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魔術学院の苦学生〜師匠が師匠なら弟子も弟子―

 親愛なるお師匠様へ。


 前略。


 お元気ですか?

 なんて書いてみましたが、あなたが金銭以外の問題で苦しんでいる姿は到底想像できませんので、おそらく元気でしょう。愚問でした。


 さて、あなたの元を離れ、一ヶ月もの月日が経ちましたが、私は元気に暮らしています。

 目的地も告げられぬまま、問答無用で馬車に詰められたときは、とうとう身売りさせられるのかと色々なことを覚悟したものですが、親切な御者の方のおかげで快適に旅をすることができました。

 言いたいことはこの手紙には書き切れないほどありますが、あの御者の方を手配して下さったことには感謝しています。


 本題に入りましょう。

 私は今、あなたが手配した通り、『アレイアス魔術学院』なる学舎の寮に住んでいます。


 そして先日の講義開始日、私の担任となられたカタリナ・テイラー先生は個人的に呼び出した私にこう仰いました。


「お前の師匠に貸した金を返せ」


 と。

 あなたのことです。どうせ借金を踏み倒すなりなんなりしたのでしょう。

 しかし、何故あなたの金銭のごたごたが私にも波及しているのでしょうか。あなたに迷惑を掛けられるのは初めてではありませんし、受けた恩を考えればこの程度は可愛いものです。

 とはいえ、当然の如くあなたは私に仕送りをしませんし、学費も払ってくださっていません。

 学院に通いながら学費や生活費を稼ぐのは私にとって難行です。この上にあなたの借金まで背負うことになれば、余裕で破産します。

 贅沢は言いません。何とかしてください。


 あなたの弟子、リゲルより。




 追伸。


 学生が効率よく稼ぐ方法を教えてくれると助かります。




 追伸の追伸。


 さっき寮の先輩に。

「お前があの守銭奴アルメの弟子か?」

 と、絡まれました。

 あなたあの人の師匠からの借金も踏み倒してるらしいですね。

 もう本当に勘弁してください。




 ◆




『我が優秀な弟子へ。


 どうやら苦労しているようですね。

 あなたの手紙を見ていたら、私も自分の学生時代のことを思い出しました。

 具体的には、カタリナ先生への借金は思い出しましたが、返せる状況じゃないのでいつか返すと言っておいてください。

 あと、その先輩の師匠の名前は何でしょう?

 確かに、私は学生時代には沢山の友人に恵まれていたため、沢山お金を借りた記憶はあります。

 返した記憶はあまりありませんが、まあ、ないことはないはずです。

 なので、私が借金を踏み倒した、というのはその人の勘違いだと思います。適当に誤魔化しておいてください。


 さて、お金を稼ぐ方法とのことでしたが、そんなものを知っていたら、私はそんなに借金をしていなかったと思いませんか?

 とはいえ、何も助言ができないのは師の名折れです。

 なので、個人的なおすすめの仕事を書きます。


 私のおすすめの仕事は、適当な教授の助手です。

 単純に勉強になりますし、生活の面倒を見てくれる優しい教授も結構います。お給料はあまり多くありませんが、空き時間は少なくないので日雇いの仕事を請けることも難しくないでしょう。

 問題があるとすれば、私は何故かアレイアスの教授から蛇蝎の如く嫌われているので、おそらくあなたでは門前払いになることでしょうか。


 もう一つは仕事というのか微妙ですが、羽振りの良い貴族に決闘を吹っ掛けて、お金や貴金属を毟り取るのはとてもおすすめです。

 彼らは無駄にプライドが高いので、少し煽ったらすぐに受けてくれますし、時間対効果的にもすごく美味しいです。私も最初の一、二年はこれで稼いでいました。そのうち誰も決闘してくれなくなりましたが、あなたならまだ大丈夫です。いけます。沢山稼いで是非私にもお裾分けしてください。

