第2話 十五分の報い

まだ春の匂いが残る校舎の空気は、じっとりと重く、どこかしら鈍色の湿り気を含んでいた。東京都立某高校、その二年B組の一隅で、ひとりの少年が静かに椅子に座っている。名を佐藤裕斗――だが、その名が教室で呼ばれることはほとんどない。昼休み、彼の机の上には無残な落書きが乱雑に描かれていた。「死ね」「きもい」「クズ」――安物の油性ペンが、彼の人格を否定する傷跡のように黒々と刻まれている。


裕斗は何も言わない。ただ黙って消しゴムで落書きを擦る。しかし、こびりついた罵倒の痕跡は簡単には消えず、机の木目に深く沈着し、まるで「お前はここで蔑まれるために生まれた存在なのだ」と、校舎の意志が囁いているかのようである。周囲の生徒たちが発する乾いた笑い声や、SNSの通知音、教科書をめくる音が、微細なノイズとなって教室を埋めている。そのざわめきの只中で、裕斗の存在は徹底的に“無視”されている。気配を殺し、目立たぬよう努めている彼の姿は、まるで教室の壁の一部と化していた。


だが、目立たぬことは決して安全を意味しない。むしろ、彼のような“弱い個体”を狙い撃ちにする捕食者たちは、そうした無力な沈黙に嗅覚的な敏感さを持っている。太田淳也――この教室で“王”として君臨する、圧倒的なカリスマと暴力を兼ね備えた男子生徒が、その筆頭だ。太田の周囲には常に腰巾着のような男子生徒二、三人が貼りつき、彼の目線一つで教室の空気は容易く変質する。


その日も、裕斗の昼食は始まってすぐ中断させられた。太田が裕斗の背後から無言で近寄り、いきなり机の上にあった弁当箱を蹴り落とす。落下の衝撃で、中身の白飯や卵焼きが教室の床にぶちまけられた。周囲が一瞬ざわめき、その後、誰かが笑い声をあげた。だが、それは“いじめ”の光景としてあまりに日常的なため、誰も異議を唱えない。教師は不在であり、周囲のクラスメイトも目を逸らしながらスマホを弄っていた。


太田は床に散らばった飯粒を足でぐしゃぐしゃに踏みつけ、裕斗の顔をじっと覗き込む。「拾えよ」と、抑揚のない声で命じる。裕斗は抵抗する術もなく、膝を折って床に這いつくばる。手で必死に食べ物の残骸を集めている間も、太田たちのスマホがカシャカシャとシャッター音を響かせる。その様子は、あたかも動物園の猿を観察するような冷たい好奇心で満ちている。太田の取り巻きたちはそれぞれ、「やべー、マジで奴隷じゃん」「きったねー」「マジ、見てらんね」などと好き勝手に嘲り、女子生徒の中には口元を手で覆って微笑む者さえいた。


裕斗の心臓は、まるで他人事のように、冷たい感覚だけを彼の内側に残した。自分が何者なのか、なぜここまでの屈辱を受けなければならないのか――その問いは何度も浮かんでは消えたが、やがて「自分が悪いのだ」「自分がこの状況を招いた」という諦めの自己責任論へと堕していく。そうでなければ、日々を耐える理由が見つからなかった。


いじめは単なる暴力や金銭の強要にとどまらない。太田たちは巧妙に、そして執拗に、裕斗の存在を“この世界の外側”に追いやろうとした。教科書やノートは繰り返し隠され、机の中には腐った牛乳や昆虫の死骸が押し込まれていた。上履きはトイレの便器に捨てられ、体育の時間にはロッカーの鍵を隠されて全裸で廊下に放り出される。羞恥と屈辱のなかで、誰も彼を助けようとはしなかった。


それでも、最も残酷なのは、“無関心”という暴力である。担任教師の谷口は「男子同士の悪ふざけ」として問題視せず、時折裕斗に「お前も、もう少し強くなれよ」などと突き放す。保健室に逃げ込んでも、「また君か」と冷たい目で見られる。スクールカウンセラーは面談のたびにマニュアル通りの慰めを口にするが、現実的な助け舟は一度たりとも出してくれなかった。


クラス内での立場を悪化させないために、裕斗は自分が被害者であることを誰にも告げなかった。自分の痛みや恐怖を口にした瞬間、それが嘲笑のネタになることを本能的に理解していたからだ。昼休み、放課後、体育の授業、登下校――全ての時間帯が監視され、何か一つでも「反抗」と取られる行動をすれば、その数倍の報復が待っていた。たとえば、体育祭のリレーでミスをした日は、教室裏の物置小屋に閉じ込められ、朝まで放置された。秋の冷たい夜風のなかで、裕斗は凍えながら「早く死ねばいいのに」と自分に言い聞かせた。だが死ぬ勇気すら湧かなかった。


