1話目 「秋葉原は魔術都市だった」
風。音。熱。
秋葉原の駅前には、何かが詰まっていた。
人の熱気、機械の熱、情報の熱、欲望の熱……それらすべてがごちゃ混ぜに押し寄せてくる。
「……まるで、魔力の奔流だな」
賢者フェルとしての記憶を引きずったまま、“風間 輝”として転写されたばかりの彼は、街を見渡して呆然としていた。
目の前で、看板が喋っている。塔のようなビルが光を放ち、少女たちは「ご主人さま」と呼びかけながら、店先でメイドの格好をして踊っていた。
路上では「ローゼンの水銀燈マジ天使!」と叫ぶ青年と、「次は種運命くるっしょ」と応える別の声が飛び交う。
巨大ビジョンでは『魔法少女リリカルなのは』のプロモが流れ、駅前のCDショップからは『ハレ晴レユカイ』らしき楽曲が電子音に混ざって聞こえてくる。
そのすべてが、彼にとっては“見たことのない魔術”のようだった。
(この都市は……情報で満ちている)
視えはしないが、耳に届く“音の術式”が街を満たしているのを彼は感じ取った。
耳元に残響のように流れる音声広告、モーターの低い唸り、そして人々の熱を帯びた言葉たち。
それらは空気中に散らばる情報の粒となって、肌にまとわりついてくる。
「文化的に、まったく理解が及ばぬ……だが、力はある」
彼は思わず指先を伸ばした。
呼吸するたびに、まるで異界の門を一歩ずつくぐっているような錯覚に襲われる。
歩きながら、ふと目に入ったのは、電気街の裏通りにある古びた自販機の隣。
その壁面に、何枚もの紙が雑多に貼られていた。紙はすでに日焼けし、一部は剥がれかかっている。
だが、文字はまだ読めた。
> 「旧ラジ館3階の空き部屋、まだ“開いてる”って聞いた」
> 「誰もいないのに電気ついてた」
> 「この街、もう“向こう”と繋がってるんじゃない?」
輝の目が細くなる。
この言葉の選び方。文の“響き”。かすかに、魔術の詠唱に似ている。
(これは……この世界で独自に発達した“呪符”か? あるいは、都市伝承式の魔術……?)
そのとき、隣にあった公衆電話の陰から、ひとりの少女が現れた。
制服姿。セーラータイプのシャツにグレーのスカート。肩にかかるショルダーバッグには、古いワンセグの受信機がぶら下がっている。
何より目を引いたのは、彼女の髪だった。月光のような銀のロングヘアが、喧騒の中でも静かに揺れていた。
瞳は涼しげで、表情は限りなく無表情に近い。だが、その眼差しには確かに“観察者”の意志が宿っている。
「見てたよ。君、その張り紙、読んでたでしょ」
「……誰だ?」
「白河 レト。都市伝説を集めてるだけの人」
彼女はそう言って、掲示板の隅を指差した。そこには、手書きでこんな一文が加えられていた。
> “観測者へ。ログは残る。接触まで、あと3日。”
輝の鼓動が、ドクン、と跳ねた。
“観測者”。それは、かつて彼が異世界で担っていた役割だ。
知を観測し、記録し、理解する者——賢者とは、そういう存在だった。
(なぜ……この都市に、観測者の言葉が?)
「ねえ、君。ちょっと時間ある? 案内したい場所があるの」
レトは、ネットカフェのチラシを差し出した。
その紙面の隅には、手描きのように奇妙な記号が書き足されている。まるで、魔術陣の一部のように。
秋葉原。
文化と情報の渦の中で、何かが蠢いている。
賢者の魂がそれを感じ取った時——物語の歯車が、ゆっくりと回り始めた。
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