第2話 春よ来い

「どうせなら泌尿器科じゃなくて、産婦人科がよかった」


「そっちはそっちでハードル高いわ」


「うん。なんか……どっちも、ちょっと恥ずかしいよね」


周りに座ってるのは、年配の男の人ばかりだった。

薄毛の人、杖を持った人、尿漏れ相談っぽい人。

その中にポツンと高校生カップル。異物感がすごかった。


でも、不思議と、それがよかった。


「これってさ」


実緒が、ぼそっと言った。


「交際って言わなくても、もうそういう感じだよね」


「うん」


「なんか……大人ってさ。

こういうの、“遊び”って言うんだろうね」


「俺らは?」


「わかんないけど。

でも、“勉強”にはなったよね」


「うん。性教育っていうか……命の授業って感じ」


「うわ、それダサい。黒板に書くタイプのやつじゃん」


「じゃあ訂正する。……恋の勉強」


「……もっとダサい」


でも、実緒はちゃんと笑ってた。

病気が治るかどうかなんて、正直まだ先の話だ。

これからもっとしんどいことも、恥ずかしいこともあるかもしれない。


でもこの瞬間だけは、

俺らの「知ったこと」が、ちゃんと繋がってた。


受付で名前が呼ばれた。


「小田さーん、佐伯さーん、どうぞ〜」


ふたり同時に立ち上がる。

その背中に、有線から流れてきた曲が被さった。


春よ、来い。

ユーミンの声が、ちょっとだけやさしく響いていた。


〈完〉

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春、彼女は感染していた @nyapsody

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