家に帰れば、母親はパートで深夜まで不在。父親は何も語らない無口な男で、息子の異変にも無関心だった。夕食はいつも冷めた弁当かカップ麺で済まされ、テレビの音だけが部屋に響いていた。家族で食卓を囲むこともなく、父親は「お前、友達とかいないのか」と呟くだけで、深く踏み込んでくることはなかった。裕斗はその態度にも、もはや怒りすら湧かなかった。自分の存在価値がゼロ以下であるという確信が、彼の全身を蝕んでいた。


そんな日常が、延々と続く。希望も、救いも、抵抗も、すべてが遠い異国の物語のように思えた。唯一の心の拠り所は、図書館の片隅で見つけた一冊の小説だった。タイトルも覚えていないが、虐げられた少年が勇気を持って立ち上がる物語。しかし、物語の主人公のような力も仲間も裕斗にはなかった。本のページを閉じた瞬間、現実の残酷さが容赦なく襲いかかってきた。


太田たちは、日を追うごとに手口をエスカレートさせていく。裕斗が持ち物検査で出てきた1000円札を持っているのを見つけると、「それ、俺のだよな?」と有無を言わせず奪い取る。金がなければ、母親の財布から盗むよう強要される。もし断れば、証拠写真と称して過去の恥ずかしい動画をネットに上げると脅された。


一度だけ、裕斗は反抗しようとしたことがあった。太田の取り巻きのひとり――村上が、帰宅途中にカバンを奪おうとしたとき、裕斗は思わず「やめろ」と声をあげた。だが、その瞬間、後ろから太田に殴られ、アスファルトの上に顔を叩きつけられた。鼻血が止まらない裕斗を見て、太田は小さく笑い、「お前の顔って、ホントに殴りやすいよな」と呟いた。その言葉は、物理的な痛み以上に、心の奥底まで染みわたった。


暴力は、肉体を傷つけるだけではない。彼の人格、尊厳、未来――すべてを根こそぎ破壊しようとする“侵食”である。太田たちの暴力は、もはや“遊び”や“ストレス発散”ですらなく、徹底的な支配と蔑みを目的とした残虐な儀式であった。裕斗が泣けば笑われ、怒れば殴られ、黙れば存在を無視された。


そのうちに、裕斗の中で「自分は何をされても構わない存在なのだ」という思想が、骨の髄まで染みついていった。自己肯定感は地の底まで墜ち、鏡を見ることもできなくなった。いつしか、彼は“自分がいない方が世界は平和になる”という錯覚のなかで生きるようになる。


だが、それでも完全には壊れ切れなかった。ある夜、裕斗は学校の裏庭で一匹の野良猫を見つけた。痩せ細り、毛並みも汚れていたが、その猫は彼の差し出したおにぎりをむさぼるように食べた。何の見返りも期待せず、ただひとつの生き物に温かいご飯を分けるという小さな優しさ――それが、裕斗にとって唯一、息をしている実感を得られる瞬間だった。


その夜、久しぶりに夢を見た。夢のなかで、誰もいない真っ白な部屋に閉じ込められた裕斗は、ただひたすら「助けて」と叫び続けていた。誰も来なかった。目が覚めたとき、枕は濡れていた。現実は、夢よりも残酷だった。


季節は巡り、三学期。裕斗の身体はみるみる痩せ、頬はこけ、制服はぶかぶかになった。顔色も悪く、保健室の先生が「大丈夫?」と声をかけるが、彼はうつむいて首を振るだけだった。誰も本気で彼を助けようとはしない。学校という密室社会のなかで、「助けを求めること」がすなわち「もっと酷い目に遭う」ことを意味していたからだ。


そんな日々の中で、ある日ふと、「このままでは終わらない」と思った。根拠も希望もなかったが、どこかで自分以外にも苦しんでいる人間がいると信じたかった。その想いだけが、彼をかろうじて人間として繋ぎ止めていた。


そして、ある夜。ネットの海を漂うなか、彼は偶然「リベンジャーズ」という名前を見つける。それがどんな存在なのか、彼には分からない。ただ、その響きが、どこか遠くにある“救い”のように感じられた。


――まだ、終わりではない。

絶望の底で、かすかな灯火が揺れていた。



-------



夜のコンビニの灯りが、アスファルトを青白く照らしていた。深夜0時を回った東京は、不自然なほど静かで、その静寂のなかで唯一、安定して響いているのはパソコンのファンの微かな唸りだけだった。佐藤裕斗は、机に伏せた顔をゆっくりと上げ、画面の中に吸い込まれるようにして指先を動かしていた。ブラウザの掲示板投稿画面、タイトル入力欄の下で、カーソルが点滅している。

