第六章 竜と魔力
29.ホレスの望み
次に目を覚ますと見慣れない場所だった。天幕の中のようだが、イルマの使っていたものではない。両手を後ろ側で縛られているので、体を起こすのも一苦労だ。少し頭が重い。
だが、なんとか肩と腹筋を使って起き上がり座る。足が縛られていないのがせめてもの救いだ。
何が起こったのかと自問して、あの情景を思い出す。
「アーヴィン」
「起きたか。早いな」
天幕の裾が持ち上げられ、ホレスが現れた。彼の手にはもちろん彼の杖が握られている。あの紫の光が目の前にちらついた。
「
「まだ
どこか安堵したような響きを含んだ言葉に、自分の顔がこわばるのを感じた。
何かの間違いが連続して続いた。イルマの知らぬところで誤解が誤解を呼んだのかもしれない。
そんな淡い期待を打ち砕く彼の台詞。つまり、彼の行いはイルマから見れば許されたものではない。そう認識されても仕方のないことだったと証明されてしまう。
だが、それ以外になんと呼べばいいのか。
「そんな泣きそうな顔をしないでおくれ」
地下でそうしたように、ホレスはイルマの目の前で膝をつくと、そっと手を伸ばし頬に触れる。
「何が起こっているのか、私にはよくわかりません」
「そんなことはないだろう。お前は私の自慢の弟子だ。優秀で頭の回転も早い。レケンは君に何か言ったのだろう? 頭のよいイルマがわからないはずない」
アーヴィンの名に、イルマは顔を歪める。
「彼を、地下へ閉じ込め置き去りにした」
「
「計画?」
「後で落ち着いたら見せてあげよう。魔原石を無事オキデスに移し終えたらね」
「魔原石……やっぱりあるんですか?」
「ああ。透明で大きな石だ。魔力に溢れている。私の知ってるゲナのカルブンクよりは少し魔力が安定していないように思えるが、移動させてからゆっくりそこら辺は調節するよ」
「せ……なんで、何をしようとしているの?」
目の前の、彼の紫の瞳が微かに揺れ、薄い唇に笑みがこぼれた。自虐的なそれにイルマは目を伏せる。
「女だから、そう言われ続けて何も思わなかったか?」
突然の話に眉をひそめた。
「レグヌス王国の根底にある差別。魔法を取り巻く差別に、私はもううんざりなんだよ。ウェトゥム・テッラ〈古王国〉の人々の血を多く受け継いでいるために、貴族には魔力の強い者が多い。そういった人間が国の中枢を動かすようになる。方程式が少し難しくなっただけで、悲鳴を上げるような、無能な輩があそこにはわんさかといるんだ。魔力魔力と、すべてを魔力で推し量る。魔力の量がなんだというのだ。生きている間に魔力が枯渇するのが困るなら、魔力の消費を押さえた方程式を上手く使えばいいんだ。その努力を惜しんで、生まれたとき無条件に与えられた魔力をかさに着る連中」
彼の目はイルマに向けられてはいたが、イルマを捉えてはいなかった。そのずっと遠くを見ている。イルマも貴族で、彼女の内にある魔力を
「まあ、彼らが魔力に固執するのも少しはわかるんだ。私も魔力を抑え、より早く方程式を解けるよう努力を続けた。そのおかげで宮廷魔法使いにもなれたしね。だが、常に陰口は聞こえてくる。
「それはだめよ!」
思わず声を上げるとホレスの顔色が変わった。
穏やかで、笑みを絶やさないその顔に怒りがのる。初めて見るホレスの激情に身を硬くする。頬に添えられていた手が、イルマの肩に触れ、指が食い込む。
「お前までそんなことを言うのか! やつらと同じように、それは愚かなことだと。間違っても考えてはいけない危険なことだと! その愚かな考えを抱かせるほどに、魔力を求めたくせに!」
痛みに涙がにじむ。
それでも、だめだ。魔力は生まれたときに持っているもので、人が後から取り入れてそれを振るうのは絶対にやってはいけないことだ。
イルマの苦痛に耐える表情に、ホレスはハッとして手を離す。
「研究し、当時私の教育係でもあったメルヴィンにそれを話し、見せた。その場に他の教育係がいたのも災いして、その話はあっという間に宮廷魔法使いの上層部まであがった。私は危うく宮廷魔法使いの地位を失うところだったよ。メルヴィンが四方へ手を尽くし、なんとかそれは免れたが、それ以来私がどんなに優秀な成果をあげようとも、与えられるのは閑職でしかなかった」
ホレスが教育係に任命されたのも、教育係は引退間近の魔法使いが最後に回される役職だからだった。
「だめです。だって、人は本来魔力を捨てたんです。もう一度手に入れようとし、手に入れて、やがてウェトゥム・テッラ〈古王国〉は魔力におぼれ滅びたんですから」
必死で自分の知っているホレスを取り戻そうと訴える。肩が疼き、自分の声が響いて痛むので途切れ途切れになってしまう。
「魔力は、今あるものを大切に使うしかないんです。新しく手に入れようなどとすれば、ウェトゥム・テッラ〈古王国〉と同じ道をたどることになってしまう!」
だがホレスは怒るでもなく、笑うでもなく、不思議そうな顔をする。
イルマを見て、何を言っているのだと理解に苦しむ顔をする。
「魔力を捨てた? いったい何の話だ」
それにはこちらが驚くしかなかった。
ホレスも竜と人間の話を知らないというのか。
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