23.魔法で全部解決……じゃダメなの?

 セシルは執務室に到着するなり、課のメンバーの五人に声をかけた。


「あなたたち、午後から窓口に入ってください」


 セシルの言葉に、五人とも驚いて顔を見合わせた。


 クロダも、セシルがどういう意図で五人を呼んだのか、まるで見当がつかない。執務室からまた窓口に戻る途中、クロダは小声で聞いてみた。


「課長、どうしてですか? 部門長からは、不正に関与した者を窓口に立たせないようにと言われていたと思いますが……」


 セシルはあっさりと首を振り、否定の意を示した。


「いいえ。部門長の指示の本質は、“不正を防ぐための仕組みを考えること”です。彼らを使ったとしても、不正さえ起らなければいいのです」


「???」


 クロダには、セシルの言っている意味がよく分からなかった。


 だが、セシルはそれ以上の説明をするつもりはないようで、さっさと歩き出してしまう。クロダは黙って、あとを追うしかなかった。


 窓口に着くと、セシルは五人をそれぞれ窓口に座らせ、説明を始めた。


「あなたたちには、いつも通り窓口対応をしてもらいます。ただし、素材の数と金額を記入したら、後ろに回してクロダにチェックしてもらいなさい」


 続いて、セシルはクロダに視線を向ける。


「クロダ、あなたは後ろで五人が書いた書類の内容をチェックしなさい。間違いがあれば指摘し、やり直させなさい。それくらいの仕事量なら、できますね?」


 セシルの問いに、クロダは慌てて顔を上げた。


「は、はい、できると思います……!」


(たしかに、理にかなっている)


 クロダは感心した。


 このやり方なら、窓口は五人で分担できるからいつも通りの速度で窓口対応ができる。そして、後ろでクロダがチェックするなら不正もできない。さらに、クロダ自身も五人分とはいえチェックだけなら負担が大幅に減る。


(さすがは課長……こんな天才的な策を考えつくなんて、やっぱり頭の出来が違うなあ)


 説明が終わると同時に、午後の業務が始まる。クロダたちは、新体制で窓口業務に取り組んだ。





「はい、合っています。問題ありません」


「ここ、数と金額が一致していません。書き直してください」


 クロダは五人の仕事をチェックしながら、適宜必要な指示を飛ばす。


 午前と比べて、忙しさが段違いだ。隣で腕を組むセシルと話す余裕すらある。


「さすがは課長です。こんな画期的な方法、まったく思いつきませんでした」


「クロダ。そんなことでは困ります。あなたも少しくらい、頭を使って仕事をするようにしなさい」


 セシルの言葉は、クロダの心には一切響かなかった。


(いやいや、俺にはそんなこと無理だよ……)


 しかし、セシルはそう簡単には逃がしてくれない。


「そろそろ人を使うことを覚えたほうがいいと思いますけどね。……では、ものは試しです。今やっている以外の方法で、不正を防止しつつ業務効率を上げる方法を考えてみなさい」


(え~~? そんなの、思いつくわけないよ……)


 クロダは最初から諦めムードだったが、セシルの鋭い視線が容赦なく突き刺さった。何も案を出さずにごまかせるような状況ではない。


「じゃ、じゃあ……もし、もしですけど、"魔法"なんてものがあったら、もっと効率的になるのかなー……なんちゃって」


 苦し紛れにひねり出したクロダは恐る恐るセシルの表情をうかがうが、セシルは「ほう」と意外にも感心した様子だった。


「魔法ですか……たしかに、業務効率を考えればそれが一番かもしれません」


「えっ、魔法があるんですか?!」


 クロダは予想外の返答に思わず大きな声を出してしまった。セシルは呆れたように、深々とため息をつく。


「あなた……この世界に生きていて、魔法を知らない、などとは……言いませんよね?」


「え? あ、は、はい。そ、そうですよね……いやー、冗談ですよ……」


 セシルの追及に、クロダは慌てて頭をかいてごまかした。


(そうだった。俺がこの世界の出身じゃないことを、課長が知ってるはずがない……でも、それにしても……本当に、魔法ってあるんだ……)


 しかし、そうなると別の疑問が生まれてくる。クロダは頭に浮かんだ内容をそのまま口にした。


「だったら、魔法を使えばいいじゃないですか。なんで、使わないんですか?」


「ええ、私も使えるものは使ったほうがいいと思うのですが……上層部が、魔法の使用に否定的でしてね」


 そう話すセシルは苦い表情だ。


「いるんですよ。『魔法を使わずやってこそ仕事だ』、と言う人たちが。まあ言わんとすることは分かりますが……結局、一部の魔術関連の部署を除いて、魔法の使用は禁止されています」


 セシルは頭が痛いとばかりに額に手を当てる。その言葉に、クロダは深く納得した。


(日本で言う、AI使用の是非についての論争みたいなものが、この世界にもあるってことか……)


 セシルは、五人の窓口担当が真剣に作業している様子を一瞥し、ゆっくりと腰を上げた。


「クロダ、ここは任せましたよ。私は別の仕事があるので執務室に戻ります。……そうそう。あなたの“魔法を使う”という提案、採用こそできませんが、着眼点としては悪くありませんでしたよ」


「は、はい! ありがとうございます!」


 クロダはわずかに腰を浮かせて、部屋を出ていくセシルを見送った。





 セシルが去ったあとの窓口には、やや緩んだ空気が漂っていた。


 当然、不正などなく真面目に仕事を続けてはいるのだが……課長の監視下にあるときと比べれば、どうしても課員たちの緊張感は薄れる。


 ときどき、作業の合間に雑談が挟まるようになった。


「課長、優秀なのは分かるけど、真面目すぎるんだよな」


「分かる。なーんか堅苦しいんだよな……人を人と思ってないって感じ」


 クロダは、その言葉を黙って聞いていた。


(横領を擁護するつもりはないけど……みんなの言っていることは分かるんだよな。口出ししなさすぎっていうか、考えが全員に浸透していないっていうか……)


 そんな中、クロダは先ほどセシルに言われた言葉を思い出していた。


「そろそろ人を使うことを覚えたほうがいいと思いますけどね」


(俺には、絶対無理だよな……)


 あれだけ優秀なセシルでさえ、課長という立場になったらこうなのだ。


 セシルにも多少の落ち度はあるにせよ、クロダの目には彼が真面目で有能な好人物であることに疑いはなかった。そのセシルが、裏でこんな風に言われるのだ。


(リーダーって、本当に大変だ……自分がなれる気もしないし、正直、なりたくもない)


 しかし、セシルの指示によって目の前の作業が効率的になり、楽になったのは事実だ。そう考えると、セシルの言葉を完全に無視するのは気が引けた。


(とりあえず、心の隅に置いておこう……それでもやっぱり、俺には言われたことを黙々とやるのが、一番合ってる)


 クロダは気持ちを切り替えると、再び目の前の仕事に没頭した。

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