14話 収穫

 王宮の広間に入って早々、スキャンダルの主人公が揃って現れたことに貴族たちがざわついた。


 まあ私はいつものことだとして、〝あの真面目なグリフ公爵が〟というのが皆を驚かせているのだろう。


 好奇の視線の中、堂々と国王陛下と王妃殿下への挨拶を終えると、私はグリフ公爵に向き直る。


「グリフ公爵、申し訳ありません。少しの間、ヴィーを見てていただけます?」


「わかりました」


 私がしようとしていることがヴィーのためだとわかっているからか、グリフ公爵はなにも追及せずに引き受けてくれる。


 騎士団長ほど頼もしい護衛もいないし、ありがたいなと思いながら、私はヴィーに向かって屈む。


「ヴィー、ちょっと待っててね。なにか収穫になりそうなものを探してくるわ」


 できれば、国政に携わることを許された公爵家の人間と接触したい。その人となりを把握しておけば、いつかヴィーに危険が迫ったときや伯爵家を継いだあとに役立つはず。


「いってらっしゃい、おかあさま。……お気をつけて」


 寂しそうな顔をするヴィーに、やっぱり今日は隣にいてあげようかな、なんて早くも心変わりしそうになった。


 駄目よ! 未来のヴィーのためなんだから!


 私は頭をぶんぶんと振って、背筋を伸ばすと、心に鞭を打って背を向ける。


「……ううっ、行ってきます!」


 涙を拳で拭い、歩き出した私の後ろでグリフの噴き出す声が聞こえた気がした。


 まったくもう、笑い事じゃないのに。


 私はため息をつきながら、広間を歩いてみた。そこで何人かの公爵に挨拶がてら接触し、もう少し足を延ばしてみるかと広間の外へ出る。


「ああっ、一体どうしたら……!」


 廊下の先、お手洗いがあるほうから話し声が聞こえた。


「……え? これは……様! 実は…………というわけでして」


 どうやら少し先にある曲がり角の向こうに、誰かがいるようだ。私はそこまで歩いて行って、こっそり顔を覗かせる。


 あれは……ウェスリー公爵家のご子息のマレロ様と……マリアさん? 


 マレロ様とはループ前に一度だけ、社交の場で挨拶したことがある。確か今年で三十歳で、そろそろ爵位を継承をするんだとかなんとか、話したような……。


「それでしたら、私がお貸ししましょうか?」


 一体、なにがどうしてそうなったのか、マリアさんが懐から取り出したお財布をマレロ様に渡した。


「なんと! 本当にありがとうございます!」


 ぺこぺこと頭を下げるマレロ様に、マリアさんはにこやかに言う。


「いえ、お役に立ててよかったです」


 あーあ。あのお金がなにに使われているのか、ちゃんとわかってて貸したのかな。


 人の役に立ちたい気持ちは素晴らしい。でも、貴族がお金を借りるだなんて、ただ事ではない。


 ――これ、なにかに使えるかも。


 私は悪い顔で笑い、静かに踵を返すと、広間へ戻った。


 ヴィー、そろそろお腹空いただろうな。


 料理の並んだテーブルに向かって、ヴィーの好きそうなものを大皿にいくつか乗せる。それからグリフ公爵とヴィーを探していると、バルコニーにいるところを見つけた。


「ここにいたんですね」


 星を見上げている彼らに声をかける。すると、食べ物がたくさん載った皿を手に戻ってきた私を見て、ふたりは仲良く目を丸くした。


「おかあさま、しゅうかくは?」


 私は「ええ」とウインクをする。


「実るかはまだわからないけど、あったわ」


「ふたりで悪巧みの話ですか?」


 からかうように口端を上げるグリフ公爵に、私もふふっと笑い返す。


「切り札は多いに越したことはないので。さ、悪巧みの話はここまで。ご飯にしましょ!」


 フォークをひとつしか持ってきていないので、私はカットしてきたステーキをヴィーの口に運ぶ。


「はい、ヴィー。あーん」


「あーん」


 ヴィーは小さな口を開け、ステーキを頬張るとほっぺを押さえた。


 この子、私をキュン死にさせる気かな。


 アイドルを前にしたファンの心境で、メロメロになりながら、私はグリフ公爵にもカットステーキを差し出す。


「さ、どうぞ。なにも食べていないでしょう?」


「いや、俺は……」


 フォークに刺さったステーキを見て、グリフ公爵の視線が泳いだ。


「もうっ、毒なんて入ってないですよ。ほら!」


 先に食べてみせ、「ほらね?」と笑うと、グリフ公爵はぼーっと私を見ていた。


「グリフ公爵?」


 停止していたグリフ公爵は、我に返った様子で「あ、ああ」とぎこちなく返事をする。


「お皿に料理を載せるとき、すでに他の貴族が口にしていた料理を選びました。もし毒入りなら、今頃その貴族は死んでいます」


「いや、俺が気にしているのは、そこではないんだが……」


「次が控えているので、とっとと食べてください」


 カットステーキをフォークに刺し直して、グリフ公爵の口元に近づける。彼は観念したのか、緊張の面持ちで、それを口に入れた。


「ん、いい子!」


 そう言って笑えば、グリフ公爵は下を向いてしまった。耳の先が心なしか赤くなってるように見えたのは、気のせいだろうか。


「んー、ふたりとも身長さがあるから食べさせにくいわね。グリフ公爵、ヴィーのこと、抱っこしてあげてくれませんか?」


 グリフ公爵は頷くと、ヴィーに向かって腕を広げた。


「ヴィー、こちらへ」


 ヴィーは素直にグリフ公爵に近づいていく。すると、さすがは騎士団長。軽々とヴィーを抱き上げる。


「はーい。じゃあ、お食べー」


 ふたりに交互にご飯を食べさせていると、グリフ公爵が「くっ」と笑い出した。私は何事かと目を瞬かせる。


「どうしたんです?」


「鳥の餌やりみたいだなと」


「ぶっ、確かに」


 つられて私まで笑っていると、ヴィーが「ぴよぴよ!」と鳥の真似をした。可愛いが、私の脳天を稲妻のごとく貫く。


「やだ……ヴィ~っ、それ可愛すぎぃ~っ! ぴよぴよさんには、この大きなカットステーキをあげちゃうぅぅっ!」


 口をもごもごさせながら、嬉しそうにカットステーキを食べるヴィーに、もうお腹いっぱいだ。


 そして私は、ヴィーと共に期待の眼差しでグリフ公爵を見た。すると、その顔が面白いくらい固まる。


「まさか……それを俺にもしろと?」


「ぴよ!」


 私はいち早くぴよこになりきり、満面の笑みで頷いた。そして、私とヴィーの視線に耐えきれなくなったグリフ公爵は――。


「……、…………ぴよ」


 火を噴きそうなほど真っ赤な顔で、グリフ公爵は恥を捨てた。

 やっぱりこの人、悪い人じゃなさそうだ。


「ふふっ、よくできました!」


 私はヴィーにしたように、グリフ公爵にも大きなカットステーキをあげる。

 グリフ公爵はまんざらでもない様子で、素直にそれを食べたのだった。

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