丸出し祭り

――先従露始まず「丸出し」より始めよ


 この故事成語が生まれたのは聖暦五百年頃。ポローン王国の中期、賢王ポロリヌス三世にまつわる出来事が由来となっている。

 何ごとも、まずは自分をさらけ出すことから始めるべきだという深い教えだ。


 かの賢王が初めて「丸出し」をしたのは、隣国であるフクキル帝国との戦争が迫っていた日のことだった。


「傾聴! これより国王陛下のお言葉を賜る!」


 王都の広場に集まった民衆は、皆不安げな表情をしていた。それも無理はないだろう。

 噂によると、フクキル帝国は周辺各国を次々と征服し、財貨や女を根こそぎ奪って贅沢をしているらしい。しかも今度は、その矛先をポローン王国に向けようとしているのだ。


「あたしたち、どうなっちまうんだろう」

「くそが……俺は戦うからな。なぁ、皆」

「む、むむむ無理だ……に、逃げようよ」

「無駄よ。どこに逃げても、帝国は……」


 怯える者、憤る者、逃避する者、諦める者。

 民衆の反応は様々だったが、今この場に、冷静な者など誰一人としていない。皆、鬱々とした表情で演説を待っていた。


 ドドン。

 太鼓の音が鳴り響き、演台に王が現れる。


『――皆の者、よく集まってくれた』


 王は、下半身に何も身につけていなかった。

 頭には豪華な宝冠、上半身には上等な衣服にマントを羽織り、手には特殊な魔法の込められた王杖を握っているものの――下半身は、すっぽんぽんである。


 これには民衆も、言葉を失う。


『愛すべき国民よ。この国の置かれた状況は、皆もよく知っているだろう。フクキル帝国の勢いは未だ衰えず――』


 王はこの時、まだ二十歳になったばかり。精悍な美丈夫と評判の男であった。

 民衆の目につくのは、鍛え上げられた二本の足と、その間に堂々と座する御柱、そしてヘソの下にある魔宝玉まほうぎょくである。


 魔宝玉はその色や大きさによって、その者の持つ魔法の性質や性能が分かる。

 とはいえ、この時代には「魔宝玉を曝け出すのは恥ずべきことだ」という価値観が根強かったため、民衆のざわめきは大きくなる一方だった。


「陛下の魔宝玉は金色か……どんな魔法なんだ」

「分からないけど、なんか凄そう」

「王様の魔宝玉、すごく大きいね」

「あぁ。とても大きな金色の宝玉だな」


 そんな中、王がスッと手を挙げると、民衆は自然と静まり返る。


『つい昨日のことだ。フクキル帝国よりちんのもとに書簡が届いた。内容は降伏勧告であるが――』


 そうして、王は書簡を読み上げる。

 民衆は固唾をのんで、王の丸出しの下半身を見守っていた。正直に言ってしまえば、国民の視線は「金色に輝く魔宝玉」に釘付けで、話の内容は右から左に素通りしていたのだ。


『こんなもの、戦わずして略奪を許すのと同義である。断じて受け入れられん』


 王が身振り手振りを大きくするたびに、民衆は困惑を深める。王は気づいていないのか? 趣味なのか? 指摘したら怒られるのか? 皆、色々と思考を巡らせて――


 結局、黙り込むことを選択した。


『ポローン王国は、戦時体制に入る。厳しい戦いになるが、どうか皆の力を貸してほしい』


  ◆


 王宮の奥の間にて。

 床にうつ伏せに寝転がった王は、耳まで真っ赤に染め上げて、言葉にならない呻き声のようなものをあげていた。


「宰相の嘘つき……ダメじゃん」

「ふぉっふぉっふぉ」

「もう無理……ただでさえ国が滅ぶ瀬戸際で……きっともうお嫁さんも来てくれないよ……うぅ」


 王はそのまま、スンスンと鼻を鳴らし続ける。


「ふむ……今のポローン王国軍には、実直な騎士は数多くおれど、優れた策略家がいないですからなぁ。劣勢の中で軍師を欠いては、とても帝国には抗えんじゃろう」

「……だからって、なんで僕が丸出しに」

「あの場で王に向かって"丸出しですよ"と指摘できるほどの胆力があり、立ち回りの上手い者がおればと期待したんじゃが……あてが外れたのう」


 宰相も悪気があったわけではないのだ。

 ただ、前王の下で軍師をしていた者は、そういったことをズバズバと指摘できる快男子であった。宰相にとっては「軍師」と言えば彼の印象が強すぎたのである。


 すると、その時だった。

 王国騎士団の団長が、奥の間を訪れる。


「御前失礼します。緊急でお伝えしたいことが」

「ふむ。王よ」

「あぁ」


 王が立ち上がって椅子に腰掛けると、騎士団長は何ごともなかったかのように話を進める。


「実は民衆が、おかしな行動を始めまして。報告に参りました」

「おかしな行動?」

「えぇ。なんでも――」


 そして騎士は、ゴクリと唾を飲み込むと。


「敬愛する王にだけ恥をかかせるわけにはいかないと、老若男女、皆で下半身を丸出しに」

「なんで?」

「皆、王を慕っておるのです。戦争でも、丸出しでも、自分たちは王と運命を共にすると」


 こうして歴史上初めての丸出し祭りは、王の意図せぬ形で、なし崩し的に開催されることになったのである。

 この丸出しによって、ポローン王国の運命は大きく変わることになる。とはいえ、この時の王はひたすら呆然としたまま、騎士団長の説明を黙って聞いていた。


