25.業務効率改善です、か

 業務終了後のギルド会館で、セシルは部門長に呼び出されていた。提出した報告書を、部門長は椅子に深く腰をかけてじっくり読み込んでいる。


「ふむふむ……なるほどねぇ……」


 部門長は低い声で唸った。


「なかなかいい改革案じゃないの。課のメンバー同士で監視させ合うことで不正を防ぐとは、さっすがセシルちゃん――人でなしの発想だねえ!」


 部門長の言葉に、セシルは顔をしかめた。


「皮肉ですか?」


「いやいや。褒めてるんだよ。セシルちゃん」


 部門長の口調は軽いが、表情は真剣そのものだ。


(昔から、この人の考えていることだけは読めませんね……)


 セシルは油断なく部門長の一挙手一投足に注目していた。


「予定外の大量注文もあって、売上も好調だし……まあ、いいんじゃない? クロダちゃんに免じて、横領の件は僕の方でなんとか処理しとくよ!」


「……ありがとうございます」


 今の素材調達課にとって最大の懸案事項が解決したわけだが、セシルの表情は依然として暗いままだ。


 セシルの予感は見事に的中した。部門長が怪しげな笑みを浮かべる。


「ところで、僕は常々思ってたんだよね。業務をもっと効率的にすべきだ、ってね。こういう改革案を、課単位じゃなくギルド全体でやっていけば、みんなハッピーでしょ?」


 一見魅力的に映る部門長の提案だったが、セシルはすぐさま否定した。


「……それは難しいかと。部門長もご存知の通り、どの課も日々の業務に追われて余裕がありません。新しい取り組みを導入する余力は乏しいでしょうし、そもそも案を練る時間すらないのが実情です」


「だったらさあ、作っちゃおうよ。新しい部署」


 部門長はあっさりと、とんでもないことを言い出した。


「そんな無茶な……『うどんにかき揚げ乗せちゃおうよ』みたいな軽さで言われても困ります」


「えー? 僕はかき揚げだけじゃなくて、ちくわ天も欲しいけどなあ」


「そういう議論がしたいのではありません」


 セシルはぴしゃりと一刀両断し、部門長の話を否定するための材料を並べていく。


「まず、部門長の権限をもってしても、そう簡単に新部署など立ち上げられません。それに、新部署を誰に任せるというのです? 目星はついているのですか?」


 セシルの声は淡々としていたが、そこにあるのは論理と警戒だ。


 ギルドを改革するとなれば、ただの発想力では足りない。実行力、そして旧来の価値観にとらわれない柔軟さが必要になる。


 それは、長年ギルドに染まってきた人間には難しい注文だ。


 だが――。


「部署の立ち上げは、僕がまあ、なんとかするとして……」


 部門長はニヤリと笑った。


「新部署を任せる適任者なら、いるよ? セシルちゃんもよく知ってるはず。最近入ったばかりで、信じられないくらい働く男が、さ」


(ここで……彼の名前が出てくるのですか)


「クロダ……ですか」


「そう! クロダちゃんなら、製品加工課でも素材調達課でも成果を出してたでしょ? 新しい部署でも、いい感じにやってくれるんじゃないかなー……って思うんだよね、僕は」


 部門長は椅子をくるくると回しながら、実に楽しそうだ。


 セシルは一呼吸おいてから、慎重に口を開いた。


「お言葉ですが……クロダは、指示を受けて動く能力には長けています。 ただ、自ら考え、行動に移す力は――ほぼ皆無です。 リーダーに任せるには、まだ……」


「何かが足りないって? でも、それって誰だってそうじゃない?」


 部門長は悪びれもせず、さらりと言い放った。


「完璧な人間なんていないよ。むしろ、地位が人を育てることだって、あるんじゃないの?」


「……しかし、彼はまだギルドに入って二か月足らずです。要職につかせるには、あまりに早すぎます」


「なに言ってんの。うちは能力主義だよ? 優秀な人間が評価されるのは当然。それとも……セシルちゃん、素材調達課からクロダを引き抜かれるのが嫌なだけなんじゃない?」


 その一言に、セシルは言葉を失った。


 今の素材調達課は、たしかにうまく回り始めていた。しかし、それはあくまでギリギリの均衡の上に成り立つものだ。


 課員たちは皆、少なからず不満を抱えている。その不平を握りつぶして黙らせている以上、いつ爆発してもおかしくない。


 そんな中で――唯一、信頼できる存在がクロダだった。


(私も、覚悟を決めろということですね……)


 セシルには、もはや反論の余地など残されていなかった。部門長は、満足げに頷く。


「とはいえ、実際問題として部署の立ち上げには時間がかかるし……それまでに引き継ぎとか、うまいこと頼むよ? 準備ができたら、また連絡するから! じゃ、今日の話はここまで! お疲れちゃーん!」


 軽い調子で一方的に会話を打ち切り、部門長は手をひらひらと振った。セシルは黙って頭を下げ、部門長室をあとにした。


(私にとっても、クロダにとっても……ここが正念場ですね……)


 リンゴ―ン、リンゴ―ン。


 ギルド会館内に、22時を知らせる鐘が鳴り響いた。職員のほとんどが帰宅したこの時間が、セシルたち管理職が自分の仕事に専念できる、ゴールデンタイムだ。


 セシルは足早に歩を進めながら、今後の課の運営をどうしていくべきか、頭をフル回転させた。

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