第46話 人間トシテ、終エルタメニ
鳥成雷と鳥成透曄の葬儀は、兄貴たちの葬儀と比べると、とても簡易的な物だった。
喪服を着た男が6人。
黙って火葬場の待合室の椅子に座っている。
何を話すでもなく、それぞれが缶コーヒーを手に、今回の事件を思い返しているようだ。
春の陽射しは残酷なほどに優しく、誰かを責めるにはあまりに穏やかで、誰かを思うにはちょうどよかった。
各々がただただ、故人を思い返している。
「関係者が揃ったことだし、ちょっと話してもいいか?」
間宮がゆるゆると立ち上がった。
空の缶をゴミ箱に捨て、全員が見える位置に立ち、ゆっくりと話し始めた。
「透曄という実在した女性と、実在しなかった女性について報告です」
全員がじっと間宮を見つめた。
「みんなもご存知の通り、透曄は強烈だった。何がといったら、全てがとしか言いようがない。彼女は雷の中の人格というにはあまりにも鮮明な人物だったと思う」
「透曄達は・・・互いを嫌い、恐れ合っていた。でも、2人とも雷の事を守ろうとしてたんだと・・・思います」
田所は泣き腫らした目を伏せて、また涙を流した。
「田所さんは近くで見てきただけあって感じ取っていたんですね」
間宮は優しい眼差しで田所を見て、再び全員を見渡した。
「俺のもとに来た雷の遺体を解剖していく最中、妙なことに気が付いたんだ。それは、右脳と左脳の皺の細かさが、驚くほど違うということ」
「・・・細かさが違うと・・・どういう事を指すんだ?」
宇月が怪訝な顔をして聞いた。
「マチュアの脳かどうか・・・とか」
舜介が自分の考えを言った。
「まぁ、舜介の考えは答えに近い。一般的な考えを言えば、発達具合が違う事を指すわけだが、あり得ないくらい右脳が発達してたんだ。それを見て俺はふっとある仮設を思いついた。もしかして、2人中、1人の透曄は本当に存在していたんじゃないかとね」
「意味が分からない。人格を1人と換算するなら、確かにこの世に彼女達は存在していたけど」
石岡は珍しく低いトーンで返答した。
「違うんだ。本当に存在してたんだよ。雷の右脳が・・・自分の事を曄ちゃんと言っていた、表の透曄だったんだ」
「は?」
全員が口を揃えた。
「皆、キメラって知ってるか?」
「キメラ!!」
田所と石岡は知っているらしい反応を見せた。
顔を見合わせて再び間宮を見て話しの続きを促した。
「咲守と田所さんはご存知ですね」
「ゲームでなら見た事あるかも。ライオンの顔したヤギっぽい体の不思議な生き物みたいな?あれキメラって名前だった気がする」
本村が言った。
「舜介の知ってるやつはゲーム内の生き物だけど、解釈としてはそんな感じでいいよ。キメラとは、同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている個体のことなんだ」
「え?つまり?」
一条が眉根を寄せながら言った。
「雷と透曄は元・双子だったということだよ」
「はぁ?」
一際大きな声で宇月が言った。
「遺伝子検査をした結果、左脳は雷の遺伝子。右脳は雷ではない遺伝子が出た。つまりね、まだ母親の子宮の中の小さな小さな細胞だった頃に、何かが起きて雷の細胞側が透曄の細胞を吸収し、同化したんだ。でも、これまた何かが起きて、吸収されていなくなるはずだった透曄は右脳として雷の中に留まった。そして、左脳は雷として人格を持ち、右脳は透曄として人格を持った。彼女は本当に存在していたんだよ。雷の右脳として」
「そんな事あるもんなのか?」
宇月は心底驚いたような顔で聞いた。
「キメラ自体はあるっちゃある。でも、吸収された方も意志を持って生きてるなんてことは極めて異例だね。恐らく、右脳の発達が異常になっていたのは、右脳側でマチュアの力を使っていたからだと思う。最初マチュアの力を透曄しか使えなかったのはそれに由来するんだろうな。あまりにも・・・透曄側に負担が掛かり過ぎていたと思う。右脳側はもう限界が近かったんだ。細胞的にも、意識的にも、色んな限界が来ていた。だから・・・雷の中に作り上げてしまったもう1人の透曄が、殺人計画を実行出来たんだろう。制御する者の力が衰え、野放しになった。どうせ消えてしまうくらいなら、色んなものを道連れにして逝くつもりだったんだと思う」
