5-3
――自殺がない状況はつくれない。でも……。
冬香はある疑問を抱いた。一つは知識、もう一つは感情にまつわる疑問を。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
ここへ来て、冬香は初めて本格的に口を開く。
冬香の言葉に対して、湊は「何?」と言って、また笑った。
「自殺はどうやったら減ると思いますか? ――お兄さんは、自殺を減らしたいと思いますか?」
「戦争をすればいい」
即答だった。
あくまでも一つの方法だけどね、と湊は付け足した。
「戦争が起こると自殺は減る。まず第一に、社会的な居場所ができる。国という一つのグループの一員になれる。その上、国民が一つのゴールを掲げざるを得ない状況。すると生きる意味が見い出され、孤独感から引き起こされる『自己本位的自殺』は減るだろう。だが、人との強い結びつきで起こる『集団本位的自殺』は普段より増える。だからこれはあくまで『生きることに絶望して自殺する』人の数なのかもしれない。命の価値が上がるしね。常に死が隣にあると自然と命のを大切にする心が芽生える。戦争をすると仕事が増えるからっていうのも聞いたことがあるよ」
冬香は意外な答えに言葉を失った。
ならば、あの残酷な状況を肯定しろと言うのか。
「じゃあ、戦争は素晴らしいものというのですか」
秋穂が冬香の思っていることを代弁する。
すると今度は湊が不思議そうな顔をした。
「そんなわけがない。自殺者は減るが、その分、生きたくても生きれなかった人が急増する。今のはあくまで自殺という一点に絞っただけで、死者数は圧倒的に戦争をしている時のほうが多いよ。戦争は間違いなく、人を殺す。だから難しいんだ。両方を取ることができない。平和の中の絶望と、絶望の中の絶望であれば、前者のほうが自分を惨めに感じてしまう。例えば、君は不味いガムを持っているとしよう。周りが何を持っていない時と周りが美味しいキャンディを持っている時。どちらの方が辛いと感じるか。人はすぐに人と比べてしまう。それに、たとえ不味いガムでも、周りがそれを持っていなかったら、それを守るよう努力するだろう? そうやって生きる意味が生まれる。
あと二つ目の質問。これは難しいところだね……僕も夏希には死んでほしくなかった。でも、知っていても止めることはしなかったかな。辛くても生きろ、というのは、その人を拷問しているようなものだと僕は思うんだ。止めることが正しくないとも言えない。人によって死生観は違うから、あまり意見の押し付け合いはしたくないかな」
――結局、これは何の話だ。
湊は自殺願望者の気持ちを知りたいと言っていた。
――だけどこれはなに。結局お兄さんが話してるだけじゃんか。
この話で湊は何を知りたいのか、冬香には分からなかった。
「生きるために必要なものは、生きる目的なんですね」
湊の方を見つめて、秋穂が断言する。
冬香はよく分からなかった。人は生きる目的がないと生きていけないのだろうか、と。
――でも、もしそうならば私の生きる目的はなんだろう。やっぱり、絵を描くことなのかな。
その後は、三人で他愛もない会話を交わした。主に夏希の話が多かった。
気が付けば、日も落ちる頃になっている。
「今日はありがとうございました」
秋穂の言葉に続いて、二人で小さく頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそごめんね。長話に付き合わせちゃって」
ひらひらと手を振る湊を後に、冬香と秋穂は夏希の家のドアを開けた。
「あの!」
冬香は見送ろうとする湊に話しかけた。湊は「なんだい?」とおだやかな表情で問う。
「自殺願望者の気持ちってやつは、分かったんですか?」
湊はそれが目的であると言っていたが話している間、湊が冬香たちの心情を読もうとしている風には感じ取れなかった。
「具体的には分からなかったけれど、意外なことが知れた」
そう言って湊は笑う。普段の雰囲気は夏希と全く似ていないが、笑った顔はかなり似ている。
――意外なこと?
冬香はその言葉がとても気になったが、湊があえて言っていない場合を考えて聞かずに感謝だけ伝えた。
外へ一歩出る時、最後に秋穂が一言。
「ちゃんと寝てください。目が腫れてる。――例え止めなくても、悲しいことに変わりはないでしょう。演技はやめてください」
と。
その時の湊の顔は、今日見た中で一番信用できる顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます