34.新米課長の奮闘① イゼル編

 業務整備課の執務室は、今日も慌ただしく活気にあふれていた。


「課長、人事課から新人研修改革について問い合わせがありましたので、これから説明に行ってきます」


 イゼルはそう言い残すと、足早に執務室を出ていく。


「課長! 財務課に提案する領収書の新フォーマットについて、ミーティングに行ってきます。財務課には知り合いも多いので、私にお任せください!」


 リーナは書類を手に、ビシッと敬礼してから勢いよく駆け出していく。


 執務室には、クロダとユートの二人が残された。


 ユートは研修もそこそこに業務整備課へ配属されたため、まだ一人で他課に出向くような仕事はない。


 それでも、イゼルやリーナの指示を受けながら、提案書のアウトライン作成や議事録のまとめなど、与えられた仕事を着実にこなしていた。


 その働きぶりは、クロダの目から見ても大したものだった。


(みんな、すごいなあ。それに比べて、俺は……)


 クロダはため息をつきながら、自席の机に肘をつき、のんびりと書類仕事に向かう。


 もちろん、提案書の最終チェックや部門長への報告など、課長として最低限の業務はこなしている。それでも――課長らしい手応えというものは、なかなか感じられなかった。


(そもそも、業務整備課ってのは他の課に働きかけるのが仕事だし……ってのは言い訳だな。改革案の提案も、ほとんどイゼルたちに丸投げだもんなあ……)


 クロダは憂鬱な気分のまま、次の書類へと手を伸ばす。そのとき、執務室の扉が、ガチャリと音を立てて開いた。


 気だるげに顔を上げたクロダの視線の先には――。





 執務室にやってきたのは、イゼルだった。


 クロダは説明もそこそこに手を引かれ、新人研修中の作業室へと連れてこられた。


 扉を開けて足を踏み入れた瞬間、怒りを露わにしたジェイクが真っ先に詰め寄ってきた。


「クロダ課長、困りますよ……彼の言わんとしてることも分からなくはないですが、我々には我々のやり方ってもんがあるんです」


 一方のイゼルは、いつになく困り顔でクロダに助けを求めてくる。


「その……人事課の皆さんに、新人たちの質問には丁寧に答えてくださいとお願いしているのですが、なかなか……」


 クロダはふたりの間で板挟みになり、目を白黒させた。


「い、イゼル……ジェイクさんにも立場ってものがあるんだから、もう少し穏便に……ね?」


「課長! それでは改革になりません!」


「そ、そうか……じゃあジェイクさん、ここはギルドの先輩として、ぐっと辛抱してもらえませんか?」


「簡単に言うなよ! そもそも、要領を得ない新人の質問なんざ、いちいち相手してられっかよ!」


 口論は加熱し、いよいよ収拾がつかなくなってきた。


 クロダは冷や汗をかきながら、なんとか逃げ道を探そうとあたりを見回す。すると――目の前の新人たちが、妙にざわついていることに気づく。


「あれは……もしかして、クロダ課長じゃないか?!」


「三日で課長という最速出世記録を打ち立てたというの、あの……?」


「そうだよ! あの慕われっぷりを見ろ。魅惑魔法を振りまきながら歩いてるって噂、まさか本当だったとは……!」


 新人たちは口々に、誇張されたクロダの武勇伝を語り始めた。その異様な盛り上がりに、さすがのイゼルもジェイクも一瞬、口をつぐむ。


 そしてそのうちの一人が、おずおずとクロダのもとへ歩み寄ってきた。


「あ、あの、クロダ課長……もしよろしければ、課長のこれまでのご経験などを、私たち新人に教えていただけないでしょうか……?」


「えっ? いや、そんな急に……。研修中に勝手にしゃべるのもどうかと思うし……」


 困ったクロダはジェイクに視線を送るが、意外にもジェイクは乗り気だった。


「いや……新人たちが聞きたいってんなら、いいんじゃねえか?」


 今度はイゼルの方を向く。


「さすがに、今はこんなことしてる場合じゃないよね?」


「いえ。課長の素晴らしいお考えを新人に広めるチャンスです。ぜひ、お話しください」


 新人たちの間から、オオッという歓声が巻き起こった。


(そ、そんなあ……誰か、助けてくれ~~~~~)


 ジェイクとイゼルに背中を押され、クロダは抵抗むなしく、新人たちの前へと放り出された。

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