一番えらいのはだれ?

 これは遠い遠い国の話。

 深い深い森のその奥で。

 人知れず魔術の深淵を手に入れんとする魔法使いがおりました。


 ◆ ◆ ◆

 

 ……主人あるじが私を作ったのは、研究の一環だった。

 全ての真理を解き明かし、あらゆる魔法を手に入れんと野心を持った主人にとって、私は数ある過程の一つでしかなかった。

 完成と同時に意思を持ったが、主人にとっては意思と魔法を持った鏡が完成した時点で、次に興味が移って行った。

 

 私はいつのまにか忘れ去られ、他の魔道具と共に、保管庫の奥の方に追いやられた。

 最後に話したのはいつだろうか。何年も何年もホコリと蜘蛛の巣にまみれて、長い年月をそこで過ごす事になった。

 主人あるじが興味の失せたものを放り込む時以外、日の当たらないこの部屋で、他の道具たちと朽ちていく運命の私に、ある日突然、転機が訪れた。


 その日、ドアが開いて光が差し込むと、何やらガサゴソとものを動かす音が聞こえてきた。普段の主人あるじであれば物を放り込んですぐ出ていくので、珍しいことであった。

 ぼんやりとした頭で、久しぶりに感じる日の光を私の体で反射させていると、ガサゴソと作業をしていた小さな人影は、私に気がつきスタスタと歩み寄ってきた。


 小さな女の子だった。


 ところどころほつれた粗末な服を来て、髪は伸ばし放題だった。顔に泥汚れをつけたその子は、私を見下ろすと、不意にニッと笑い、私を持ち上げた。

 彼女の背丈よりも大きな私は、彼女には重すぎるだろうに、彼女はムキになって私を自分の部屋へと運んでいった。


 彼女の部屋に付くと、彼女は保管庫から持ち出してきた物を、一つずつ丹念に磨き上げていった。

 私も、硬く絞ったタオルと刷毛で丁寧に磨き上げられ、久しぶりに新品に戻ったような気分になった。

 

 心地よさにうっとりとしていると、少女がガラスの瓶から、綺麗な花を取り出そうとしているのが見えた。

 主人が作った枯れない花だ。瓶から取り出すと普通の花に戻ってしまうのだが、少女は当然そんな事は知らない。

 

 彼女は中の花がどうしても取り出したいらしく、瓶の蓋をこじ開けようとしていたが、何度やっても蓋が取れない。

 最初は手で軽く引っ張っていたが開かず、次第に、全身を使って蓋を引き抜こうとし始めた。

 私はそれを見ながら、ガラスが割れたら大変だとおもい、思わず声をかけた。


「それひねって開けるタイプのフタっすよ。」


「……え?そっか!こうね!」


 と言うと、少女はパッと表情を明るくして、蓋をとった。

 難なくフタが開いて少女は花を取り出すと、嬉しそうに光に透かして花をながめた。


「よかったっすね。」


「うん!」


 と少女は嬉しそうに振り返る。

 そして、一瞬満面の笑みを浮かべた後、表情が凍りついた。


「…………きゃあああぁぁぁぁ!

 かがみがしゃべったぁあぁぁぁぁぁ!」


 彼女は泣きべそをかきながら、手当たり次第に物を投げつけてきた。

 幸い、一撃で私を粉砕するものがなかったから良かったものの、その時間は、私にとって人生最大の危機であった。


 必死に説得して、私が害のないものである事を理解してもらえると、彼女は物を投げるのをやめて、恐るおそる私に近づき、私たちは話をした。


 ◆ ◇ ◆


「……あなたはだれ?」


「魔法の鏡っす。ここの魔法使いのご主人様が昔作ったんすよ。多分、もうご本人は忘れてるでしょうけど。」


「まほうつかい?……師匠のこと?」


「多分そうです。君は新しいお弟子さんなんすね。」


「でし……?よくわかんない。」


「ご主人様が師匠なんでしょ?」


「……師匠がそうよべっていうから師匠ってよんでるの。」


「ああ……そっか。君のお名前は?」


「……なまえ?なまえって、なに?」


「……えーと、周りの人が君をなんで呼ぶか、だよ?」


 少女は少し考え込んだ後、こう答えました。

 

