40.クロダの"改革"
翌日、出勤したクロダは緊張で手に汗を握っていた。
昨晩必死に考えた案が、みんなに受け入れられるかどうか――クロダにとって、これは大事な大勝負だ。
深呼吸を一度してから、クロダは静かに切り出した。
「……みんな。今日は私の考えてきた改革案を聞いてほしい」
反応は三者三様だった。
「課長、変な気は起こさずに大人しくしておいた方が……」
リーナは恐る恐る、やんわりと止めようとしてくる。
「だ、大丈夫っスか……?」
ユートはのけぞり、焦り顔で固まっている。
「では、今日の定例会議を始めますか」
イゼルは聞こえなかったフリをして会議を進めようとする。
「イゼルさん、さすがに、無視はまずいんじゃないっスか……?」
「冗談ですよ、冗談」
ユートとイゼルが小声でやり取りしている様子に、クロダは思わず苦笑した。
(やれやれ……信用ないなあ……)
自分への評価の低さを改めて認識しつつも、ここで折れるわけにはいかない。クロダは覚悟を決めて宣言した。
「私の考えてきた改革案は――魔法の業務への導入です!」
「………………」
執務室に、しんと静寂が訪れた。
わずか数秒の沈黙だったが、クロダには永遠に感じられた。
(あれ……もしかして、外した? 全然ダメ?)
空気を変えようと、慌てて声を上げかけた、そのとき。
「いいじゃないですか」
リーナが意外そうな顔で肯定の声を上げた。クロダは驚いて皆の顔を見渡すと、ユートもイゼルも頷いている。
「そうっスよね! たしかに、魔法が使えれば絶対便利っス!」
「思っていたよりも、ずっと現実的で良い案かと思います」
返ってきたのは予想以上の好反応だった。クロダはようやく止めていた呼吸を解放し、大きく息を吐く。
(よ、よかったあ~~~~~~~~~~)
全身の力が抜けて、クロダは椅子にへたりこんだ。
◇
「それでは、課長のご提案である魔法を用いた業務効率化について、議論を始めます」
イゼルの仕切りで会議が始まった。
「まずは、具体的にどう魔法を活用するのか、お考えをお聞きしたいです」
促され、クロダは立ち上がる。
具体的な活用法。これについてはクロダもずいぶん悩んだ。
現代知識を持っているクロダだったが、別に詳しい知識を持っているわけではない。この異世界で、パソコンなどの電子機器を組み立てるなど不可能だ。
あらかじめ異世界に行くと分かっていれば役に立ちそうな知識をメモしておいたのだが……そんなことができるわけもない。
よって、クロダの脳内にあるのは「現代にこんなものがある」という事実だけ。そこからどうにかして、魔法を使った具体案に落とし込む必要がある。
クロダは震える声で語り始めた。
「例えば……部署間の書類を、魔法で飛ばせたらどうかと」
これは、FAXに着想を得ている。
「それと、同じ書類を何部も用意する時に魔法を使うとか」
これは、コピー機にヒントを得た発想だだ。
イゼルは感心したように頷いた。
「なるほど、魔道具としての応用ですね。前者は転移魔法、後者は複製魔法で再現できそうです」
イゼルに評価され、クロダは心の中でガッツポーズした。自分で考えた案が受け入れられる――こんなにうれしいことはない。
だが、当然ながら課題もある。クロダはリーナに視線を送る。
「ただ、《黒鉄の牙》の規則では……業務での魔法使用は原則禁止になっています。そこを突破しないと、この案は実現できませんね」
リーナがギルド規則の書類を確認しながら指摘する。
「えー、魔法使えたらめっちゃ楽なのに。どうしてダメなんすか?」
ユートが素朴な疑問を口にする。
「私も詳しくは……課長、何かご存知ですか?」
リーナの問いかけは、想定内だ。クロダは落ち着いて言葉を返す。
「それが、上層部が魔法の使用に否定的らしくて。ただ、魔術研究課とか一部の部署は例外的に使えるらしい。そこを説得できれば、あるいは……」
三人は力強く頷いた。他課を説得して改革案を通すのは、これまで何度もやってきたことだ。
これまでの様々な経験から、業務整備課は確実に力をつけてきていた。今回も、必ずうまくいく。そんな自信が全員に芽生えていた。
「ところで……魔術研究課って、どんな部署なんスか? 僕、あまり聞いたことなくて」
ユートの問いに、クロダは一瞬詰まった。
たしかに、魔術研究課の名前自体は何度か聞いたことがある。しかし、実際にどんな部署で、どんなことをやっているのかはさっぱり分からない。
「まずは情報を集めるところから始めましょう」
クロダが言うと、イゼルが自信ありげに胸を張った。
「調査と事前交渉は私にお任せください」
「私は総務課に、規則の解釈を問い合わせます」
リーナもやる気十分だ。
二人の頼もしい姿に、クロダも改めて意気込んだ。
「では、私が提案資料の作成を担当します。ユート、サポートを頼むよ」
「了解っス!」
「では、始めよう!」
クロダの掛け声で、皆がそれぞれの持ち場に散っていく。忙しく手を動かしながらも、クロダは最近めっきりご無沙汰だった充実感を味わっていた。
(ああ、これがチームなんだ。これが一体感なんだ……!)
高まる期待と希望を胸に、クロダは提案資料の作成に没頭していった。
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