「東京都立高校における陰湿ないじめの実態――太田淳也グループによる執拗な暴力」

たったそれだけのタイトルを打ち込むのに、彼の体力は大きく消耗していた。

言葉が出てこない。何を書けばいいのかわからない。だが、吐き出さなければ――すべてが終わってしまう。

キーボードを叩く音が、夜の闇に異様に響く。指が震えて、時折「j」や「k」が何度も重なって打たれてしまう。それでも彼は、打ち直さずに投稿を続けた。


**


俺は都立の某高校、二年生だ。

もう、限界なんだ。助けてほしい。

こんなこと、どこに書けばいいかも分からなかった。でも、誰かに知ってほしい。

いじめって、殴られたり金を取られるだけじゃない。

太田淳也――この名前は絶対に許せないから書く。コイツと、取り巻きの佐野、村上、木田。

こいつらがやっていることを、全部書く。

俺は毎日、何かしらの理由で殴られている。顔、腹、背中。体育の授業のあと、更衣室で突然背後から蹴られる。

ノートや教科書を窓から投げ捨てられて、担任に「無くしたのか」と怒鳴られる。

上履きはトイレの便器に沈められ、靴下は床に広げられて水をぶっかけられる。

昼休みに弁当を食べていると、「くさい」「キモい」と笑われて、弁当箱をひっくり返される。

掃除の時間、バケツの水をぶっかけられてびしょびしょのまま一時間授業を受けることもあった。

俺が座っている椅子の座面に画鋲を並べられて、座るたびに太田たちは「おもしれー」「さすがだな」と笑う。

誰かがそれを写真や動画で撮って、LINEグループで拡散される。「#ドM奴隷」ってタグをつけて。


自分が何か悪いことをしたのかと何度も思った。

でも理由なんてない。

太田が「お前、顔がムカつくから」と言った。

それだけで毎日が地獄になった。


冬の日、放課後に呼び出されて、雪が残る校舎裏で水をかけられた。

ジャンパーもカバンも取り上げられて、びしょ濡れのまま寒空の下で立たされた。

手がかじかんで、凍えながら涙も出なくなった。

「泣くなよ。泣いたら“ガチ陰キャ認定”だからな」と太田に言われて、俺は歯を食いしばった。

でも、耐えられなかった。

寒さも、屈辱も。


自分の机には毎日「死ね」「ゴミ」「消えろ」と落書きが増えていった。

教科書やノートには「キモオタ」「臭い」と書かれていた。

机の中にはカビの生えたパンや腐ったミカンが押し込まれ、ノートは破かれ、

財布の中身も無くなっていた。

「金ないなら親の財布から持ってこい」と脅された。


**


画面の前で、裕斗の肩が震える。

それでも彼は、ただ指を止めずに打ち続けた。

時折、手の甲で涙を拭い、無表情で再び画面へと顔を戻す。

家の中は静まり返っていて、隣の部屋からは父親のいびきしか聞こえない。

母親はまだ帰宅していない。

誰にも話せない。

誰にも言えなかった。


**


「体育の時間、全裸にされたこともある」

ロッカーの鍵を取り上げられて、制服も下着も取り上げられた。

誰もいない廊下に放り出されて、裸で泣いていた。

太田たちは遠くから動画を撮って、「やば、こいつ人間やめてる」とか言いながら笑っていた。

その動画をネタに、「先生にバラされたくなかったら、言うこと聞け」と脅された。

俺は怖くて、誰にも何も言えなかった。

何度も死にたくなった。

でも死ぬ勇気もなかった。


最近は、クラスの女子にも無視されている。

「近づいたらキモい」「菌がうつる」と言われて、席が近いだけで嫌がられる。

俺の持ち物は、いつも誰かに盗まれる。

筆箱、定規、スマホ。

スマホの待ち受けを勝手に変えられて、エロ画像を送りつけられる。

LINEのタイムラインには「こいつマジでゴミ」って匿名で書かれる。

先生は「男子同士の悪ふざけ」と言って取り合ってくれない。

「男なんだからもっと強くなれ」と言われた。


俺はもう、何をしたらいいのかわからない。

助けてほしい。

でも、どうしたらいいのかわからない。


今日も机に「死ね」って書かれていた。

太田たちはそれを見て、「お、やっぱお前のことわかってるやついるじゃん」と笑っていた。

殴られるより、無視される方が辛い。

誰にも期待しなくなった。


誰か、助けてください。


**


投稿は深夜の静寂に消えていった。

裕斗は画面を見つめたまま、長いこと何もせずに座っていた。

涙はとっくに枯れていた。

これ以上泣くことも、怒ることもできなかった。

絶望すら、今では心を守るための防壁に変わっていた。


画面の向こう――

都内のある小さなアパートの一室で、ひとりの少女がその投稿を静かに読んでいた。

彼女は机の上に置いたノートパソコンを睨みつけるように見つめている。

黒縁の眼鏡が、画面の光を映して鈍く光っていた。

長い黒髪を三つ編みにまとめた少女は、じっと文章を追い続けている。


無表情。

呼吸すら忘れているような沈黙。

ただ一度、ゆっくりと右手を上げて、レンズをそっと外す。

指先で丁寧に、眼鏡の曇りを拭き取った。

次の瞬間、彼女の瞳の奥には、確かに“何か”が灯っていた。


誰にも気づかれない深夜の片隅で、世界は、静かに、決定的な変化を始めていた。




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窓の外にはまだ春の余韻が残っていたが、都内某所の繁華街はすでに夕暮れに飲み込まれ始めていた。赤い提灯とネオンサインが路地裏を斑に染め、無数の人影が行き交うなか、駅前通りから一本入った飲食店の奥のボックス席に、四人の高校生と一人の少女が座っていた。


