第6話 最初の訓練
「そう、ゆっくりと呼吸をしながら──いいねいいね、そうそう、目は半眼で、そのままそのまま」
用務員室の机と椅子を壁際に寄せて作ったスペースに、薄手のカーペットを広げ、私とカーラさんの二人はあぐらをかいて座っていた。
「そう、最初は魔素の流れを無理に感じようとしなくて大丈夫。ゆっくりと自分の呼吸にだけ意識を合わせていって」
私は穏やかで、一定のリズムの口調を心がける。出来るだけカーラさんがリラックスできるように。
私も、私の師匠から魔法を教わった時に、同じ様にしてもらったのだ。師匠はこれを「静の間」と呼んでいた。
普段は早口で、少々口の悪い師匠だったがこの静の間の時だけはとても穏やかで優しい声だったのを、今でも覚えている。
魔導が外部の上位存在から力──魔素を導き寄せるのに対し、魔法は、体内にあるとさせる十二の門を開いてそこから沸き起こる魔素を使うのだ。
カーラさんはすでにその身に七の存在から祝福をうけた魔導師なので、魔素自体を肌で感じることは当然出来るはず。
とはいえ、肌で感じるのと中で感じるのはまた少しコツが異なると思われる。
──よーし。順調そうだ。魔導師として自身を依り代にする訓練を真面目に続けてきたんだろうな。
「いいよ。それじゃあ、カーラそん。こめかみに触れるからね。大きく動かないようにね」
「──はい、師匠」
カーラさんの返事をとても落ち着いていた。それを確認すると私はそっと両手の指先をカーラさんのこめかみの両側に当てる。
『静かなる時は胎動。動なる時は終焉。そは理の内々。今より新たなる一歩を踏み出さん者への祝福を』
魔法を唱える。
私の目に映る映像が、二重映し重なるように変化する。
そのひとつは、目の前にあぐらをかいて座るカーラさん。先ほどまで半眼だった眼が今は完全に閉じられている。
もうひとつが、カーラさんが自分で作り出した精神世界に佇む姿だった。
──使ってもらうことはあったけど、誰かに使うのは私も初めてなんだよね。ふーん。こういう風に見えるのか。
私が使ったのは一種の精神魔法だった。
カーラさんは、不思議そうに辺りを見回している。
私はそんなカーラさんにそっと語りかける。
現実世界のカーラさんに語りかけると、精神世界にいる彼女にも言葉が届くことを私も自分の体験として知っていた。
「──カーラさん、カーラさん。聞こえる?」
「……はい、師匠。ここは?」
「カーラさんの内面世界。何が見えるか教えてくれるかな」
私からも見えているのだが、あえて尋ねる。
ちなみにカーラさんには私の姿は見えていないはずだ。
「はい。石造りのドームのようです。どこかの聖堂のような。窓が七つありますが、外は濁っているみたいになっていて、窓からはよく見えません」
「ドームの中には何があるかな」
「箱がひとつ──中身は」
「中身は?」
「剣です。それが、二振り」
そう、カーラさんが告げた瞬間、箱のなかに二振りの剣が現れる。ひとつは赤い刀身。もうひとつは青い刀身の剣だ。
このカーラさんのいる内面世界は、明晰夢に近いものがあって、このように本人の認識が反映されていくのだ。
──剣か……これまた。カーラさん、よほど才能に恵まれているんだろうな……
そして剣が最初に出てくるというのはカーラさんがそれだけ才能を秘めている証左だった。
ちなみに私の時は、最初に箱に入っていたのは大量の木片だった。
懐かしいなと思いながら告げる。
「カーラさん、その剣を好きな方、手にして」
「はい、師匠」
二振りのうち、赤い刀身の剣を手に取るカーラさん。
次の瞬間、その姿が二つに別れる。
気がつくと箱の中の青い刀身の剣も消え、剣を構えた姿のカーラさんが二人になっていた。
「「え?」」
「最初は、自分自身との戦闘だ。気をつけて、お互い、怪我をしないように」
私がそう告げた瞬間、青い刀身を手にしたカーラさんがもう一人のカーラさんへと切りかかっていった。
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