3-8

『明日またみんなで集まろう! こっちはお昼ないんだけど、多分そっちもそうだよね? どっか食べに行こうよー』

 夏希からのメールだ。

 明日のことだし、あまりに既読が早いと気持ち悪がられるかもしれない――夏希がそんなことを考えるとは思えないが――午後に返しても問題ないだろう。

 そう確認し、冬香は通知音を切った。

 その後の始業式のことは――よく覚えていない。まぁ、簡単に言うと寝ていた。

 放課後にはまた美術室へ行った。

 夏希のメールの返信をし、パレットを手に取って、慣れた手つきでよく使う絵の具を入れ――あ、入れすぎちゃった。

 秋穂が夕焼けを描くならば、と冬香は夜の景色を描くことにした。

 ――なんか、春は朝、夏希は昼っぽいし。

「冬香」

 ドアを開けながら秋穂が入って来た。

 その顔は最近見ていない、極めて緊迫した無表情。

 冬香が化け物部に入ったころは、このような顔をよく見かけた。

「どうしたの、そんなに――」

「ちょっと来てくれる?」

 手を半分無理矢理引っ張りながら秋穂が冬香を連れて行く。力強くて少し痛いと冬香は思った。

 暑いせいか、焦っているせいか、秋穂の手には手汗がついていた。

 秋穂が冬香を連れてきたのは、学校近くにある橋の上。橋の下にはこの辺りでは一番長い川がある。

「だからっ、どうしたの」

 冬香は無理矢理秋穂の手を退かす。

 そのまま秋穂は携帯電話のネットニュースの画面を冬香に見せた。

「今日の午後十二時ごろ、十代の女性らしき人がこの川で入水した。その女性はきの宇から行方不明になっていた。――冬香、今日夏希と何か話した?」

 まさか、と思って携帯を見るが、既読はついていない。しかし、送ってからまだ一時間も経っていない。携帯を見ていないことだってあるだろう。

「落ち着いて聞いてほしい」

 秋穂がそんなことを言うのは初めてだった。



「――夏希は、誰よりも既読が早いんだよ」



 その言葉で、冬香はおおよそ察した。

 でもさっきメールが、そう言おうと携帯を開いて先ほど夏希から届いたメールをもう一度見たが――どうやら、さっきのメールは時間指定送信されたものだったらしい。

 明日集まろうと言っていたのに、彼女は嘘つきである。

 下を見ると、一匹の蛙が川へ飛び込むのが見えた。

 その川からは、汚い水と死の匂いがした。

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