3-7

 秋穂は「どこに埋めたか覚えてないから掘り起こせないんだけどね」と少しだけ笑った。

 冬香もどこに埋めたのかまでは思い出せない。せっかく埋めたのに、どこに埋めたのか忘れてしまっては本末転倒だ。迂闊すぎる。

 掘り起こせないのであればまるで意味がないではないか。

「そういえば、あの時夕焼けだったなと思って。なんとなくすぎるし、冬香ほど上手くはないけど」

「そんなことない、いい絵だよ」

 これは秋穂へのフォローではない、本心だ。

 秋穂の絵は、一般的に見れば芸術の中ではお世辞にも上手いとは言えないだろう。

 だが、冬香はそんな絵がとても美しいと思った。

 ――絵の美しさって、上手い下手じゃないのかなぁ。

 そこで冬香はハッとした。

 ――あの画家も、絵はそんなに上手くなかったな。

 冬香は自分が絵を描き始まるきっかけになった無名の画家の絵を思い出した。

 有名な画家には程遠い風景画。当時、一緒にいた親に『この人、そんな上手と思えないけど』と言われたレベルだった。

 それでも冬香はその絵を素晴らしいと思った。

 ――そして、自分の同じような思いを他の人たちにもしてほしくて――私は、絵を描いていたのか。

「……そういえばそうだったな」

 と、冬香は誰にも聞こえない大きさの声でぽつりと呟いた。

「何か言った?」

 当然、その声が秋穂に聞こえることはない。

 ――最近の私は、上手さ、完璧さばかりを求めすぎていたのかもしれない。

 その自分の夢とは間違った方向性と近頃の経験が混ざってしまったせいで、自分がどうしたいのか見失ってしまっていた。

「私も描こうかなー絵」

「言っとくけど、同じ題材はやめてね。冬香が描いたら、この絵が下手くそだって分かる」

「いい絵だって言ってるのに」

 そう言いながら冬香はむくれた。

 芸術は好きだった。

 自分で好きなものを表現できるから好きだった。

 今は好きか?

――どうだろうか。描いてみたら、分かるかもしれない。

 冬香は久しぶりに絵の具のチューブを手に取った。



 九月二日。

 学校が再開した。

 まだ暑い上に終わらない課題のせいで徹夜し、一か月と十日ぶりの学校、そして今から四か月続く二学期に絶望しているのか、登校時の生徒の顔は青ざめていた。

 しかし案外教室に入ってみるとそんなことはなく、「学校だりぃ」と口では言いつつもなんだかんだ、久しぶりの友人との再会を楽しんでいる様子である。

「おはよう、秋穂」

「おはよう」

 あれからは昔と同じようにほとんど毎日美術室へ行って絵を描いた。

 そして秋穂も同じように来てくれた。

 そのおかげか、冬香と秋穂の関係は化け物部へ入る前よりも良好な関係になりつつあった。

 芸術というものはすごい。

 簡単に関係性さえ動かしてしまうのだから。

 改めて冬香は感心した。

 あれから、もちろん冬香が春のことや自殺のことを考えない日はなかった。しかし、一時期に比べ、絵のことを考えられる時間も増えていた。

 ふと携帯から通知音がなった。

 冬香は少しばかり冷や汗をかく。

 危ない。携帯は校則上校内では使用禁止だ。先生がいない時で良かった。

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