社長がSubであることは秘密です

虎が飴

第1話

Dom/Subユニバースの世界観をもとに作っています。

Dom(ドム):支配欲や庇護欲を持ち、Subを守りたい、褒めたい、信頼されたいと願う存在。

Sub(サブ):支配されたい、構ってほしい、尽くしたいという欲求を持つ存在。

Usual(ユージュアル):Dom/Subの性質を持たない一般的な人々。


DomとSubはコマンド(命令)といったplayを行なって互いの欲求を満たします。欲求不満な状態が続くと、精神的身体的な症状が出て最悪死に至ることがある。


本編


次は河原木社長お願いします」

 河原木がマイクスタンドの前に立つとともに、拍手が鳴り止んだ。

「我が企業は、既存のものを真似するのではない。新時代に新しいニーズを生み出すことをモットーに日々精進してきました。皆さんのおかげで、起業から五年。これからも、新しい時代を共に切り拓いていきましょう。乾杯!」

「「乾杯」」

 大きな掛け声と、河原木に向けた歓声が止まない。河原木は壇上を降りて。一人涙を流した。


「社長、電話ですよ」

 秘書の岩倉が私のスマホを差し出す。

「ありがとう」

 スマホの通話相手を見ると、思わず額に皺を作る。なんだよ、こんなに成功を噛み締めている途中に口を挟むなと言いたくなるが、飲み込んだ。

「もしもし、河原木です」

「おい、幸。何回も言っているかもしれないが、お前にはこれから先は無理だ、社長の座を弟に引き継ぎなさい」

 一気に頭に血が上る。私は岩倉に部屋に一人にしてくれとサインを出した。

「私が作った会社だ。お父さんに命令される筋合いはないよ。私は社長の座を降りない。ごめん忙しいから切るね」

 通話終了ボタンに指を近づける。

「お前はSubだぞ!」

プープープープ、ポケットにスマホをこれでもかというほど強く押し込む。別に忘れたわけじゃない、知っててやってるんだバカ親父。


「社長、まだお若いのに本当にすごいですよ。5年でここまで大きい会社にして、我が社のサービスの知名度も高い。これは天から授かりし才能ですよ」

 会社内で高齢の部下が私を持ち上げてくれる。

「さすがDomの社長は違いますね、我々usualには到底無理です」

「いやいや、そんなことないですよ。皆さん私のことを買い被りすぎです。ただいい仲間に恵まれていただけですよ」

 そうだsubである私がここまで来れたのは、努力と縁だった。Domが人間として優秀だ、それはDom以外の可能性を奪うだけだ。私は唇を強く噛み、その場を後にする。

「何をやっているのだろう。私は自分の第二次性に負けたくなかっただけなのに、成功を収めてもこの劣等感と付き合わなければならないのか」

 一人ぽつりと呟くことしかできなかった。勝ち取ったはずなのに、やはり私はDomという存在に負けたのだった。


 目が覚めると視界は歪んで、込み上げるような嗚咽がした。

「あー苦しい」

手は自然と枕元にある錠剤を探し、そして飲み込む。この体調不良の原因は、わかっていた。

「もしもし岩倉、今日のタスク私の家に回してくれない?外の仕事はちゃんとやるからさ。時間になったら迎えきて」

「承知しました。社長、一つ失礼なことを申し上げたいのですがいいでしょうか?」

「ああ」ブラックコーヒーを一口啜る。

「あの‥‥最近社長の体調不良が目立ちます。それってSubゆえの欲求不満ですよね。お店でもいいのでplayをされるべきだと思います」

 私は唯一岩倉には自分のダイナミクスを伝えていた。だが、誰かに相談したところで私の気持ちはわかってくれない。口の中に苦味が広がる。

「うん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」

 私は岩倉の不安を押し切って通話を切る。そして重い体を持ち上げて洗面所に向かった。

「やばい、やばい。胸が苦しい、息が熱い」

 過呼吸のような息をしながら、車の中に横になった。

「薬飲みましたか?病院行きます?」

 岩倉は慌てた様子で、私の額を触った。その手が心地よいぐらいに冷たい。私の体は相当熱を持っているらしい。

「薬は飲んだよ‥‥でも効かなかった。あぁ今日結構大事な取引先なのに」

 唇を強く噛みしめる。でもこの熱は治らない。

「会場はもう目の前ですよ。欠席するなら早め連絡か、代理を立てましょう」

 私にとってこの取引は大事だった。相手はもう戦後に解散してしまったが、明治時代の財閥の跡取り、服部春陽だった。

そんな相手を待たせると会社の命運に関わる。私は今治れば、そのあとは救急にでもなんだって行ってやる。それぐらい今日は失敗できないんだ。そんな気持ちでいつもの5倍ほどの薬を手にした。

「この度はよろしくお願いします。ノイエグループ取締役の河原木幸と申します」

 初めて会った服部は、HPで見た写真より数倍美しく可憐な白百合のような女性だった。まとった黒いスーツが引き立てる白い肌に吸い寄せられる。

「お会いできて嬉しいです。ずっとこの日を楽しみにしておりました。私服部グループの服部春陽と申します」 名刺交換を済ませ、軽い雑談のあと本題に入る。思いの外、服部は親しみやすく、壁を感じない人物だった。そんな服部を自然と好んだ。

「価値のあるお話もできたので、そろそろ切り上げましょうか」

「そうですね。服部さんとはぜひまたお会いしたいです。本日はありがとうございました」

 そう言って私は帰路の方へ振り向く、すると彼女は私に声をかけた

「河原木さんのことすごく好ましく思います。いつか一緒にプライベートでお酒も飲みませんか」

 服部は他の部下にあまり聞こえないように、私の耳元に近づいてそういった。心臓が跳ねた。そして危機感が生まれる。

「ぜひそうしたいです。すみません、今日まだ予定があってお先に失礼します」

 鼓動が早くなり、身体がだるく今にも動かなくなりそうだった。そんなふらふらした私を見て、岩倉が自然と私に肩をかす。

「岩倉、ごめん倒れそう‥視界がもう‥‥」

 モヤがかかり上下感覚が奪われる。

「一旦、トイレ入りましょうか」

 岩倉はトイレ付近にあるソファーに私を座らせた。

「救急車呼びますか?でも、もしかしたら周りの人間に社長がSubだと気づかれてしまうかもしれません」

 岩倉は冷静にそう言った。

「いやだぁ‥」

「じゃあ、私すぐ社長を車に乗せれるようには急いでとってくるので、トイレで誰にも見つからないように待っててくれますか?」

「うん」私は頷いた。それが一番正しいと思った。同じ業界の人間に私がSubだと知られると、舐められて会社が危機に陥るかもしれない。岩倉は、私に「気をつけて」と一言言って、大急ぎで走って車に向かった。私はだるい身体を動かしてトイレの個室に向かう。


 「あっ」なんで言うこと聞かないんだ。視界がぐっと床に近づく。床に倒れ込んでしまった。動け、ここでDomに見つかったらやばい、恐怖感でいっぱいになった。心臓の音しか聞こえない、それぐらい鼓動は早まった。

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