものの目はしっかりと相方のパルムを見つめている。
「大丈夫や…!アイツはこれぐらいでやられるタマやない!!!」
「銀之助…。」
ズガガガガガガガッッッッッッッッ!!!!!
目にも留まらぬ殴打とはこのこと。
しかしそのまま素直に殴られるわけにもいかない。
ほぼサンドバッグ状態のパルムだが、どうにか両腕でブロックしているので顔面と頭部は守られている。
だがこれも時間の問題だろう。
パルムの腕は次第に赤から薄紫色に変色してきている。
このままではいつか綻ぶ。
(い………痛ぇぇぇッッッ!!!攻撃が重たい…!!!腕ごと壊される…!!!どうにか…どうにか間に合え…!!!)
「まだ倒れないか!!!そのハングリー精神!!!評価に値するぞ!!!」
ググッ…と拳に力を入れ、腕の筋肉が盛り上がるチェリオス。
「君の腕も限界だろうッッッッ!!!」
ズゴウッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!
放たれた一撃。
その威力は周りの空気がほんの一瞬だけ飛び散る程。
一点集中型音速パンチ。
観客席からは2人は歪んで見えた。
熱エネルギーも相当なものであり、拳からは蒸気がユラユラと揺らめく。
会場は大盛りあがり。
ヨーベイガーとC.Bは銀之助に諭されたから先程の顕著な反応こそしなかったが、動揺自体は隠せない。
しかしその中で銀之助だけゆっくりと口角が上がっていく。
チェリオスはガード上から叩き潰したつもりなのだろう。しかし何やら拳に違和感がある。
感触がおかしい。
「なッッッッ!!!なんだこれはッッッッ!!!!!!」
ウオオオオオオオオォォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
大勢の目に囲まれるパルム。
しっかりと立派な短い両足で立っている。
気絶やリングアウトなどは一切していない。
どうやってあのチェリオスのパンチを防いだのか。
「なんとか間に合った…!!!コットンヘアーブロック…!!!」
髪の壁。
パルムは魔法で大量に束ねた髪の毛を伸ばし、拳を防いだのだ。
名前にコットンと付くように吸収性の良い柔らかい壁なので、ある程度の衝撃ならダメージをほとんどカットできる。
「ゲロ…!アレは確か俺と戦った時に出した技ゲロ!パワーアップさせたゲロか!!!さすがパルムゲロ!!!」
首からかけた商品ごと体を震わせるケロンバ。
好敵手の成長に興奮しているのだろう。
………言うほど好敵手か…?
「そんで………もってぇッッッッ………!!!!!」
「んなッッッッ!!!!!!!」
すぐさま腕を引っ込めなかったチェリオスの詰めの甘さが露呈。
パルムの髪の毛はチェリオスの拳を防いだだけでなく、シュルシュルと腕に巻き付いている。
一気に引き寄せられたチェリオスはパルムから素敵なお返しを貰うこととなる。
「ダリャァァァァァァァッッッッ!!!!!!」
パルムの右ストレートがチェリオスの顔面にクリーンヒット。
よろけるチェリオスに連撃を浴びせる。
(このまま畳み掛けるッッッッ!!!出来ればこれでケリつけてぇッッッッ!!!)
グラーケンの魔法道場で鍛えた髪の毛のコントロール。
ケロンバとの戦闘時は土壇場で出た産物であったが、自在に動かせるように髪の毛1本1本に魔力を注ぐことにより手足のように操れるようになった。
しかしグラーケン曰く、今よりももっと強くなれると激励を発していた。
サーシャの可愛い小さなお尻を触りつつ。
その後は想像に難くない。
そんな変態ジジイは置いといて、今はパルムである。
パルムがより力を込めチェリオス目掛け殴りかかろうとした時、目があった。
死んでいない。
寧ろ活きている。
(ッッッッ!!!や、やべぇ!!!)
しかし時すでに遅し。
「この髪の毛、利用させてもらうぞ。」
チェリオスは掴まれている腕を思いっきり上に上げた。
パルムはまたもや空中に投げ出され、そのままリングに叩きつけられた。
「グベッッッ!!!」
3度程繰り返した後、チェリオスは高速で跳び上がった。
縦横無尽に跳び回る。
パルムをぶん回しリングに叩きつけたり一気に引き寄せ攻撃を浴びせる。
時折残った髪の毛を伸ばし反撃に出るもすべて避けられた。
髪はチェリオスに掠る事なく無惨にもリングに突き刺ささった。
「パルムーーーーーッッッッ!!!髪の毛放せぇぇぇッッッッ!!!」
銀之助の声が届いたのかたまたまなのか、シュル…と力無く髪の毛を解く。
直後パルムは空中で完全にロックされ、ホールドのポジションに運ばれた。
「アイ・デッド・クラッチッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
ドゴオオオォォッッッッッッッッ!!!!!!