油の染みついたテーブルの上には、揚げ物とポテトフライ、氷が溶けかけたコーラのグラス。制服の襟元を緩めた太田淳也が、椅子の背にもたれて笑っている。その右には、やたらと声がでかく自信家の佐野、隣にはひょろりとした村上、無口な木田。彼らの前に座る少女は、長い黒髪を三つ編みにまとめ、黒縁眼鏡越しに静かにグラスの水を見つめている。灰色のカーディガンと控えめなスカート――どこか場違いなほど落ち着いた佇まいだ。


注文を取りに来た店員に軽く愛想笑いを浮かべ、太田は「唐揚げ、もう一皿」と付け足す。その声にはこの界隈では珍しくない“客の王様”の響きがあった。

彼はグラスの水を一口飲み、唐突に話し出す。


「でさ、ウチの学校にいる佐藤って奴、マジで玩具なんだよな」


佐野がすぐさま同調する。

「わかるわ。あいつ何やっても無抵抗じゃん。弁当ぶちまけても、上履きトイレに流しても、絶対に抵抗しねーし。ああいうのがいると楽で助かるわ」


村上が鼻で笑った。「でもさ、最近ちょっと飽きてきたよな。毎日いじめてても全然反応薄いし。前はもっと泣いてたのに」


木田は無言のまま、指でテーブルをトントンと叩いている。

彼の視線は、特に何かを捉えているようで、何も見ていない。

その様子が場の空気をわずかに濁らせるが、太田は気にも留めない。


「なあ」と太田が三つ編みの少女に視線を移す。「お前、見てて思わね?ああいう奴、いくらやっても壊れねぇの。すごくね?」


少女はまばたきを一つだけして、無表情のまま太田を見返す。

店内のざわめきが壁際に溜まり、唐揚げの香りだけがしつこく鼻腔に残る。


太田は楽しそうに続ける。「この前、体育の後であいつロッカーの鍵取られてさ。全裸で廊下に出されてんの。最初ガチで泣きそうだったけど、途中から諦めて棒立ちしてんだよ。あれ撮った動画、マジで笑ったわ」


佐野がスマホを取り出し、画面を太田に見せる。

「これ、昨日のやつ。ノートの中に虫入れてやったら、すげー顔してんの。マジで笑えるから後で見ろよ」


村上も加勢する。「弁当箱ぶん投げるときのリアクションもいいよな。床に這いつくばって米粒集めてんの。ああいうの見てると“自分は上なんだ”って気持ちになれるんだよな」


