その内、外に出る

@saradaq3

01.アルドリック



 洗脳魔法――それは、王国の歴史に幾度となく変革をもたらしてきた禁忌の魔法。


 かつて、洗脳魔法を持つ少女が「聖女」として崇められた時代があった。

 聖女は「全人類に悪意はない」と説き、王国の富を均等に分配させたことでスラムは消滅。誰もが平等な繁栄を享受した。


 だが、その代償はあまりにも大きかった。

 民は悪意を疑う術を失い、王国の軍事力は衰退。

 やがて外敵に対抗できず、領土は大幅に削られる結果となった。


 また別の時代には、洗脳魔法を持つ少年が「勇者」として称えられた。

 彼の行動は絶対的に正当化され、たとえ民家への不法侵入や略奪であっても、誰もがそれを受け入れた。

 その強引な手法によって、王国は失った領土を取り戻すことに成功したが、民の犠牲は計り知れなかった。


 洗脳魔法――それは、栄光と破滅を繰り返し、王国を幾度も揺るがしてきた。

 そのため、現在の王国ではこの魔法を「劇薬」とみなし、発現した者は即座に排除される運命にある。


 ――


「またこの話か……。」


 教育係であり、育ての親でもあるメイドのニーナから、何度も聞かされた話だった。

 少年――アルドリック・ヴァレンシアにとって、それは聞き飽きた昔話にすぎない。


 こんな話ばかりするってことは、そういうことなのかもしれない……。


 半年ほど前までは、ニーナからもっといろいろな話を聞かされていた。

 植物の話や、古代の英雄の逸話、言語の歴史など――。

 けれど最近、彼女が話すのは「洗脳魔法」の歴史ばかりだった。


 物心ついた頃から、アルドリックはこの別邸で暮らしている。

 ニーナと二人きりの生活。その日常に変化は一切なかった。


「ねえ、ニーナに洗脳魔法ってかかってる?」


 問いかけても、ニーナは答えない。

 いつもと変わらぬ無表情のままだ。


 やっぱり答えてくれない。


 洗脳魔法だとは言わずとも、彼女が何かしらの精神作用系の魔法を受けているのではないか――そんな疑念が消えない。

 彼女の態度は昔から変わらない。それが逆に、不気味なほどの違和感を生む。

 まるで、何かを隠しているかのように。


 何もかもが満たされない。

 この生活には、もう飽きた。


 いや――この生活が続くなら、人生そのものに飽きた。

 何も変わらない。何を考えても無意味に思える。


 ――


 外に出たいと思ったこともあった。

 けれど、別邸の周囲には見えない壁のような結界が張られている。

 その外側は深い森に覆われ、たまに巨大な生き物が通るのを見た。


 初めてその姿を見たときは恐怖に震えた。

 だが今では、それすらも見慣れた日常の一部に成り果ててしまった。


 世界のすべてが空虚に見える。


 興味本位でナイフを手にしたこともあった。

 けれど、それもすぐにニーナに取り上げられた。


「ニーナは、何もやらせてくれないよね。」


 そう呟いても、ニーナは答えない。

 無表情のまま、ただアルドリックを見つめるだけだ。


 ――


 まるで、自分の人生には選択肢なんて最初からなかったのかもしれない――。


 アルドリックは、胸の奥底に言葉にできない絶望感を抱いていた。

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