第10話 襲撃

 街から数km離れた森の中ほどに、大きめの宿場を見つけた。街から逃げ延びた住民や、略奪していた王国軍がいるかもしれないと思ったが、どうやら無人らしい。


「今日はここに泊まりましょうか。ちょっと疲れたね……モモ、大丈夫?」


「つかれたけど、だいじょうぶ。エーコのほうがもっとつかれてるでしょ? 今日はもう休もう、エーコ」


 モモが自分を労ってくれている。確かにエーコもかなり疲れていた。生命力は街で補給したものの、身体の疲れは人並である。ストレスもあるだろう……そろそろ長めの休息を入れたほうがいい。


「じゃあお言葉に甘えて、アタシはもう寝るから。ご飯は置いておくから、勝手に食べちゃってね……おやすみ」


 エーコはそう言って、ローブから食料をテーブルに置いて、木製のベッドに倒れ込んだ。倒れ込むと同時、羽織った夜空がかき消える。モモのほにゃっとしたいつもの笑顔を視界に入れた後、エーコの意識は途切れた。




 ――――きて……おきてエーコ!




 死神になってから、深く眠ることは無くなった。そのはずだったが……木が焼ける音とモモの悲鳴で、エーコはベッドから飛び起きた。


(思ってたより疲れてた? アタシもまだまだね)


 ローブを出現させ、『足場』を物理と魔法障壁の両方、展開する。自分を揺さぶっていたモモを確認する……怪我はなさそうだ、良かった。時間は分からないが、外が白み始めている。外からは男たちの荒い声、奇襲だ。


「ごめん、寝入っちゃってた。モモ、敵は外?」


「まどの向こうにたくさん、てきがいるみたい……お昼のヘイタイだとおもう」


 魂の色を見る要領で、周囲の人数を確認する。数十人はいる……囲まれている。


(アタシの噂を聞きつけた? いや、それは違うか)


 単に大きな宿場だという理由だろう。次の瞬間、エーコ達がいる上の階に衝撃と熱。衝撃波と火炎魔法の残滓。あぶり出すつもりらしい。


「モモ、アタシの傍を離れちゃダメよ」


 モモは置いていきたかったが……戦いが長引けば、炎と煙でやられる。モモが煙を吸い込まないように布で口を押さえさせて、障壁を張りつつ、エーコたちは窓から外へと躍り出た。


「なんだぁ? 女二人じゃねぇか、シケてんなぁ」


「中には使えるもんもあるだろ、宿場は燃やしすぎるなよ」


 粗野な男たちの声が聞こえた。取り囲んでいたのはやはりノヴァークの諸侯兵らしい。集団の向こう、ノヴァーク王国の旗が見えた。


「全部隊、攻撃開始! 戦利品は先に手を付けた者が優先だ!」


 指揮官らしき男の声がして、部隊がエーコとモモに襲いかかった。


(死神とはいえ、女二人よ? 騎士ならもっとそれらしくしろっての!)


 襲いかかる兵士たちを、大鎌で一閃する。真っ先に襲いかかった兵士が十数命、魂を抜かれて衝撃で吹っ飛んだ。その隙に足場を展開、エーコはモモを脇に抱えて3mほど空中へ逃れる。モモを隣の足場に置いて、自分の足場の上で大鎌を巨大化。自分の足場だけ一瞬消して、落下しながら途中で方向転換。困惑する部隊の中程を円を描くように薙いだ。


(通用するわね――前にエンカウントした時はこうも行かなかったけど、っっ!!)


 銃声。咄嗟にモモの足場を解除する。自分も足場を展開して、空中でモモをキャッチ、そして自分の全面に足場を二重に展開する。刹那――足場の一重目と二重目に衝撃と共にオレンジの点がいくつも着弾した。


(魔弾か!)


