13.目玉商品、クロダ

 応接室に通されたアリシアの前で、応対係が必死の売り込みを繰り広げていた。


「こちらの新作ドレスはいかがでしょうか! 王都で人気のデザイナーによる逸品です!」


「そしてこちら! 鮮やかな青にレインボーホークの羽根をあしらった、気品と個性が光る一着でございます!」


「極めつけはこれ、ワイルドタイガーの毛皮のコート! ご予約殺到、年に一着も出ない超希少品でして!」 


(なーんか、イマイチねぇ……)


 あれやこれやと慌ただしく説明をしてくれる応対係だったが、どれもアリシアの好みにはまったくもって刺さらなかった。


(これなら、そこらにある街の仕立て屋の方がいい仕事をするわ。……っていうか、ワイルドタイガーの毛皮ってなによ……。あんなごわごわな鎧みたいな代物を、本気で私に着せる気なのかしら……?)


「うーん、どれも素敵だけど……別のものも見てみたいわね。他には何かないのかしら?」


 アリシアが完璧な笑顔を作ってそう言うと、応対係は焦りの表情を浮かべた。


「は、はい! もちろんでございますとも! すぐに次の商品をお持ちいたします!」


 応対係は鋭い目つきで背後に目配せした。すると、目にも留まらぬ速さで何かが動き、次の商品が入った箱が運ばれてきた。


「こ、こちらで、いかがでしょうか……?」


 アリシアが首を横に振ると、応対係はすぐさま別の商品を持ち出す。そんなやり取りが、すでに何度も繰り返されていた。


 それでも、アリシアの好みに合う品は一向に現れない。


(たしかに、どれもイマイチ……だけど、毎回ほんの少しずつだけど、好みに寄ってきてはいるのよねぇ……)


 それが、目の前の応対係の仕業でないことは明らかだった。裏で、目では捉えきれない速さで何かが動いている――アリシアは俄然、興味が湧いてきた。


「ねえ、貴方」


「は、はいっ! いかがいたしましたか……?」


「いえ、貴方ではなく。商品を運んできてくれている方のお話をお聞きしたいの」


「商品を……ですか? かし、あれは当ギルドの中でも下っ端で、とてもこんな場に連れてくるような者では……」


 応対係はぼそぼそと言い訳をこねていると、アリシアは笑顔で追い打ちをかけた。


「私が、"お話を聞きたい"と言っているの。……その意味が、お分かり?」


「は、はいっ! 今すぐ連れてまいります!」


 応対係はあたふたと奥へと引き下がり、やがて一人の男を連れて戻ってきた。





 連れてこられた男は、何の変哲もない、どこにでもいそうな男だった。


「あなたが、商品を持ってきていたの……?」


 アリシアが半信半疑で問いかけると、男は無表情で頷いた。


「はい」


(短っっ! ……この伯爵令嬢たる私が話しかけたというのに、それだけ?! なにこの無愛想! 何を考えてるのか、さっぱり読めないわ!)


 それでも、アリシアは目を凝らして男の様子をうかがった。この男が、アリシアの好みにどうにか合うよう、工夫して商品を持ってきていたに違いないのだ。


「貴方、お名前は……?」


「クロダです」


「そう、クロダというのね。クロダ、貴方が持ってきた商品、どういう基準で選んだのか、教えていただけるかしら?」


「基準?」


 クロダはそこで初めて、眉をひそめて困ったような表情をした。


「基準と言われましても、私は上司に言われたとおりに仕事しているだけですが……」


「でも、少しずつ持ってくるものを変えているでしょう? たとえば、ほら、二つ前に持ってきたシアー素材に刺繍をあしらったドレスなんて、最近流行りのモデルよね?」


 クロダはまったく心当たりがないという様子で、大きく首を傾げた。


「流行り……? いえ、あのデザインは在庫が一番多かったので。在庫が一番多いのを優先してさばけ、と上司が」


(ざ、在庫っ!)


 アリシアはあまりの衝撃に、目の前のテーブルに額をぶつけそうになった。


「私に在庫処分をさせようってわけ?! あのデザインは流行ものなの! 人気があるから数を用意してるの!」


 アリシアは令嬢の仮面をかぶるのをすっかり忘れ、大きな声を出してしまった。それを見た応対係は、焦った様子でクロダを叱責する。


「おい! お前、言っていいことと悪いことが……」


「でも、課長にそう言われましたし」


「言われたからって、それをお客様の前で言うんじゃねえよ……」


 そのやりとりの間に何とか気持ちを立て直したアリシアは、再度問いかけた。


「そ、それと……一つ前に持ってきたのはオレンジのドレスよね? それは、私の好みを見越して持ってきたのではなくて?」


「いえ、もちろん好みなんて私は知りません。ですので、倉庫にあるものを片っ端から持ってくるつもりでした。オレンジがダメなら、次は黄土色の予定でした」


(黄土色って何よ! もっとピンクとか黄色とか、刺さりそうな色から試しなさいよっ!)


 アリシアはクロダの頭をはたきたい衝動に駆られたが、すんでのところで思いとどまった。


「片っ端からって……そんなの大変でしょう? 体が持たないわ!」


「それが仕事ですから」


「仕事は効率的にするものよ。私は定期的にこの街に来ているのだから、周りに聞けば私の好みを知っている方が一人くらいはいるのではなくて?」


 アリシアの言葉に、クロダはポンと手を叩いた。


「たしかに、人に聞くという発想はありませんでした」


(ば、バカなのかしら、この男……)


 アリシアは開いた口がふさがらなかった。アリシアは応対係に尋ねる。


「このギルドには、クロダ以外の方はいらっしゃらないのかしら?」


「こ、これは失礼を……! いや、まあ、他にもいないことはないのですが、使える雑用係はこの者くらいしかおらず……」


「だからって、一人に全部やらせているんですの?」


「ええ、まあ……」


 応対係はもごもごと言葉を濁す。そんな中、厳しく叱責されてシュンとなったクロダの姿を見て、アリシアは一つの可能性にたどり着いた。


(もしかして、クロダは激務でおかしくなってしまったのではないかしら? 重い荷物を持って倉庫まで何往復もするだなんて、正気の発想じゃないわ)


 アリシアの脳内は妄想モードに切り替わり、感情が爆発しだした。


(……そう、きっとそうよ! 悪徳ギルドにこき使われて、感情を失ってしまったのね……ああ、なんて哀れな方……)


 アリシアはクロダに感情移入するあまり、涙がこぼれそうになった。しかし、グッと涙をこらえ、凛とした表情を作り上げる。


「私の欲しい商品が決まりました」


 その言葉に、応対係はあからさまにホッとした表情を浮かべる。


「は、はい、どちらの商品でしょうか……? 何なりと、お申し付けください!」


 アリシアはチラリとそばにいたコンラッドに視線を向けた。コンラッドはアリシアの言わんとすることを察し、やれやれとため息をついたが、アリシアを止めることはなかった。


 一拍の沈黙ののち、アリシアはビシッと勢いよく、右手の人差し指を突きつけた。


「この、クロダをいただくわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る