間宮はまた椅子に座り、脚を組んで気だるくため息をついた。
「・・・特殊すぎるキメラだったんだよ」
一条は目を瞑り少し震えた。
遠い昔、2人だけで遊んだたった1日の午後に焦点が当てられ、記憶が鮮明に蘇る。
愛らしい女の子の唇が音もなく動いていた記憶に音声が戻る。
『雷はね、本当は消えちゃうところだったの。弱くて弱くて消えそうになってたから、曄ちゃんと一緒になったのよ。曄ちゃんお姉ちゃんだから、守ってあげたの』
一条は全てを思い出し、俯いて言った。
「曄ちゃんは昔、言ってた。雷はとっても弱い子だったから、私と一緒になったのって」
「・・・それは同化の事を言ってるように聞こえるな。人間はまだまだ未知な部分が多い。弱ってた弟の細胞に自分を取り込ませて、透曄は雷の中で雷の一部として生きていたんだ。紛れもなく彼女はこの世に存在してた」
間宮がため息をつき、一条が鼻をすすった。
咳をするように、所々言葉を詰まらせながら、田所が言葉を発した。
「僕にとってあの3人は・・・実の妹弟のように思っていました。研究所では化け物と呼ばれ、世間では殺人鬼であったとしても・・・僕にとっては・・・大事な家族なんです。僕は・・・もっとしてやれることがあったんじゃないかと思うと・・・とてもこの先を歩いて行ける気がしない。もっと早くにあの研究所から逃げ出していれば・・・僕にその勇気と行動力があれば3人はまだ生きていたかもしれない。例え死ぬ運命だったとしても・・・もっと心穏やかに逝かせてやれたんじゃないかと思います。化け物でも、犯罪者でもなく、ただの僕の弟妹として、逝かせてやりたかった。僕は・・・ずっと、あの子達を守りたかったっ・・・」
咽び泣く田所は兄の顔をして泣いていた。
弟妹を思う年の離れた兄は、とめどなく涙を溢れさせ、膝の上の拳を握りしめた。
一条は田所の隣に座り、肩を抱いて共に泣いている。
その様子を他3人が悲痛な面持ちで見つめている。
長い沈黙を破ったのは石岡だった。
「雷と透曄達は、ただの人間だよ」
全員が石岡を見た。
「あの3人は別に特別なんかじゃない。僕らと同じ、ただの人間。死んでしまったあの子達にはもう弁明する手段がないから・・・生きてる僕達があの子達を人として肯定してあげなきゃ、それこそ浮かばれないよ。泣くのはいいけど、田所さんも歩人も自分を責めちゃダメだ。ちゃんと2人は前を向いて歩いて、時々あの子達を思い出してあげることが生きた証になる。本当にあの子達を思うなら、マチュアのままにしないであげてほしいんだ」
それは、不本意な開花をした石岡の願いでもあるのだろう。
「・・・咲守も雷も透曄達も・・・ただの人間だよ。心配ない。俺らはちゃんと分かってる」
宇月が石岡の肩を組んだ。
途端に石岡は大きな瞳からポロっと涙を流した。
右目をこすり、続いて左目をこすった。
拭っても拭っても涙が溢れ出る。
いよいよ追いつかなくなって、拭うことをやめ、まるで子供のように声を上げて泣き始めた。
石岡は石岡なりに、ずっとずっと辛い気持ちを、人一倍の責任感と天真爛漫の陰にひた隠して我慢していたのだろう。
宇月が困ったようにハンカチを渡す。
「キメラだろうが、マチュアだろうが、インマチュアだろうが・・・・・・最初っから人間だ。俺は・・・だからちゃんと捕まえて償わせたかった」
一条は涙を拭って外を眺めた。
待合室の窓から見える木々にはまだ雪が残っている。
陽の光を受けてキラキラと光り、仄かに初春の気配を漂わせていた。
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