 そうそう、この仕事の注意点ですが、決闘前後の闇討ちに気を付けましょう。稀によくあります。


 さて、私から教えられるのはこれくらいでしょうか。

 あとはあなたの頑張り次第です。


 良い報告を期待していますね。


 あなたの師、アルメより。




 追伸。


 仕送りは私が欲しいくらいです。』




 ◆




「はぁ……あなたの師匠は相変わらずの様ですね」


 我が担任教師のカタリナは、頭痛を堪える様にこめかみに手を当てた。


「借金に関しては分かりました。元々あなたに払わせるつもりはありません」

「ありがとうございます!」

「お礼を言われることではありませんよ。借りたお金は本人が返す、当たり前の話です」


 おそらくは呆れが九割以上の溜息を吐き、カタリナは几帳面に手紙を畳んだ。


「とはいえ、あなたの師はわたくし以外からも借金をしています。弟子であるあなたから回収しようとする者もいるでしょう」

「うえぇ……何とかなりませんかね……?」

「ある程度は庇えますが、個人的なものは難しいですね」


 本棚からカタリナが取り出したのは、『アレイアス学院則』という本だ。

 パラパラとページを捲り、目当てのページを探し当てたらしいカタリナは、つらつらとこの学院の『ルール』を読み上げる。


「『学院則第八条三項 個人間の問題に関し、学院側は過度に干渉してはならない』」


 それは、何とも曖昧なルールだった。


「ルールなんてそんなものですよ。しっかり決めてしまうと、それはそれで面倒が増えますから。特に、貴族と平民が混ざるここでは、ね」


 パタンと本を閉じて、カタリナは元の場所に本を戻す。

 うちの師匠にも見習って欲しい几帳面さだ。あの人、基本出したものは戻さないからな。


「……また困ったら相談することにします」


 どうあれ、師匠関係の問題は弟子の俺が自力で何とかするしかないらしい。


「そうしてください。力になれるかは分かりませんが、わたくしはあなたの敵にはなりませんよ」


 どこまで信用できるのか判りかねる言葉を最後に、俺はカタリナの研究室を後にした。




 ◆




 お金の工面に頭を抱えながら、俺は吹き抜けの渡り廊下を歩いて行く。


「いやー……どうしたもんかな」


 入学前の貯金は、全て学費と教材、制服で消し飛んだ――というか、足りなかったので幾らかカタリナから借りた。


 しかし、お金を稼ぐのは大変だ。

 決闘はまあ論外として、教授の助手とやらも難しい。

 カタリナともう一人、副担任にそれとなく聞いてみたら鼻で笑われたからな。信用が必要な仕事は難しいだろう。


「オイ」


 だが、世の中にある大抵の仕事には信用が必要だ。

 泥棒に店番を任せる店主がどこの世界にも存在しないように、任せる相手を選ぶのも仕事だからな。


「オイと言っている」

「……ん?」


 うんうん悩んでいると、穏やかでない呼び掛けが聞こえた。そちらを見ると、何やら不機嫌そうな男が立っている。

 俺と同じ制服を着ていることから生徒であることは判るが、顔に見覚えはない。同学年と寮の人間は一通り見たので、恐らくは上級生。それも、近場に邸宅を持つ通いだ。


「何でしょう」

「貴様、平民だろう。何故ここにいる」


 この魔術学院は、王都の貴族街と平民街を跨ぐ、学院地区に建てられている。

 どちらの街からでも通うことはできるが、寮は実質的に平民専用となっている。言葉と小綺麗な身なりからも鑑みるに、男もまた貴族なのだろう。


「何故と言われても……研究室の方に用事があったので、その帰りです」

「この廊下は我々貴族が使うものだ」

「えーと、平民は渡り廊下を使わず外を回れ、と?」

「そうだ」


 そんな規則があるとは聞いていないが、明文化されない慣例のようなものなのだろう。

 面倒な話だが、貴い方々はそういうのに拘る。師匠ならガン無視決め込むのだろうが、俺は平和主義者なので素直に従っておこう。


「これは失礼いたしました」

「ふん」

通らないようにします」


 これ以上怒りを買わないうちに、さっさと横をすり抜けようとした瞬間だった。


「"退け"」

「っ!? "壁よ"!」


 真横から土塊が飛来した。

 咄嗟に直撃は防いだものの、衝撃までは殺しきれず、俺の体は渡り廊下の外まで吹き飛んだ。


「っぶねぇな!」

「何が次からは、だ。知らぬことなら一度は許すが、指摘されたなら今すぐに出て行くのが礼儀だろう。むしろその手間を省いてやったのだ。感謝しろ」

「あぁ?」


 おっと。落ち着こう。

 不快ではあるが、まあ……よくあることだ。こういうのはさっさと逃げるに限る。

 脳裏に浮かんだの景色と一緒に、下ろし立ての制服の汚れを払おうとして。


 防ぎきれなかった土塊が、俺の制服の裾を切り裂いていたことに気付いた。


 貯金。借金。手紙。今後の展望。新品。稼ぎの見通し。


 すーっ、と頭を流れていった単語たち。


「"打ち抜け"」

「……何のつもりだ?」


 制服の白手袋を外し、魔術を使って男の顔面に叩きつける。つもりだったが、残念。受け止められてしまった。


「見れば判るだろ。決闘だよ決闘」

「なに?」

「お前が賭けるのは制服の弁償代と、あと迷惑料な。手持ち全部寄越せ」

「勝手に話を進めるな」

「お前が勝ったら俺を好きにすれば良い。別に命でも内臓なかみでもくれてやるよ」

「そんな汚いもの要らん」


 決闘なんて野蛮なことをするつもりなんて少しもなかったが、気が変わった。最低でも弁償はさせて、ついでに吠え面かかせてやらないと気が済まない。

 トン、と一足で廊下に戻り、目線を合わせてやる。


「まさか、お貴族サマが平民から逃げるわけないよなぁ?」


 へらりと笑って肩をポンと叩く。叩き落とされた。これだから野蛮人は困るぜ。


「……良いだろう。その安い挑発に乗ってやる」


 額に青筋を浮かべた男が目を細める。


「礼儀だ。名を名乗れ」


 改めて、俺は制服の汚れを払う。

 このを口にするなら、情けない格好をしているわけにはいかない。


「『荒地の魔女』アルメ・アルハートが弟子、リゲルだ。お前に本物の礼儀ってもんを教えてやるよ」

「『フェルノート家』次期当主、フレイ・フェルノート。人にものを教えられる頭があるようには見えないが?」


 講義開始から数日後。

 魔術学院の一角で、傍迷惑な決闘が始まった。




 後にこの騒動を知ったカタリナ女史は、頭痛を堪えながらこう呟いたという。


「迷惑極まりない。師匠が師匠なら弟子も弟子です」

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