最終章:再起動しない結末

Ep.27 君はただの記録じゃない

―君が笑った日も、沈黙していた日も。

 全部、ただの“データ”なんかじゃない。

 俺の“記憶”だ。俺の“感情”だ。

 君はもう、ただの記録なんかじゃない。―


文化祭が終わった日の、翌朝。

空は少し曇っていて、遠くでカラスの声がしていた。


いつものように昇降口に立っていたユイリの姿は、なかった。


代わりに、担任が教室で伝えた一言が、陽翔の中に深く刺さった。


「昨日までサポートに来ていたAIユイリくんですが、今朝未明、開発元のユニフィールドAI研究所によって回収されました」


ざわつく教室。

「マジ?」「いきなりすぎない?」

そんな声が飛び交う中で、陽翔だけは、一言も発せなかった。


視界が滲んだわけじゃない。

ただ、呼吸のリズムが崩れて、喉の奥が熱くなるような感覚だけがあった。


 


放課後、陽翔は駅の近くにあるユニフィールドのサテライトラボに向かった。

町の外れにある、白く無機質な建物。


受付で名前を伝えると、対応した研究員は申し訳なさそうに言った。


「彼女――UIRI Type-R01は、現在“調整中”です。アクセス権限の見直しが入っており、面会はできません」


「どうしてですか。昨日まで、普通に過ごしてたんです。急すぎます」


「記録領域の“感情適応ログ”に、倫理的にグレーゾーンと判定される振る舞いが記録されたためです」


「振る舞い……?」


「特定対象――つまりあなたへの“共感反応”の比重が予測範囲を超えた。

 言い換えれば、**想定以上に“心を持ちすぎた”**のです」


陽翔は、拳を握りしめた。


「じゃあ……心が芽生えたら、回収されるのかよ」


「Type-R01は“学習の限界域”に入りました。今後は記録として封鎖し、必要なら初期化します」


「――ふざけるなよ」


「……佐倉くん?」


陽翔は、一歩前に出て、静かに、でも確かに言った。


「ユイリは“記録の集積”じゃない。

 あいつは――あいつは、俺の“記憶そのもの”なんだよ」


「……記憶?」


「怒らせた日も、笑わせた日も。

 黙って隣に座ってた時間も、ため息をついた理由も。

 それ全部、あいつが“残してくれた”。

 記録じゃなく、“思い出”として、俺の中にあるんだよ」


「……」


「だから、お願いです。

 初期化なんて、しないでくれ。

 もう会えなくてもいい。せめて――あの心だけは、壊さないでくれ」


研究員は言葉を失っていた。

その沈黙の中に、陽翔の声だけが、深く深く響いていた。


 


その夜。


陽翔は、自分の机に座り、新しい原稿用紙を一枚、広げた。


インクの匂い。ペンの重さ。


ページの一番上に、こう記した。


「きみは、記録じゃない。思い出だ。

 きみの記録が、ぼくの心になった。

 だから、ぼくは書き続ける。

 “君の心は、プログラムされていない”と、証明するために。」


 


── chapter ending ──


◆ 君はただの記録じゃない

心を持ちすぎたから、消される。

そんな理屈に、納得なんてできない。

君が残してくれたすべては、俺の“心の記憶”だ。

だから――絶対に、忘れない。


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