「パルムウウウウゥゥゥゥッッッッッッッッ!!!!」
「マトモに喰らったぞ!!!!!!」
その場からの急降下。
スピードも相まって一瞬でリングに叩きつけられたパルム。
観客が固唾を飲み、銀之助たちも心配する中に何か違和感。
砂煙がそれほど舞っていない。
「こ……………これはッッッッッッッッ!!!!!」
キラキラと細く輝く何か。
髪の毛であった。
パルムは反撃のために髪の毛で応戦したのではなく、リングにネットを張っていたのだ。
「へっ…………!そう来ると思っとったんや…………!!!!!」
「俺の動きを先読みしていたのかッッッッ!!!」
「それだけや無いわッッッッ!!!!!!」
パルムが首をクイッと動かすとリングに突き刺さっていた髪の毛が一気にチェリオスの身体に巻き付いた。
パシィィィッッッッ!!!!!!
「コットンヘアーロックッッッ!!!」
ウオオオオオォォォォッッッッ!!!!!!
観客が叫びだす。
中々いい勝負を繰り広げているものなので当然ではあるが、何を言ってもこれがまだ1回戦だから余計に熱がこもるのだろう。
中々魅せる戦いだ。
「何がコットンだ………!!!めちゃくちゃ硬いじゃねぇかッッッ!!!」
これで終わるわけがないパルム。
チェリオスを押し倒し、足首をつかみホールド。
追撃だ。
「スピニングトーホールドッッッ!!!」
グギギギギッッッ!!!!!!
「ガハッッッ!!!」
かの有名なプロレスラー、ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクのタッグ「The・ファランクス」の必殺技。
パルムはチェリオスの目にも留まらない動きが足から来るものと見抜きサブミッションをかけた。
「ホンマに使いもんにならんくなるぞ!!!早いこと降参せぇ!!!俺もこれ以上技かけたくないんじゃ!!!」
パルムも悪人ではない。
出来れば相手の身体など壊したくない。
例え回復しようともだ。
しかしチェリオスは降参どころか瞳孔が開き、不気味に笑い出した。
「フフフ………フハハハ……。」
「な…なんや…。」
パルムは気でも触れたのかと思ったがそうではない。
チェリオスの身体に熱が籠もる。
何かするつもりなのだろう。
ほんの一瞬。たった1秒。
パルムは脳内で足を緩めてその場を離れるか、もっと深く技をかけるか迷った。
いや、迷ってしまった。
野生の世界では1秒はあまりにも長すぎる。
チェリオスは一気に起き上がりパルムを蹴り飛ばした。
そして背中から悪魔のような風貌の翼を生やしコットンヘアーロックを切り刻む。
「な…つ、翼…?!」
「出来れば出したく無かったんだよ。体力を消耗するからな。しかし…君は…いや、パルム。お前は手加減して戦える相手では無い事がわかった。」
チェリオスの周りがまるで陽炎のように揺らめく。
熱もあるだろうが、オーラがにじみ出ている。
腕を曲げこちらに何か仕掛けようとするのでパルムは髪の毛で伸ばした。
「コットン………!!!」
しかし伸ばしたはずの髪の毛がバラバラに切り裂かれていた。
目を見開くパルム。
何も見えなかった。
さっきからの「目にも留まらない攻撃」とはあくまでも比喩表現である。
だが今の攻撃は本当に見えなかったのだ。
「な…………。」
「死ぬなよ。」
ヒュンッッッ………………
ズドオオオオォォォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!
パルムは見えないパンチをまともに喰らいその場からぶっ飛ばされた。
「グギギギギッッッッッッッッッ!!!!!」
ズガガガガガガガッッッッッッッッ!!!!!
事前に髪の毛を出していたのが正解であった。
バラバラにされたとはいえ、魔力が髪の毛に集中しているのでリングに突き刺しどうにか踏ん張るパルム。
意識も正直飛びそうであるが、根性で耐えなんとかリングアウトは免れた。
ボタボタと流れる鼻血を一気に吹き出し、手の甲で拭き取る。
「ハァ………ハァ………、ヤベェかも………。」
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