「誰かが下半身を丸出しにしていても、ジロジロと見ない――民衆の間では既に、配慮に満ちた優しいマナーが出来上がりつつあります」

「なんで? なんでみんな、そんな変な方向にばっかり思い切りがいいの?」

「えぇ。国民というのは皆、敬愛する王に似てくると言いますから。これも陛下のご人徳かと」


 そう聞いて、王は頭を抱える。

 ちらりと宰相に目を向けるが、彼は「春じゃのう」とボケ老人のふりをしていたので、王は涙が溢れないように天井を見つめることにした。


「陛下。今はそれより、戦争の準備を」

「あぁ、そうだな……騎士団長。そなたを将軍として部隊編成を進めてもらっているはずだが。間に合いそうか?」

「状況は厳しいと言わざるをえません。なにせ人材がおらず、時間もありませんので」


 ポローン王国は軍事ではなく、交易を武器にして周辺各国との関係を築いてきた国だ。山中にあるため攻めづらく、資源も少ないため手に入れても旨みがない。だからこそ、これまでは他国から攻められなかったのだが。

 一番最近の戦争は二十五年前で、王は生まれてすらいなかった。その上、従軍経験のある民も年老いてしまっている。


「戦の準備には、それほど時間がかかるのか」

「えぇ。まずは兵の募集をかけ、応募してきた者に試験をして、適性を測ります。各人の魔法特性に応じた部隊への割り振りを考え、部隊として動く訓練を行い……そうして最低限の仕込みが終わる頃には、もう戦争が始まってしまうかと」

「うーん……しかしそれは」


 すると、王は顎に手をあてて、小さく唸る。


「兵を集める方法を変えるのはどうだ? 騎士が民に声をかけて、見込みのある者を兵に取り立てるのはどうだろう」

「はぁ。しかし、人はそれぞれ持っている魔法が異なります。選考を経ずに軍に入れるのは――」

「だが、丸出しなんだろう?」


 そして王は、当然のような口ぶりで告げる。


「民は今、ヘソの下にある魔宝玉を丸出しにしている。魔法特性も魔力強度も、魔宝玉を見れば判断は容易だ思うが?」

「た……確かに……」


 それは、これまでの常識を覆す一手だった。国民は現状、羞恥心を抑えながら魔宝玉をにしている。それを見れば、軍に必要な人材を迅速にスカウトできるのだ。

 戦闘を行う兵だけではない。輜重隊が求めている水系・空間系の魔法使いであったり、斥候に役立つ情報系・隠密系の魔法使い、迅速な伝令が可能になる通信系の魔法使い。多種多様な魔法を持つ民を、魔宝玉を見ることで採用していくことができるわけだ。


「騎士団長。王国軍の各部隊から人を出して、民衆が丸出しにしている魔宝玉から、部隊に必要な人材に声をかけくれ」

「はっ。承知しました」

「今は国難の時だ。老若男女問わず、働きたい者は積極的に採用してほしい」


 この日から、ポローン王国軍の大規模な再編成が始まることになった。

 女だからと入軍を諦めていた者。気弱だが輜重部隊として活躍が見込める者。優秀だが身寄りのない孤児――取りこぼされてきた才能たちに、こうして突如として光が当たるようになったのである。


  ◆


 王と宰相は難しい顔をして唸っていた。


「王よ。軍の再編は良いのだが……やはり」

「そうだね。軍師の不在、か」

「ふむ。民の中にも賢い者はいるが、軍を任せられるほどかと言われると……やはり難しいのう」


 そうして、悩んでいる時だった。

 一人の騎士が、慌ただしく駆け込んでくる。


「失礼します。陛下に客人が来ておりまして」

「客? また急な話だな。謁見の手続きは?」

「いえ。それが……普通なら追い返すような、貧民のような身なりの者ですが。下半身を丸出しにしておりまして、魔宝玉の大きさからして他国の王族かと思われるのです」


 その説明に、王はため息をつく。

 他国の王族が、下半身を丸出しにしてやってきた。それなら、彼もまた丸出しで応対しなければ失礼にあたるだろう。王はズボンを脱ぎながら、騎士に問いかける。


「それで、相手は何と名乗っている?」

「はっ。実は……はラーゾック王国から落ち延びた元王女であると仰せでして。この王都に隠れ忍んで暮らしていたとか」


 ラーゾック王国。

 それは、つい先日フクキル帝国に滅ぼされたばかりの小国だった。地理的にポローン王国との関係は深くはないのだが、お互いに古くから続く国なのもあって、手紙のやり取りは行っていた。


「亡くなった王には娘がいた。名前はたしか……マルダシーナ・ラーゾック」

「そう名乗っておりました。彼女はフクキル帝国に復讐するため、と。差し出せるのは貞操くらいだと申しておりましたが」

「そんなものは受け取れん。だが、軍師が欲しかったのも事実だ。有能な者だと良いが――」


 そうして、この運命の日。

 賢王ポロリヌス三世は、後に王妃となるマルダシーナと出会うことになる。今まさに、歴史の歯車は誰も意図せぬ方法で噛み合い、力強く回り始めようとしていた。

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