「……『おまえ』?」


「うーん、それは多分違うっすね〜……。

 なんて言うかな……。周りの人が、『君はホニャララだよ!』って紹介する時に使う言葉だよ。」


「ホニャララ?私のなまえ?」


「違うちがう。ホニャララはたとえばの話。

 そうだなぁ……私の場合は、『私は魔法の鏡だよ!よろしくね!』って感じかな?」


 少女は顔を曇らせると悩んでしまいました。

 鏡は気がつきました。彼女は主人あるじの気まぐれの犠牲者なのでしょう。

 研究対象でしかない少女に、主人は名前などと言う不必要なものは与えなかったのかもしれません。

 哀れに思っていると、彼女はふと顔を上げてこう言いました。


「エフェメラ。」


「ん?」


「師匠が前に言ってた。『おまえはエフェメラだ。』って。」


「エフェメラ……。」


 それは「一時的な」とか「つかの間の」と言った意味の言葉でした。

 主人はこの子に「おまえがここにいるのはつかの間の事だよ」とでも言ったのかもしれません。

 あるいは、この言葉には「短命なもの」と言う意味もあるので、もっとひどい言葉だった可能性もありました。

 いずれにせよ、師匠がこの子にかけた言葉の中で、この子の印象に残ったのは、この言葉だけだったのでしょう。


「……そっか。エフェメラか。いい名前だね。

 それじゃあ、エフィと呼ぼうかな。よろしくね、エフィ。」


「あなたは、『まほうのかがみ』?」


「そうっすね。でも、ちょっと長いから『かがみ』って呼んでね。」


「よろしくね、かがみ?」


「そうそう!よくできました。」


 ◇ ◆


 こうして、私とエフィの生活が始まった。

 驚いた事に、彼女は主人の住処すみかで一人で生活していた。

 着るものや食事は、主人の魔法で時々思い出したように、ポンと現れるのだが、主人が何かに夢中になっている時には、何日も何も出てこないこともあった。

 彼女は住処を歩き回り、食べ物や生活に必要な物を、自分で集めて暮らしていた。

 主人の住処は魔法で守られているので、森の獣に襲われる事はなかったが、それでも年端も行かない少女が今まで生きてこれたのは、奇跡かも知れない。

 彼女に、多少、魔法の素質があったことも幸運だったのだろう。でも、主人は彼女になにも教えるつもりはなく、彼女自身、師匠の見よう見まねでしかない不安定な魔法しか使えなかった。


 そこで、私は彼女に魔法の使い方を教えてあげた。

 彼女は物覚えがよく、みるみるうちに上達し、生活は少しずつ改善されていった。

 私と言葉を交わすことで、彼女の語彙も増え、数ヶ月経つ頃には、私たちはとても仲の良い友達になっていた。


 ◇ ◆ ◇

 

「かがみ!今日は果物とれたよ!」


「良かったっすね!……て、それ、すごく酸っぱいやつですよ。食べれます?」


「大丈夫だよ!すごくいい匂いするもん!」


「……いやぁ、やめといたほうが……。」


「いただきまぁーす。」


「あっ………………あーぁ……ほらぁ、言わんこっちゃない。

 水、召喚してあげますから、口をゆすいで。

 ……物を召喚する魔法、大変なんすよ?」


 ◆ ◇ ◆ 

 

 そんな感じで、二人の生活はバタバタと過ぎていった。


 ある日のこと。

 エフィが私に、ピクニックに行こうと言った。

 いやぁ、歩けないし、としぶる私に、

 

「いいから!凄いところみつけたの!」


 と、エフィはキラキラした目で意気込んだ。

 そして、紐で私を背中に背負うと、主人の住処を出て、森の中を歩き出した。


 足場は悪いし、虫は飛び交うしで、大人でも決して楽ではない道のりを、エフィは額に汗を浮かべながら、必死に登って行く。


 私はその背中でエフィを心配したかったが、それよりも紐が緩んだら一巻の終わりだと思って、ひそかに悲鳴をあげていた。


 さいわい、悲劇に見舞われる事なく、小高い丘の上に立つと、エフィは私を傍に降ろして、自分も座った。


「みて!」


 とエフィが指を刺した。

 遥か向こうに、白亜のお城が見えた。

 森林に隠れて全体は見えないが、雪の積もった山岳を背景に、とても荘厳な景色がそびえていた。


「ねえ、かがみ、この国で一番えらいのはだれ?」


「どうしたんすか、突然?……まあ、一番偉いのは王様っすよね。」


「そう!王様!

