第18話 地震
今朝のことだ。早朝、地震があったらしい。
かすかに揺れたので覚えているが、つい先日もやはり明け方にあったという。
地震は地下の深いところが震源でシティニュースで発表されたM6.5などと思えないほど地上の揺れは少なかった。
我が家でも棚の物が落ちるでもなく、停電にもならず、鳥でさえ騒がなかった。ただ、ニュースによると、ここのところ断続的に続いていることだけは理解した。
事件は突然起こった。
夜、風呂の水栓から赤い水が混じり始め、翌朝には台所もトイレも出なくなってしまった。
しばらくすると災害用放送が鳴り、MAILチューブには荷物を投函しないでくださいとのことらしい。
「先日来の地震の影響で各所でチューブが断絶して郵便荷物が詰まっています」
「水道チューブが外れ、各所から水漏れを起こしています。現在、復旧作業を行なっていますが、まもなく給水車両による給水が開始されます」
結局、復旧までには一ヶ月以上、荷物や郵便については見込みが立たず、バイクと自転車による陸送に切り替わった。
シティ評議会では連日の対策会議が開かれたが紛糾した。
地震から二か月もする内に、シティにいきなりタワーが立ち始めた。
タワーは町のセンターを覆うように4箇所で立ちはじめ、評議会や管理組合の説明もないので住民は
「ゴルフの練習場だろうか?。」
「いやいやバンジージャンプ台だろう。」
「でかい日除けでも張るのかい?。」
いずれも、言ってみた本人すら違う様子だと感じていた。そんな表情だった。
やがて、タワーの先端に丸いアンテナが並ぶと興味を失ってしまうのだった。
そして商店街の空いていた店舗に店を構え出したのが携帯電話のショップなのだが、シティの住民はその意味が飲み込めない。
雑貨屋さんの店主も農機具とレコードコーナースペースを縮小させて「かじりかけのリンゴのマーク」を掲げさせた。
久しぶりにお隣の岡さんを尋ねた時、玄関に赤いシールが貼ってあり、なんでも姪っ子さん一家が連休に遊びに来た時にプレゼントしてくれたという、小振りなリモコンを見せてくれた。
「必要ないって断ったのに、契約済ませて来たっていうのよ。具合悪くなったらこの赤いボタンを押すだけでガードマンの方が様子を見にきてくださるの」・・・
久しぶりにシティで唯一の銭湯に行くと、ちょうど自動車工場の兄やんとトシ君が来ていた。たまに皆さんのんびりしに来ているところだった。
「よう、野口っちゃん、久しぶり」
「あ、兄やんにトシさん、こんちは」
「野口っちゃん、スチーム配管調子悪くないかい?、あの地震の時はまいったな、工場はまだエンジン吊り上げ用のクレーン、レールが歪んで2台使えないから疲れるわ。おかげで今どきチェーンブロックだぜ」
「エンジンってかなり重いんですか?」
「そうなんだ。セダン用で200キロはあるね、トラックのジーゼルタイプは300近い・・・、なんしろ腕と腰までが張ってな。だからたまにこうやって銭湯にゆっくり浸かってほぐすのさ」
そんな話をしながら気付くのは新し物好きのトシ君はスマートフォンにインナーフォンを差して、ゲームの世界から「今は話しかけないで!」とオーラを放っているのだ。
「あれっ、そういえば、『電波物はガンになる』ってのはだいじょうぶなのかい?」
「そうだったんだが、最近の電波はなんでも方式が違うとかで、体にいいらしいよ。ハゲないらしいし・・・なあ、トシ?・・・」
「・・・・」
トシ君はスマートフォンからついぞ目を離さなかった。
やはりシティにもいよいよ携帯の電波が流れ、私の街と同じように便利?になっていくのだろう。ただ私にとってのトラウマとはパソコン、インターネット、そして携帯電話、と普及し始めたと同時にレコードからCDへの移行が速かった記憶。しばらくすると、皆さんインターネット配信で新譜のアルバムもダウンロードしてパソコンやスマートフォンで聴いてしまうのだ。その内、YouTubeで無料で曲ばかりかライブ画像まで入手できるようになるとは?。お陰で私のレコード針メーカーなどひとたまりもなかった。
と、当の私までバイクに乗りながらYouTubeで無料でスマートフォンにダウンロードさせてもらった往年のロックナンバーをブルーツースのインナーフォンで聴きながらストレス解消させてもらっているのだから、文句も言えない。
猫の額ほどのシティを取り囲むように一気に何本も立ち始めたアンテナを目にすると蘇る記憶がある。
1990年代、世の中はすでに言葉さえ古くなってしまったがデジタル化に取り憑かれたようにアンチアナログに走ったのだろう?。そして、アナログの筆頭にあったのがレコード業界だった。
今ではIT、インフォメーションテクノロジーからAI人工知能。自動車業界もガソリン車からHVハイブリッドからEV電気自動車。自動運転レベル4、レベル5。SLAM位置推定から環境地図作成を自動作成、どこでも自動的に移動させてくれる。
さあ、世の中はどこまで便利になろうとしているのだろう。
このシティも便利になってしまって、なんとなく、それまでの不便さは無くなり・・・。しかし、その代わりに今ののんびりした生活が消えてしまって、私の日常の街と見分けがつかなくなりそうなのが心配なだけなのだ。
銭湯前の道に立っていると、デジタルの波がゆっくりシティに浸食していく様に見えるだけなのだ。
それからしばらく、私は「アナログシティ」を離れてしまった。なぜか不思議といくら居眠りしても、眠れないでうとうとした朝方の布団の中でも、シティの夢は見なくなっていることに自然と気が付いたまでだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます