お菓子の魔女は江戸に落ちた
華創使梨
お菓子の魔女は江戸に落ちた。
「さすがにやばいじゃんね?」
上空にて、何千メートルかは知らないが、少なくとも富士山より高い事はわかった。ひょっとすると大気圏にいるのかすら怪しいのかもしれない。
そこを、白黒ストライプニーハイを履いた、エプロンドレスを守っている可愛らしい金髪で赤目のツインテールのキュートな女の子が落ちている。落ちこぼれと言えど、御三家の令嬢にしていいことじゃないじゃんね!
「あばばばば!こーわーいーーー!」
私がどうしてこうなったか。それは、十分前ぐらいに遡る。
──────
「また補習だったの?アリスちゃん」
親友にそう言われて私は疲れた顔を向けた。
「うん……翻訳の薬を作らされた…」
「わぁ、凄い完成度…」
「実技が無理だから調合やらされた……」
作った翻訳薬をポケットにしまう。ポン、と私は飴を出して口に入れる。
空を飛ぶ。
呪いをかける。
物に命を宿して従わせる。
不思議な生き物と話す。
何も無い所から火を出し、水を出し、風を出す。
あとエトセトラ……その全てを魔法と呼び、魔法を操り、生活の中で発展させて来た世界。それか私の住んでいる世界だ。
その世界で私はお菓子を出す魔法しか使えない落ちこぼれ令嬢だ。
そんな私の隣に居るのが、貧乏優等生のイラスベス。
「イラちゃんの才能半分ちょうだい……」
「そんな真面目な顔で言わないで…アリスちゃんだって、筆記テストは満点じゃない……」
「使えなくちゃ意味無いじゃんね!!!!!!
魔法が一つしか使えない私と違って!イラちゃんは新しい魔法を作っちゃうくらいには優等生じゃんね!成績一位で新しい魔法を作り出して論文書いてるじゃんね!うわぁ〜〜〜ん!才能ちょーだーい!」
「で、でも、アリスちゃんは御三家財閥令嬢で、王家の血筋も入ったすごい家系で……」
「それもそっか!うちのお母様もお父様もお兄様もみんな凄い人だし!イラちゃんの何十倍もお金持ちだし、全く落ち込む必要ないじゃんね!」
と元気100点満点の笑顔で無神経に言う。
(って、言ってる自分が虚しい……なんてね…)
冷静で邪推な自分を振り払って笑顔を作る。私はバカっぽく振る舞う。空元気の大嘘な笑顔は誰もを魅了して本心を悟られることなく騙している。
出来損ないで落ちこぼれのうちはジメジメ泣き言を言ってしまったら周りが困るでしょ?ねー♡
でもまぁ、ちょっと欲を言うなら…みんなを見返してやりたい。見返して、認めさせたい。
「えぇーっと…」
と、困った顔で笑うイラちゃん。 黒髪で青い瞳のイラちゃんの肌は白く、分かりづらいが、顔色が少し悪くて目の下にうっすらと隈がある。
落ちこぼれの私には分からない苦労がきっとイラちゃんにもあるんだろうなぁ…重い期待に応えようとして、頑張るタイプだし…大援してあげようか。
「蝶よ花よで育てられて、超絶可愛いお姫様なアリスちゃんが、努力家で頑張り屋さんのイラちゃんを大援して上げるじゃんね!心が広い私に感謝してよ?イラちゃん♡」
私はまたポンっと手の中にレモン味のリポップキャンディーを出した。
「あ、ありがとう…」
イラちゃんが手を伸ばした時に、校内放送がかかる。
『二年C組のアリスさん。至急、教頭室にお越しください』
「うへぇ…最悪。どうせお説教でしょ……めんどくさいじゃんね」
「う、うん…頑張ってね、アリスちゃん。大援してるよ」
キャンディーを受け取ったのを見て、私は階段を下がった。
「んじゃね〜!」
正直、教頭室って学生にとっては最も怖い場所だと思う。私みたいに明るく取り繕ってるだけで、臆病な人間は特に。
覚悟を決めて教頭室の重厚なドアをノックする。中から「はーい」とか初老の女性の声が聞こえて、
「アプリコット・ジャスミー・ブルーベリー・ピーチ・カラー・アリスです」
自分のフルネームを言ってドアを開けると、厳しそうなお団子ヘアーの初老の女性がいた。
「どうぞこちらへ」
深い声が年の功を感じさせて恐怖が増す。
「はい……」
「何故呼ばれたか分かっていますか?」
「せ、成績でしょ?実技がダメすぎるとか。そのへんじゃんね?」
「その通りです。アプリコット・ジャスミー・ブルーベリー・ピーチ・カラー・アリス。今学期の実技試験全て、貴方はマイナスを取っています」
「でしょうね」
私自身、心底思い出したくない記憶の数々しかない。
「ですが、筆記試験は全て満点です。ほとんど完璧と言っていい。それ故に、惜しいのです」
「そんな都合知らないじゃんね?」
「ゲスな話をすれば、貴方の家庭からの寄付金が最も多いので、貴女に退学されては学校側としては困るのです。もっと寄付金が欲しい」
「マジで知らないじゃんね!」
なんちゅう話を生徒にしてくるんだ!この教師!
「ですので、貴方に試練を与えます」
「はぁ?そんなの、お父さんとお母さんが…」
「ご両親の許可はいただいています」
「はぁ?!お父さんとお母さんが…そんな……っ!試練とか絶対嫌じゃんね!」
教頭は微笑むと私の肩をポンッと叩いた。
「では、魔法のない世界へ……行ってらっしゃい」
教頭がそう言うと無慈悲に地面が消えた。
「え?」
んで、今に戻る。
「にゃああああああああああああああああああぁぁぁ!」
空から落ちてる。私は飛べない落ちこぼれだし詰みじゃんね!
「にゃああああああああああ!」
私は運がいいのか悪いのか、滝の中に落ちた。
「おぼぼぼ…!」
ツルに引っかかってやっとの思いで這い上がる。お気に入りのドレスをこんなに憎んだことは無い。右見て、左見て、草と木。ここは森だ。それ以外何も分からない。
「すぅ…!……。よし。無理。現実を受け入れるのやめよう!」
マイナス成績表叩き付けられたと思ったら、(おそらく)異世界に突き落とされて、川に落ちてずぶ濡れ。立ち上がっても、どこに行っていいのかわかんないや
「マルボゥ、なんちゅぅっおまいっひぃん?」
若い男の声に顔を上げると、顔立ちのいいくせっ毛ポニーテールの青年が立っていた。
「にゃ?」
「?じゃけぇば、マルボゥひぃん?」
同時に首を傾げた。
私は「はっ!」としてポケットからある物を出す。手の中にある緑色のガラス玉に似た薬を出す。最も上手くできた完成品。
(翻訳薬……だから作らされたのか…なんか悔しぃ!最初から掌の上じゃんね!チッッックショー!)
内心腹立つが今を必要な物だ。私は噛み砕いて飲み込む。
「あー、こんにちは?私の言葉分かる?」
「言の葉が分かる…なんだ?貴殿は奇術師か?異人、貴殿は何者だ?」
「奇術師…まぁ、そんなもん。お近付きの印にどーぞ!」
私はポンッとリポップキャンディを出し、青年に差し出した。
「怪しげな術のものなど食えるか。どうせ、
青年はそう言って鯉口を切って刃を私の首につける。ヒンヤリとした冷たい感触は全身を強ばらせるに充分だった。
「ひっ!誰がブスだ!飴よ!飴!アンタ失礼すぎじゃんね!」
「飴?貴殿、菓子売りか?」
「はぁ!なわけ!どこからどう見ても財閥御三家の令嬢…アリス様でしょ!」
「れいじょう?偉い人の娘ってことか?姫には見えんぞ?」
「は?」
そう言われて、私は気づく。今ここにいる私は何でもない。なんのアイデンティティも無い…何者ですらない事に。
「違う!違うの…私は…御三家の令嬢で…王家の血筋もある様な…凄い家の令嬢で…」
ずぶ濡れのドレスは泥だらけになっていて、華やかなドレスであればあるほど、みすぼらしさと惨めさが増した。
『アリス、貴方は何もしなくていいのよ?そのままで。出来ないままで充分可愛いのだから』
『別に、成長しなくていいんじゃないのか?別にお前は家をつぐ訳じゃないんだし。嫁に行く場所だけ考えてればいいんじゃない?』
頭の中で母や兄に言われた言葉がよぎる。
ダメじゃんね……こんなの、悲しい惨めなだけじゃんね。令嬢と血だけが唯一の長所なのに…それすら無くなったら落ちこぼれでダメな自分が残るだけじゃんね…
マジか…ホントに心折れるじゃんね…
頑張って明るく居たいのになぁ……
顔が歪んで笑顔を作ろうとする口が震えてなんの意味も成していない。
「うぅ…っ……っ!うわぁーん!もうやだぁ〜!なにもかも嫌だ!」
堰を切ったように涙が溢れ大声で泣いてしまう。青年はギョッとして刀身を首から離し鞘にしまう。泣いている私に頭を抱えて睨んでくる。
「うおっ、何故泣く?」
「うぅぅう!うっさい!あんたに何が分かる!ぐずっ!私なんて……何やっても無駄だもん…私なんか…落ちこぼれだもん…うぅ……」
顔立ちのいい青年は大きく溜息ついて、私を睨みつける。顔立ちがいいのに随分顔が冷たくて怖い。コレではまるで怒っている悪魔じゃんね。
「…はぁ……何があったか知らないが、そう言っていては始まらないだろう…」
「アンタに何が分かんのよ!何が……なんにも……私っ…なんにも知らない…分かんない……ここが何処かも…!なんでここに連れてこられたのかも!知らない!…何にも…」
青年は手拭いで私の頬を伝う涙を拭う。
「人攫いから逃げてきたのか…それは辛かったな。でも、だったら尚更だ」
「うぇ?(違うけど?)」
「なんにも分かんないなら知ればいい。言葉が伝わるなら、知る事は出来るだろ。何も無いなら作れ。それが生きる事のはずだ」
その言葉に私の涙はピタッと涙が止まった。
「落ちこぼれの私に出来る?」
「誰だって出来る」
その言葉に自分の中に光が差した。
「ま、良い師に巡り会えればだけどな」と言って立ち上がる青年。
「じゃあ、教えてよ。貴方が!」
「えっ」
私は目の前の彼にしがみついて涙目で訴える。
「貴方が言ったんでしょ!私はこの世界に来て三分ぐらいなのよ!一番最初に見つけた貴方が責任取って!」
「押しかけ嫁か……おい、女。よく聞け」
(なんで女呼び?)と思いつつも目の前の青年は冷たい顔を顰めてピシャリと言う。
「知らぬ男について行くなど、ましてや面倒見ろと言うなど言語道断。俺が悪い男だったら貴様は今頃その体を弄ばれていたと思え!」
私は首を傾げてしまう。
「それで?私に何がするの?」
「せんわ!だから、あまり男にさっきみたいな事を言うなと言っているんだ!」
「はーい!」
「なんで突然元気になるんだ…まぁいい。迷子なら町に行けば誰が見つけてくれるだろ」
「ついて来い」と言われるままについて行く。言っておくけど、まじでヤバそうな男性だったらついて行かないからね!優しすぎても私はついて行かない。五、六回誘拐されれば大体の見分けはつく。
「足元気おつけろ」
厳しく冷たい声だが、所作の一つ一つに気遣いを感じられるからついて行くの!
それに、先程の言葉。
『なんにも分かんないなら知ればいい』
そんな言葉を言われてしまったら、知りたくなってしまう。
見たくなってしまう。
考えたくなってしまう。
「そういえば、町ってなんて名前なの?」
「はぁ、聞けばわかるやもしれんな」
「はい?」
青年が木が生い茂る道をぬけ、ツタが絡まっている木の枝を上げる。差し込む光を眩しく感じながら抜けると、私の眼下に活気のある街が広がった。
「ここは……」
「日の元の国で最も活気がある町、商人の町。江戸だ」
………エド
江戸……江戸ォォォォォォォォォォ!!!!
正直あんま知らない国じゃんねーーーー!
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