 わたしね、将来、王様になって、あのお城で暮らしたいの!」


「それがエフィの夢っすか?」


「そう!私の夢!」


 エフィは目をキラキラさせながら、お城を眺めていた。その目には強い憧れと、未来への期待が満ち溢れていた。


「エフィはなんで王様になりたいんすか?」


「師匠の本で読んだの!

 王様は、いっぱいお金があって、いっぱい家来がいて、いっぱいご飯を食べれるの!

 わたし、そんな暮らしがしてみたい!」


 子供らしい短絡的な願望に、私は思わず笑ってしまった。

 でも、エフィの気持ちは痛いほどわかった。

 今の生活は、彼女の年齢の子供にはつらすぎる。裕福な暮らしへの、切実な願望があって当然だった。


「いい夢っすね。応援しますよ。

 でも、王様になるのってとっても大変ですよ。

 いっぱい敵を倒したり、相手の国を乗っ取ったり。

 辛い事をいっぱい乗り越えないと、王様にはなれないんすよ。」


「えぇっ!……そうなの?

 エフィ……いたいのや、ツラいのはヤダなぁ……。」


 と言うと、エフィはすっかりしょげかえってしまった。

 傷つけてしまったかな、と私は少し後悔した。

 子供らしい夢をそのまま大切にしてあげたほうが良かっただろうか。

 

 その時、私は一つの妙案を思いついた。


「エフィ、お后様を目指すのはどうっすか?」


 エフィは顔を上げると不思議そうな顔をした。

 

「お后様?」


「そう!王様の奥さん!

 エフィは女の子だし、王様に見初められれば、誰も傷つけずにお城に住む事ができるよ?」


「そうなの?」


「それに、王様が君にメロメロになれば、何でもいう事を聞いてくれるから、ある意味で王様よりも偉くなれるよ!」


 エフィの表情に明るさが戻ってきた。

 子供に何て話をしてるんだ、と思いつつも、想像なら誰も損をしないし、エフィが元気になってくれれば何でも構わなかった。


「王様より偉いの?」


「そうさ。でも、お后様になるのは大変だよ?

 勉強もいっぱいしなくちゃいけないし、マナーも身につけなきゃならない。

 いつも綺麗にして、みんなに尊敬される人にならなきゃいけない。

 とっても大変だけど、エフィはできるかい?」


「できる!私、頑張ってお后様になる!」


 エフィは体全体で喜びを表しながらぴょんぴょんと跳ね回っていた。

 

「そうっすね。それなら私もエフィがお后様になれるように、協力するね。一緒に頑張ろう!」


「うんっ!」


 ◇ ◆ ◇

 

 こうして二人のささやかな目標が決まりました。

 鏡はここから、眩しい想いで、エフィの成長を見守って行くのでした。


 ◇ ◆ ◇

 

「…………お后様!

 いい加減、元に戻してください!

 これじゃ床しか見えませんよ!」


 鏡が床にうつ伏せになって文句を言っている間、お后様はお腹を抱えてゲラゲラと笑っていました。


「鏡にも、魔法で手足をつけたら良いんじゃない?」


 という、お后様の提案がきっかけでした。


「そうすれば、鏡の方から私に会いにこれるでしょ?

 抱きしめて欲しい時も便利だし!」


 とお后様が目を輝かせながらいうので、鏡は渋々お后様の提案を受け入れました。


 ところが、いざ、お后様が魔法をかけると、鏡から生えてきた手足は犬のものでした。

 

 四つ脚を地面につけると、鏡面側が床の方を向いて、鏡は床しか見えません。

 おまけに手足が勝手にバタバタと走り回るので、珍妙な新生物として、床を走り回る事になりました。


 お后様は完全にツボってしまい、しばらく前から笑いが止まりせん。


「……笑ってないで早く元に戻してくださいよ!

 うわっ!埃がっ!何か毛も飛んでくるっ!」


「ご、ごめんね、鏡!

 い……今、戻してあげ……ブフゥッ!

 アハハハハハッ!」


「ちょっと、笑いすぎっすよ!

 も〜〜っ!エフィ!早く戻してって!」


 こうしてお后様は笑い転げすぎてしばらく腹筋が痛くなり、鏡は手足の生える魔法がトラウマになってしまいましたとさ。


 めでたしめでたし……?

 

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