39.残業(寮にて)
その夜、クロダは寮のベッドに寝転びながら物思いにふけっていた。
(「自分で考えて」と促したのは、やっぱり最悪のアドバイスだったかもしれない、そう思ってたけど……)
クロダはセシルと一緒に仕事をした日々を思い出す。
当時は、「自分で考えろ」と突き放されるたびに不満に思っていた。なかなか答えを言わず、遠回しにしか導かないそのやり方が、うっとうしいとさえ思っていた。
しかし、よく考えてみれば……業務整備課の課長になってからは、イゼルやリーナに何度も助けられてきた。そして二人はどちらも「自分で考えて動く」側の人間だった。
彼らは指示がなくても自分のやるべきことを察し、行動して成果を出してきた。その働きにクロダは繰り返し救われてきたのだ。
(……もしかして、間違ってるのは俺の方だったのか?)
もし、「自分で考えて動ける」ことが正しいのだとしたら――。
クロダは、バルドやセシルにとっては「使えない部下」、イゼルやリーナにとっては「無能上司」ということになる。
今までの自分の価値観が揺らぎ、真っ暗な底に落ちていくような気分だった。
しかし、だとしたらどうすればいいのか。今まで「考える」ということから逃げてきたクロダには、どうすればいいのかさっぱり分からなかった。
もちろん、このまま変わらなくても課は回る。部下たちは優秀だし、クロダが何もしなくても成果は出続けるだろう。
(でも……そうだとして、ろくに仕事もせずにみんなに頼るばかりなんて、耐えられそうにない……)
クロダにとって、仕事とは人生そのものだ。自分から仕事を取り上げたら、何も残らない……そんな気さえした。
(だったら……俺が変わるしかない、のか)
回らない頭をひねりながら、クロダは考えを巡らせた。
いまのクロダの課題は――「改革案に関われていないこと」だ。
クロダが出す案はことごとく不評で、提案資料をまとめようとするたびにイゼルたちに全力で止められてしまう。
そしていつしか、いつの間にか改革のアイデアを考えることすらやめてしまっていた。
(もう一度、新しい改革案を考えてみるか……。みんなに受け入れられる内容で……)
クロダはベッドに寝転んだまま、あれこれ案を練り始めた。
◇
「思いつかねーーーーーーーーーーっ!!!」
クロダは我慢の限界を迎え、ベッドの上で絶叫した。
かれこれ一時間、ああでもないこうでもないと唸り続けたものの、結局これといった案は出てこない。
そもそも、これまでに出した改革案はことごとく却下されてきた。「みんなが喜ぶ案」と言っても、どんなものなら通るのか見当もつかない。
(やっぱり、俺には無理なんじゃ……?)
頭に浮かんでくるのは泣き言ばかりだ。
気分を変えようとベッドから起き上がると、窓が全開になっていることに気づく。
(やべっ……さっきの叫び声、外に響いてたかも……!)
慌てて窓に近づくと、寮の下を歩くユートの姿が目に入った。
(あの声、聞かれてないといいけど……)
それと同時に、今日のユートとのやり取りが思い出される。
(ユートには『自分で考えろ』と言っておきながら、俺自身がこんなところでめげていてどうするんだ……)
クロダはユートのおかげで少し前向きさを取り戻し、改めて改革案を考えようとする。
だが、気を入れ直したところで急に名案が浮かぶわけもない。
そんな時、ベッド脇の棚に置きっぱなしにしてあった辞令の封筒が目に入った。業務整備課への異動が決まった時に受け取った辞令だ。なんとなく片付け忘れて、置きっぱなしになっていたのだ。
クロダは何気なく読み返す。そこには、セシルのメッセージがあった。
『迷うようなことがあったら、今までやってきた仕事を思い出してみるとよいでしょう』
(……今までやってきた仕事、か)
新人研修、製品加工課、素材調達課……。
あの頃のことを順に思い出す。
そしてふと、セシルと一緒に窓口業務をしたときに唯一褒めてもらえた提案のことが頭に浮かんだ。
(あの案……もしかして、いけるかもしれない)
自信はまだ持てない。それでも、セシルに評価されたという事実はとてつもなく大きい。少なくとも、他の案よりははるかに希望があった。
(それにしても……セシル課長はここまで予測した上で、あの時点でこのメッセージを? どんだけ千里眼なんだよ……怖っ……!)
クロダは身震いしながら、そっと布団にくるまった。
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