太田はカラカラと笑い、「あいつってほんと、俺たちのストレス解消に最適だわ」と吐き捨てる。


少女は、グラスの水を一口だけ飲む。その仕草には何の感情も宿らない。ただ、グラスの縁に映る自分の顔を静かに見つめていた。

彼女の表情は終始変わらず、話を聞いているのかすら判然としない。

だが、四人の少年たちはそんな彼女の態度に違和感を持つこともなく、ますます自慢話に熱中していく。


佐野が言う。「さっきさ、担任に“もうやめとけ”とか言われたけど、正直バレなきゃ何でもよくね?教師も本気で止めないし、親も知らねーし。だったらやるしかないっしょ」


木田がぼそりと、「バレたらやべーけどな」と呟いた。

太田は「大丈夫だって。証拠は全部消してるし、アイツの親も馬鹿だからな」と一蹴する。

「てか、お前もアイツの家に電話かけて、“こいつ変なこと言ってますよ”って言ってやったろ?」


佐野がニヤリと笑う。「あれマジでウケた。親も何も言わずに“すみません……”って謝ってきてさ、情けなくて笑っちまった」


会話はますますエスカレートする。

誰もが、目の前の少女が何を考えているかなど気にしていない。

彼女は、黙って四人の話を最後まで聞き続ける。


数十分が過ぎ、料理の皿が片付き、グラスの氷が溶けきった頃、少女は静かに口を開く。

その声は冷たく、無機質で、しかしよく通る。


「……新しい玩具、欲しくない?」


不意の提案に、一瞬だけテーブルが静まり返る。

佐野が真っ先に乗った。「マジ?どんなやつ?」


太田も興味津々で身を乗り出す。「いや、新しい奴?どこにいんの?」


村上が「どうせまたビビりの陰キャとかだろ」と半笑いで言う。木田は無言で、だがほんの僅かに口角を上げている。


少女は、グラスを置き、左手の人差し指で店の窓の外を静かに指し示す。

夕暮れの色に沈みつつある街並みのなか、少し離れた場所に低層の古びたビルが見える。

一階はシャッターが閉まり、二階には小さな看板が灯っている。


「……あそこの事務所にいる人たちを、佐藤くんと同じ“玩具”にしていいわよ」


言い終えた後も、少女の表情は微動だにしない。

その静謐さが、むしろ場の温度を下げる。


太田たちは一瞬目を見合わせる。だが、好奇心と征服欲が即座にそれを上回る。


「マジで!?面白そうじゃん!」


「いいの?あんなとこにいる大人相手で?」


「ヤベー、めっちゃスリルあるわ……」


佐野がニヤニヤしながら立ち上がり、村上と木田も続く。太田は「今日は祭りだな」と言い、財布をポケットに突っ込む。


四人は、少女の指差す方向へとぞろぞろと歩き出す。

彼女は静かに立ち上がり、テーブルに置かれたグラスの水を一瞥する。

その透明な液体には、どこまでも深く冷たい闇が潜んでいるようだった。


店の外に出ると、夕闇が街全体を包み込んでいた。

太田たちは悪戯心に満ちた顔で歩道を渡り、ビルの前に立つ。

入り口には「関係者以外立入禁止」と手書きの紙が貼られているが、そんなものは何の抑止にもならない。


「ここか?入っていいんだろ?」


「いーじゃん、どうせ誰も通報しねーって」


「何人いるかなあ、中で騒いでたら面白いのに」


少年たちは声を潜め、しかし楽しげにビルの階段を駆け上がっていく。


少女は店先で腕時計を外して時刻を確認する。

白い文字盤の上に、黒い長針と短針が交錯する。

秒針が静かに進む音だけが、少女の耳に残った。


彼女は、誰にも聞こえない声で呟く。


「───残り15分」


冷たい風が、春の終わりの路地裏を通り抜けていった。





--------




事務所の空気は、初めからどこか張り詰めていた。天井にぶら下がる蛍光灯の白い光が、汚れた床や壁の隅々までを余すところなく照らし出している。しかし、その冷たい明かりの下で繰り広げられる光景は、何とも不穏だった。太田淳也とそのグループ――かつて東京都立高校で陰湿ないじめを繰り返してきた悪童たちは、今やこの無骨な事務所の中心に、妙な高揚感と不遜さを纏って立っている。


異様なのは、彼らの表情だった。目つきが妙に据わっていて、内面から湧き上がる昂揚感に突き動かされているようだった。普段であれば一歩も近づかないであろう屈強な男たち――背中や腕に鮮やかな刺青を覗かせる、明らかに社会の表通りでは生きていない人種――の目前で、太田たちは突然、意味もなく挑発を始めたのである。


「おい、そこのアンタら。なにニヤニヤしとんだよ?」太田の声は、妙に響いた。自分の身体の中から無理やり吐き出されるような不自然な口調であった。


強面の男たちが、わずかに顔をしかめる。その眼光は、野生動物のように鋭く、獲物を見定める猛禽類を思わせるが、太田たちは恐れる素振りを見せなかった。むしろ、己の手の平をぐっと握りしめ、一歩前へと踏み出した。


その瞬間、空気がさらに淀む。室内の温度が一気に下がったかのような錯覚を覚える。太田の取り巻きたちも、各々が強面の男たちに近づき、同様に嘲笑混じりの挑発を繰り返した。


「お前ら、どこで気取ってんだよ? テメェら、調子こいてんじゃねえぞ!」山内が、吐き捨てるように言った。かつて教室で弱い者に浴びせていた冷酷な暴言そのままだった。


太田たちの身体が自然と動く――いや、彼ら自身の意思ではない。頭の奥底で何かがじわじわと蠢き、思考を曇らせ、筋肉に強制的な指令を与えている。彼らの拳が、不意に強面の男の頬を打った。無防備なまま拳を受けた男は、驚愕よりも先に怒りを見せた。


「てめぇ……どこ見て歩いとんじゃ、このクソガキ!」


反撃はあまりにも迅速だった。巨漢の男が、迷いなく太田の胸ぐらを掴む。刹那、事務所の空気が激しく掻き乱される。暴力が暴力を呼び、水を打ったような静寂は、一瞬で荒れ狂う嵐に転じた。


太田たちは笑いながら殴る。蹴る。かつて己がいじめの標的に向けた暴力と嘲笑を、今度は自分よりも遥かに危険な存在に向けている。しかしその顔は、どこか虚ろだった。まるで自分が自分でないかのような――現実感が剥がれ落ちていく感覚に支配されていた。


