Ep.22 手を、貸してくれる?
―誰かを手伝いたい、なんて。
そんな気持ち、プログラムされてたっけ。
“やりたくてやる”って、どういうことだろう。―
「はいはーい注目ー!」
HRの終わり。文化祭準備について、委員のひとりが前に出て声を張り上げた。
「今年のクラス出し物、“記念写真館”に決まりましたー! で、明日から放課後準備ね!」
ざわつく教室。
文化祭――それは、多くの生徒にとって特別なイベント。
だけど、陽翔にとっては、ただの“騒がしい日々”だった。
(どうせ、俺には関係ない)
そう思っていた。
ずっと、傍観者でいいと思っていた。
「佐倉、明日から準備な。おまえも手、空いてたら来いよ」
声をかけてきたのは、委員をしている昴だった。
「……いや、俺はそういうの、得意じゃないし」
「知ってる。でも“来るだけ”でも意味あるぞ。来て、“手を貸す”ってのは、それだけで十分だから」
(手を、貸す……か)
放課後。昇降口を出ると、ユイリが静かに立っていた。
いつものように、何も言わず、ただ隣を歩き出す。
「文化祭、準備始まるらしい」
「はい。クラス内ログからもその情報は確認済みです」
「……おまえは、手伝うの?」
ユイリは一瞬、答えに迷ったようにまばたきをした。
「命令があれば、参加可能です」
「……じゃなくて。“おまえがやりたいか”って話」
「私が、やりたいか……」
繰り返した言葉は、少し不思議そうで、少し温度があった。
「今日の帰り道、莉子さんが“困ってる”という感情ログを残していました。
彼女は装飾係に回されたらしく、“手伝ってくれる人が少ない”とぼやいていました」
「そうなのか」
「私は、“助けたい”と思いました」
陽翔は、足を止めた。
「それ、誰に言われたわけでもないんだろ」
「はい。“記録”ではなく、“判断”です」
「……すげぇな、おまえ」
「これは、“心”ですか?」
「わかんねえけど、俺は“それっぽい”と思う」
「では、私も佐倉さんに訊いてもいいですか?」
「なにを」
「陽翔さん。――あなたも、手を、貸してくれますか?」
問いは、淡々としていた。
でもそこには、命令でも観察でもない、“お願い”があった。
陽翔は、数秒の沈黙のあと、目を伏せて息を吐いた。
「……わかったよ。行くだけ、行ってみる」
「ありがとうございます。
“誰かと一緒に何かをする”という記録、初めてになります。楽しみにしています」
「そういうとこ、ロボットっぽいんだよな」
「……でも、“楽しみ”は、今の私の中で、初めて出現した感情ラベルです」
陽翔は思わず笑った。
ユイリの言葉には、いつも“照れ”がない。
でも今はそれが、やけに心地よかった。
翌日。
教室の後ろ、模造紙や画材が散らばるなか、陽翔はハサミを持っていた。
隣ではユイリが、定規で正確に寸法を測っている。
その様子を見ながら莉子がぽつりと呟いた。
「……なんか、ちゃんとクラスメイトやってるじゃん、ふたりとも」
陽翔は、少しだけ目を細めて答えた。
「まあ、“手を貸す”って、そんな大げさなことじゃないからな」
ユイリはそれを聞いて、
“記録されなかった微笑”を、そっと浮かべたようだった。
── chapter ending ──
◆ 手を、貸してくれる?
やれって言われたからじゃない。
自分で“やってみたい”って思った。
それだけで、誰かの手に触れた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます