長寿税

加賀谷ユウトの場合

28歳、配送ドライバー。月収3万9千円。

加賀谷ユウトは自分が「生きる意味のない世代」に属していると、疑いなく思っていた。


2080年、日本政府は「長寿維持法」を施行。

20歳から39歳の若者は、その生涯年収の70〜90%を「長寿税」として徴収される。高齢者の延命治療、福祉サービス、娯楽、住宅補助、葬儀まで――すべての資金源である。


ユウトのような若者にとって、国は「命のATM」でしかない。

朝3時起きで働き、届け先の老人には「遅い」「臭い」と怒鳴られ、届けたのは自分の祖母が入居している老人ホームの豪華なマッサージ機だった。

祖母は彼を一瞥し、「あんた、まだ生きてたの」と呟いた。


その晩、SNSで「YAR(Young Aggression Rebellion)」の招待リンクが届いた。

地下で高齢支配に抗う若者たちのネットワークだ。そこには無数の告白が並ぶ。



「母の年金のために働いている。親を愛せないことが罪になる社会」

「病院で高齢患者に優先席を譲らなかっただけで逮捕された」

「子どもを作ることは禁止された。“不要世代”としてね」


ユウトは、渋谷での襲撃作戦に加わることを決意する。

4月8日午前3時。国家指定の「第9長寿特別センター」に火炎瓶を投げ込む。

延命治療中の高齢者23名が死亡し、ユウトはその場で拘束された。


処刑までの3日間、ユウトの映像は「国民娯楽番組」として配信された。

高齢者の多くが「これでスッキリする」と感想を寄せたという。


最後の瞬間、ユウトは処刑台の上で呟いた。


「この国の未来は、死んだまま延命されているんだ」


電流が走り、肉体が痙攣した。

そして、静かに意識が消えていった。



天野ナオコの場合

天野ナオコ、24歳。

彼女はユウトの処刑映像を、老人ホームの清掃員控室で観ていた。


ナオコは元・保育士志望だった。だが、保育士制度は2074年に廃止され、出産は「国家選抜制」へと移行した。

子どもを持つには「高齢者貢献度審査」で上位0.1%に入る必要がある。


「あなたには、社会を支える価値がない」と役所で告げられたとき、ナオコは声も出せなかった。

その日から、彼女は老人ホームの便所掃除員となった。月給2万8千円。


ユウトの死をきっかけに、ナオコはYARの東京第4支部に加わる。

が、ユウトの死以降、YARは政府によってほぼ壊滅状態だった。メンバーの多くが「再教育センター」送りにされ、帰ってきた者は誰もいない。


ナオコは別の手段を選ぶことにした。


2081年6月15日。

ナオコは、「老人参政センター」の地下に爆薬を仕込んだリュックを持ち込んだ。

センターは、70歳以上の市民に限り、無制限に投票権を与える“特権施設”である。高齢者の「気分」で法律が変わる、笑えない冗談のような場所だ。


警備員に止められ、バッグの中身を尋ねられる。


「花束です。ここに投票しに来た祖母が亡くなったので」


それは嘘ではなかった。

彼女の祖母は、1時間前に病室で「退屈」と呟いた直後、自ら投票センターへ行く途中で急死していた。

死因は「虚無感」。


ナオコはセンターの中で爆薬のスイッチを握りしめた。

だが、起爆の直前、背後から声がした。


「君も、あのユウトの仲間か?」


振り向くと、そこにはスーツ姿の30代の男。背筋が伸び、目に火が灯っていた。


「俺は元・YARの戦術主任だ。今は“残党”だがな。君がやるにはリスクが高い。撤退しろ」


ナオコは首を振る。


「これしかないの。私たちの声を、聞かせるには」


男は沈黙のあと、小さく呟いた。


「ならば俺が引き継ぐ。君は生きろ」


そして、彼がスイッチを奪い、走り去った。

数秒後、遠くで爆発音が響いた。


その後、ナオコは名前を変え、地下活動を続ける。

YARの“再起動計画”の一員として、新たな世代の怒りを集めていく。


だが、国家の監視網は強化され、若者は次々に消えていく。

テレビでは、老人アイドルグループ「高齢美脚団」がヒットソングを披露し、「YARをぶっ潰せ」と叫ぶ。


ナオコはベッドでひとり、ユウトの処刑映像を見返す。


「君の命は、決して無駄じゃなかった」


涙が頬を伝う。


追記:2081年時点での社会統計

総人口:7,500万人


高齢者(65歳以上):6,100万人(81%)


若年層(20~39歳):570万人(7.6%)


長寿税平均納付率:78%


出生率:0.24


失踪若年者:年間5万件以上


長寿税関連テロ・襲撃事件:累計112件(報道統制下)

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