事務所内は混沌とした乱闘の場と化した。壁に掛けられたカレンダーが激しく揺れ、机の上にあった書類が宙を舞い、ガラス灰皿が床に叩きつけられ粉々に砕けた。怒号と悲鳴、罵声と呻き声が交錯し、音の洪水となって狭い空間を圧迫する。


「痛ェだろうが、このガキ! テメェ、どこの学校だ!?」


「オラァ! やんのかコラァ!」


強面の男たちは、初めは驚愕し、次いで怒りを露わにした。自分たちの縄張りに現れた不届き者が、平然と殴りかかってきた事実を理解した瞬間、彼らの理性は一気に飛んだ。容赦のない返り討ち――それは大人と子供の力の差を否応なく思い知らせる、圧倒的な暴力の奔流だった。


だが太田たちは、痛みも恐怖もまるで感じていないような顔で、挑発的に笑みを浮かべている。額から血が流れ、鼻が潰れ、歯が折れても、なぜか立ち上がり、また殴りかかる――支配という名の呪縛が、彼らの行動を規定していた。


暴力の応酬は激しさを増し、もはや誰が誰を殴っているのか分からぬほどだった。机の角に誰かの頭がぶつかり、鈍い音が響く。椅子が投げられ、壁にめり込む。叫び、叫び、叫ぶ――しかし、どこか遠い場所から自分たちを見ているような、奇妙な分離感が太田の意識を満たしていた。


「うおおおっ……!」


拳が痛い。だが、それすらも自分の感覚ではない。どこか現実離れした夢の中に迷い込んだような、明確な違和感。太田の耳には、断片的な音だけが飛び込んでくる。友人の誰かが床に倒れ、男たちに踏みつけられている。血の臭いが鼻腔を満たし、鉄の味が舌に広がった。


そんな暴力の渦中、時計の針だけが粛々と時間を刻んでいた。


十五分が経過したとき、不意に、事務所内の空気が切り替わる。


太田の瞳が、何かを悟ったように見開かれる。徐々に、周囲の喧噪が鮮明に耳へ届くようになる。痛みが蘇り、肉体の損傷がはっきりと認識され、胸に押し寄せてくる現実の重みが、かつて感じたことのないほど鋭く刺さってきた。


「え……?」


言葉にならない呻きが漏れる。混乱した視線が、同じく血だらけになった仲間たちを映す。彼らもまた、徐々に状況を把握し始めていた。


床に膝をつき、鼻血を滴らせている佐竹が、呆然と辺りを見回した。山内は、唇が割れ、左目が腫れ上がっている。全員が全員、ひどい有様だった。事務所の床には彼らの血が飛び散り、顔や服は無残なまでに汚れていた。


太田の意識に、ようやく現実が戻ってきた。自分がどこにいて、今何をしていたのか、断片的にしか思い出せない。だが、目の前に立つ男たちの姿――刺青だらけの二の腕、どす黒く膨れ上がった顔――それだけは、恐ろしくはっきりと視界に焼きついた。


「ここがどこだか知っててやっとんのか、おどれら……?」


低く、獣のような声が響いた。強面の男の一人が、じりじりと歩み寄る。両足を肩幅に広げ、威圧するように仁王立ちになった。彼の周囲からは、他の男たちも徐々に輪を作るように集まり出す。全員の目が、太田たちに向けられていた。


その一言が、太田たちの神経を根元から凍らせた。暴力が鳴りを潜めた事務所の中に、かすかな恐怖の波紋が走る。


「……え、ここ……?」


誰かが口を開く。しかしその声は掠れ、震えていた。事務所の壁際には、誰かが投げ飛ばされた拍子で外れた書棚が傾き、床には割れたガラスの破片がきらきらと反射している。自分たちの身体は満身創痍で、身動き一つで痛みが全身を駆け抜ける。


太田の脳裏を、ようやく先程の一部始終が断片的に蘇る。自分が男たちに殴りかかった。信じがたい行動を、なぜ自分は取ってしまったのか――記憶が靄の奥から浮上しない。恐怖が理性を押し潰し、思考は散り散りに分裂していく。


「ちょっと待ってくれよ……俺たち、そんなつもりじゃ……」


涙声で訴える佐竹。しかし、強面の男たちの誰一人として、同情の色を見せる者はいなかった。寧ろ、全員の顔に浮かぶのは静かな怒りと冷笑だった。


「舐めとんか、コラ……。ここ、誰のシマや思てんねん?」


男の声には、底知れぬ凄みが宿る。その一言一言が、太田たちの背筋を氷のように冷たくしていく。


山内の唇が震え、乾いた息が洩れる。「や、やめてくれよ……。もう、わけわかんねえよ……!」


けれど、もはや言い訳も哀願も、彼らの置かれた状況を一切変えはしなかった。自分たちは、既に取り返しのつかない地点まで足を踏み入れてしまっていたのだ。どうしてこんなことになったのか――誰も明確に説明できなかった。だが、確かなのは、ここが決して子供の遊び場ではないという事実だった。


