第九話:記す者

書かれたことは現実となり、

書かれなかったことは“存在しなかった”ことになる。





紙の世界の中。

柊 静は、自分の記憶や感情が文字になって空間を構成する“書の中”にいた。


目の前には、あの《記録補遺》の本。

その隣に立つ、黒衣の男──零崎 弦が再び姿を現す。


「君はまだ、理解していないようだね。

書くということは、世界を選ぶということだ」


静は問い返す。


「“私を殺す”と書いてしまったら……私は死ぬのですか?」


零崎は静かに頷いた。


「可能性がある限り、それは“真実になる”。

記録とは、可能性の選別であり、最終的な“世界の確定”なんだよ」



目を覚ますと、閲覧室にいた。


自分の“死体”は、もうどこにもない。

だが手には、しっかりと《記録補遺》が握られていた。


そしてその表紙が、静かに変化していた。


『記録者 柊 静』


彼女が“記録される側”から“記録する者”になった瞬間だった。


同時に、図書館の中で異変が起きる。

書架が勝手に揺れ、ページがめくれ、いくつもの“記録されていない物語”が出現する。


──読者のいない本。

──作者を持たない原稿。

──誰にも貸し出されたことのない日記。


静は悟る。


(これらは、“記されなかったままの命”)


静はペンを取り、書き始める。


「ここに、ひとつの存在を記す──」


その瞬間、世界が安定し、暴走していた書架が止まった。


図書館が、彼女を“記録者”として認識したのだ。


だが、零崎の言葉が耳に残っていた。


> 「記録者には、常に“代償”が伴う」




その代償とは──?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る