恋を知らない女幹部は情熱のレッドに恋をする

山口 実徳

第1話・爆誕! 新たな戦隊ヒーロー①

 真っ赤なルージュは私の情熱。上向きのまつ毛は私のテンション。ノリのいいファンデーションが、私をノセてくれている。ピンクのチークは沸き立つ血潮。艷やかな黒髪が風に踊れば、私の心も弾んでくれる。ピッタリとした黒いスーツが、私を気持ちを引き締める。高鳴る鼓動を確かめた手に、視線を落とす。うん、ネイルもキマってる。


 落ち着け、私。

 私にしか務まらない、私に相応しい仕事。今日はそのデビュー戦、生まれ変わった気持ちになって、働かなくっちゃ。

 六月第一週の日曜日。朝九時ちょうど始業時間。

 一歩だけ踏み出して、黒光りするヒールを軽やかに鳴らす。手の平で風を切って、私を慕ってくれる仲間たちに号令をかける。


「アンタたち、行くよ!」

『ヒィ! ヒィ! フゥー!!』


 黒尽くめ、虎模様の全身タイツをまとう戦闘員、ラマーズがみなとみらい、赤レンガパークを襲う。家族連れ、リア充、陽キャ、陰キャ、ぼっちを分け隔てなく、スーツから放った電磁ループで拘束していく。下手に動けば痛めつける、大人しくしているのが得策さ。


「ちょ、おまっ」

「キャアアアア!」

「何をする、離せ!」

「てめぇふざけんな!」

「グアアアアアアアア!」


 もがいたパリピが電磁ループにやられてヘドバンしている。ザマァないね、無駄な抵抗はよしな。

 誰もが早々に観念し、膝をついて憔悴している。それを見計らったラマーズが、赤レンガ倉庫の屋根から見下ろす私に、チラチラと視線を送る。ついに私の出番だね、と深呼吸をしてから高らかに笑う。


「あーっはっはっは! 張り合いのない連中だね、電磁ループがよくお似合いだよ」


 拘束された連中が、仁王立ちする私を見上げる。陰キャと親父が、鼻の下を伸ばしている。あんまり見るんじゃないよ、機動性を考慮したスーツはレオタードタイプ、露出が多いんだから!

「すっげぇ。ぎゃあああああ!」

「たまんねぇ。ぐわあああああ!」

「ワァオ、セクスィー。アォウチ!」


 電磁ループは遠隔操作が出来るんだ、この電流は私が任意で流している。飼い犬にするには、しつけが欠かせないからね。

 でも、何とかならないかな……。朱雀を模したプロテクターは頭と肩だけ、マントは肩甲骨しか隠していない。

 このスーツを開発した博士の趣味だ、絶対そうに決まってる。セクハラで訴えてやろうか。


 そうそう、自己紹介が、まだだったね。私たちの仲間になるんだから、挨拶をしないといけないよ。

「アタイはダークイン、秘密結社センガインの幹部さ。アンタたちは新しい秩序を築くため、シュチ・ニクリーン様の手下になってもらうよ」

 ラマーズが「うんうんそうそうそう」とうなずいている。ラマーズ候補に捕らえられた連中は、懐疑的に眉をひそめる。


「何だ! 新しい秩序とは!」

 ゴロゴロしたい休日に仕方なく出かけたパパが、子供と妻にいいところを見せるため、正義感を振りかざす。

 困ったね。この場で説明できればいいけど、理論があまりに複雑で、凡人には簡単に理解できない。


 センガインの研修所に入所して一ヶ月の机上講習、一ヶ月のラマーズ実習を経て、なんとなくわかったような気がする。

 まぁ、幹部候補として入社した私は、会社説明会で理解したけどね。


 でも理解してしまえば、素晴らしい未来が見えてくる。世界はそうあるべき、そうならなければならないと、信じて疑わなくなる。そうして私の手足となってくれるラマーズが集まったのさ。

 さぁ、全員まとめて研修所に招待するよ。新しい秩序を、新世界を築くいしずえになりなさい。


「ダークイン、そこまでだ!」


 張りのある男の声が響き渡った。注目は私から、その声の主に奪われた。

 全員タイツを身にまとう五人組が、もう一棟ある赤レンガ倉庫の屋根上で、器械体操のようなポーズをキメた。タイツは全員、色違い。顔はシールドに隠されている。


「ジカビ・レッド!」

 直火のとおり、熱苦しいね。真ん中にいて啖呵を切ったから、この男がリーダーだね?


「スチーム・ブルー!」

 蒸して余分な脂もスッキリ、クールな仕草がいけ好かないよ! 女を泣かせるタイプだね?


「ピクルス・グリーン!」

 地味。


「フライ・イエロー」

 どうしてあんたはカタコトなんだい! 揚げ物に相応しい体型じゃないか!


「ボイル・ピンク!」

 家庭的な煮物で男心をガッチリ掴む? 私が一番嫌いな女だよ!


「デリシャス戦隊「「「スイハンジャー!!」」」」

 イエローだけが黙っていた。ついていけなかったらしい。続いて、奴らの背後が爆発した。赤レンガ倉庫の屋根が無事なのか、こっちまで心配になってくる。

 潮風に煙が流されて、傷ひとつない屋根が露わになった。よかった。


「ふざけた連中だね!」

 これは私の本心だ。たったの五人、しかも名前が炊飯ジャーって、ナメているとしか思えない。

 私の大事な社会人デビューを、こんな奴らに邪魔されるなんて、許せないよ。黒いスーツが焦がれるほどに、怒りの炎が燃え上がった。

「アンタたち、やっておしまい!」

『ヒィ! ヒィ! フゥー!』


 私の命令に従って、ラマーズがスイハンジャーに飛びかかる。ラマーズのスーツは電磁パルスを放つほか、瞬発力と跳躍力、防御力を怪人並みに高めている。赤レンガ倉庫の屋根まで飛ぶのは……やってやれないことはない。それに、ちょっとやそっとでは怪我をしないから、労働災害も発生しにくい。

 あんたたち、怪我するんじゃないよ、と私は手に汗握った。労働基準監督署は、事業者に対して慈悲がないんだ。会社のことを思うなら、無事に帰っておいで。

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