重苦しい沈黙の中、強面の男の一人が足音も荒く近づき、太田の髪を無造作に掴んだ。容赦のない力で首を引き上げ、怯える顔をまっすぐに覗き込む。


「ええか。ここはな、ガキがイキっとって許される場所やない。おどれら、今日ここで――」


言葉の続きを聞く前に、太田の膝が自然に折れた。自分の身体が恐怖に逆らえなくなっていた。足が震え、下腹部からじわりと冷たい汗がにじみ出る。絶望と後悔が、今さらになって彼の意識を満たしていった。


「誰の差し金や? 背後におるんやろが……。誰に命じられてここで暴れたんや。全部吐け」


声が、地の底から響いてきたかのように重く鈍い。太田の口が、勝手に動きかける――何か言わねば、今すぐにでも命が危ない。だが、何も言えなかった。恐怖に支配され、思考は完全に麻痺していた。


周囲では、他の仲間たちも次々に男たちに取り囲まれ、ある者は髪を掴まれ、ある者は無理やり顔を上げさせられていた。目の前に広がるのは、絶対的な暴力と支配の構図だった。


誰も助けてはくれない。誰も、ここから逃してはくれない。


自分がかつていじめの標的に浴びせた暴力や侮蔑――それ以上の恐怖と暴力が、今や己自身に牙を剥いている。その現実が、鈍色の鉄塊のように胸へとのしかかってきた。


「すんません、すんません! 俺ら、もうやらんから! 本当に……!」


誰かが喚き散らす。しかし、強面の男の表情は一切緩まなかった。


「遅いんじゃ。ここに来てしまった以上、ケジメつけてもらわなあかん」


まるで氷点下の中に突き落とされたかのような、凍てつく静寂が再び支配した。太田たちは、無様に震えながら、その場で成す術もなく立ち尽くしていた。


外では、風が冷たく唸り声を上げていた。しかし、事務所の中に吹き荒れる暴力と恐怖の嵐は、もっと容赦がなかった。


誰が悪夢から彼らを救い出してくれるのか――いや、もはや誰にも救われる資格などないと、太田自身が心の奥底で悟っていた。


これが、支配と暴力の果てに待ち受けていた末路だった。己の過ちが、最も凄惨なかたちで跳ね返ってくる瞬間――太田たちの世界は、あまりにも無残に、冷酷に、崩れ落ちていった。




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春の空は、どこか白くぼやけていた。午前の教室に差し込む日差しは柔らかく、だがその穏やかな光とは裏腹に、生徒たちの間には小さなざわめきが満ちていた。

東京都立高校二年B組――佐藤裕斗の席は、いつもと同じ窓際にあった。窓の外ではまだ桜の花びらが風に舞っている。かつて、この席で裕斗は毎日、「死ね」と落書きされた机を何度も消し続けていた。それが今、机の表面は綺麗なまま保たれている。誰も悪意を刻み込もうとせず、誰も彼をからかおうとしない。


太田淳也とそのグループが、学校に姿を見せなくなったのは、あの“事件”以来だった。

始業式の日、太田の空席を見て「あいつ、どうしたんだ?」と首をかしげた生徒は多かった。最初の一週間は「風邪だろ」「サボりだろ」と軽く扱われていた。だが、その後も太田だけでなく、佐野、村上、木田――かつて教室で大きな顔をしていた四人全員が、ぱったりと登校しなくなった。


やがて、クラスに奇妙な噂が広がり始めた。


「太田たち、暴力団の事務所に殴り込んだらしいぞ」


「なにそれ、嘘だろ?映画みたいな話じゃん」


「ガチらしいぜ。なんかヤクザの事務所で暴れて、ボコボコにされたんだと」


「信じられねえ……。アイツら、頭おかしいだろ……」


「いや、そもそもなんでそんなとこ入ったんだ?」


「なんか、女の子にそそのかされたって噂もあるけど……誰だよ、それ……」


奇妙な笑い声と半信半疑の視線が飛び交い、真相を知る者はいなかった。ただ、太田たちが戻ってこなくなったという“結果”だけが確かだった。担任教師は「家庭の事情です」とだけ告げ、詳細を語ろうとしない。学校は異様なまでに静かになり、かつて太田グループが放っていた暴力の気配は、どこにも残っていなかった。


裕斗の日常は、少しずつ変わり始めた。

まず、朝登校する道が、妙に明るく感じられるようになった。

下駄箱の中にゴミや水が入れられていることもない。誰かにすれ違いざま肩をぶつけられることもない。教室に入っても、クラスメイトの視線は冷たい無関心から、ごく普通の曖昧な「他人」へと戻っていた。


昼休みになれば、誰にも邪魔されずに弁当を食べることができた。

机を蹴り飛ばされることも、弁当箱をひっくり返されることもなかった。

裕斗は、久しぶりに母親が作ってくれた玉子焼きの味を、きちんと感じることができた。


クラスメイトは、裕斗を特別「助けた」わけではない。

彼らはただ、いじめの標的が消えたことで、その空白をどう埋めてよいか分からないように、戸惑いながら日常を再構築していた。何人かは「おう」と軽く声をかけてきたが、それ以上深入りはしなかった。それでも、裕斗にとっては十分だった。「誰にも邪魔されない」という当たり前の平和が、これほどまでに温かいものだったとは、いままで想像すらできなかった。


放課後になれば、校舎の裏庭に降りて行く。

あの猫はまだいるだろうか、と探してみると、花壇の陰で丸くなっていた。おにぎりをそっと差し出すと、猫は一口で食べてしまった。

裕斗は静かに笑う。

「よかったな、お前も」


ふと、何かの視線を感じて顔を上げた。

窓の外――校舎の向こう側、校庭の一角に、ひとりの少女が立っていた。

長い黒髪を三つ編みにまとめ、黒縁眼鏡をかけている。地味なカーディガンとスカート姿。

夕焼けに照らされて、その輪郭はぼやけている。

彼女は、こちらに向かって静かに微笑んだ。


一瞬、誰か分からなかった。

だが、その微笑みが、これまで味わったどんな優しさよりも確かな救いに思えた。

裕斗は思わず立ち上がり、声をかけようとした――


だが、少女はくるりと背を向け、校舎の影へと消えていった。


窓越しに差し込む西日が、ただ静かに裕斗の顔を照らしていた。


現実なのか夢なのか分からない――だが、確かに誰かが、自分を見ていてくれた。

それだけで、もう十分だった。



都心を外れた郊外の道を、古びた黒いバンが走っていた。

運転席には冷静な眼差しを湛えた青年――西崎聡がハンドルを握っている。助手席には無表情でスマホを弄る少女、影山紗香。後部座席には、窓の外を流れる景色をぼんやり眺める石沢一真と、腕組みして不満げな表情の皆原正之。


車内には、かすかなエンジン音と、時折車体が軋む微かな音が響いている。

どこか気怠い空気が漂っていたが、奇妙な心地よさもあった。


「……しかし、お前らもよくやるよな」

正之が、ぼそっと呟く。


聡はバックミラー越しに視線を投げた。「何がだ?」


「いや、紗香のやり口ってさ、マジで毎回インパクト重視だろ。今回は暴力団の事務所に高校生ぶち込むとか、普通じゃねぇわ」


紗香は軽く眼鏡を押し上げ、「普通じゃないからこそ意味があるのよ」と静かに答える。

「正攻法で社会が動くなら、わたしたちが出る幕はないもの」


一真が窓越しに空を見上げる。「でも、ちょっとやりすぎじゃね?」


「いいんだよ」正之が笑う。「バカにはバカなりの地獄を味あわせるってだけだ。見てみろよ、今回は学校が一気に静かになったぜ?」


聡はフロントガラス越しに遠くの夕焼けを見つめる。「……結果だけが全てだ。どんな形であれ、あの少年はもう二度と苦しまずに済む。誰も彼も“後悔”して終わりだよ」


後部座席で正之がにやりと笑う。「ああいう悪党どもは、たまには“地獄”ってもんを思い出させねえとな」


一真は小さく肩をすくめた。「でも、正直……自分が同じ立場になったら、耐えられなかったかもな」


紗香が横目で一真を見やる。「あなたの場合、分身があるから本体はバレないでしょう?」


正之が吹き出す。「はは、でも、あの分身で殴り合いとかし出したらマジ地獄絵図じゃねぇ?」


聡が静かにハンドルを切りながら、「……今回は全員、役割をきっちり果たしたってことだな」とまとめる。


「次はどこ行くんだ?」正之が訊く。


「少し遠回りになるが、例の件で川崎に寄る。準備しておけ」と聡が返す。


「どうせまた紗香が先陣切るんだろ?」正之が呆れたように言い、

紗香は涼しい顔で「必要なら」とだけ答える。


一真はふと表情を柔らげ、「でもまあ、たまにはこういう静かな時間も悪くないな」と呟く。


正之が冗談めかして「次は俺のターンで頼むわ」と茶化すと、

聡が「お前は静かにしてるのが一番役に立つ」と皮肉を言い、

車内に静かな笑い声が広がる。


窓の外には、夕暮れが世界を包み込んでいく。

リベンジャーズの一日が、今日もまた静かに終わろうとしていた。


だが、その穏やかな終幕のなかにも、次なる“復讐”の気配は、確実に息を潜めていた。


彼らが走り抜ける限り、この街に本当の平和が訪れることはない。

だが、その代わりに、どこかで泣いている者が救われるのなら――

この静かな夜のなかで、それだけが彼らにとっての“正義”なのだと、誰よりも彼ら自身が知っていた。


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