 舌打ちして、大鎌を更に大きくして狙撃手たちを無力化する。この世界でも軍隊には銃が普及している。しかも魔法で強化された銃……『魔弾』と呼ばれるものだ。現実世界のライフルなどより性能は劣るようだが、火縄銃などとは比べられない。本物の銃など見たことはないエーコだったが、魔弾というのは決して油断できるものではなかった。


(アタシとモモ、それぞれ二重に足場を展開――)


 それでも、普段の強度で魔法防御と物理防御を重ねれば、対処は可能だった。続けて後方から赤い光とほんのり緑色をした衝撃波が足場に直撃する。魔導士の魔法はこの世界では破壊力・殺傷力共に最上位の存在だ。


(アタシには魔導士のほうがラクなんだけどねぇ……警戒するのは銃の方)


 先程の一撃で銃撃手の数は削いだ。モモを担ぎ上げて、エーコは再び地上に降り立った。背後から太陽がのぼり始めている。襲撃者の残りは多くないが、遠くから合流してくる部隊もさっきチラッと確認した。


(ほどほどに人数を減らしたら、脱出しましょうか……けど、そんな暇あるかしら?)


 背後のモモに気を配りながら、エーコは頬に汗が滴るのを感じた。判断しなければならない――どうする?


「エーコ……」


 モモが自分のローブを引っ張る。震えているのかと思ったが、それにしては強い力。まるで何かを決意したような。


 考える間もなく、集団の中から数人がこちらに殺到してくる。足場を強化。剣と槍が足場に弾かれる――が、寸分たがわず同じところを瞬き一つの間に3度。弾いたと同時に魂を奪おうとするが、打ち込んだ兵士はすぐにリーチの外へ抜け出した。


(場数踏んでるのがいるわねぇ……ヘボじゃない。傭兵も混ざっている?) 


 思考の隙をついて、先程の槍使いが今度はモモを狙う。ギリギリで盾代わりの足場をモモの前に展開。弾いたスキにそいつの魂を奪う。


(ギリッギリ! 面倒ねぇ!!)


「ただの人間じゃないぞ! 『上位種』並の能力を持っている!」


 陣頭に立った傭兵が後方の兵たちに警戒の号令をあげる。上位種、という言葉には聞き覚えがある。『天使種族』や『魔族』……魔法体系そのものを自然に行使できる存在が、この世界では『人間の上位互換』として呼ばれている。人間より優れた文明を持っている……先生はそう言っていた。


(たしかに『死神』だけど――アタシが『上位種』だったらアンタらは退いてくれんの? 違うでしょ!)


 考えは置いて、前方の集団を相手取る。いくら死神スキルが必殺であったとしても、避けられれば意味がない。振るった大鎌がかわされて、エーコは舌打ちする。斬り結べないことが悟られたようだ。


「後ろのエルフもどきを狙え!」


 集団後方からの指示。その攻防を見たからだろうか、部隊はモモを『弱点』だと判断したようだ。エーコより先にモモを狙う兵士が増えてきた。


(……モモをかばいながら戦うのは、不利だ)


 冷静な思考が、そう判断した。このままモモを庇いながら応戦するか、それとも。


『お前のスキル「死神」には、恐らく能力の一部を他人に譲渡する仕組みがある。眷属……いや「分霊」と呼んだほうが相応しいか』


 私にスキル『死神』の詳細を教えてくれた男。この世界で生きる術を伝えて……最後は望んで私に殺された男。


 あまり思い出したくない男の言葉が、脳裏をよぎった。


「エーコ……『ぶんれい』」


 モモがローブを握りしめて、を呟く……この子は私の力になってくれるのか?『分霊化』のことは、ペディキュアを塗ってあげたあの日に、モモにも伝えてあった。大切だから、考えさせてとも。しかしそれは……許されるのか?なおも殺到する戦士群。このままではアタシより先にモモがやられる。


(……ここでモモを見捨てるよりは、ずっといい)


 エーコはモモを小脇に抱えて、未だに二階が燃えている宿の裏手に跳躍した。その瞬間、衝撃波と火炎が宿に直撃する……長くは保たない。モモが自分の目を見ている。会ってからこんな真剣な表情のモモを見たことがない。


「モモ……いいのね?」


「おねがい、エーコ」


 モモは目をつぶって、エーコに身体を差し出した。


 ――この子を『分霊』にする。


 事前に知識だけはあったし、『死神』としての本能が自分の手を動かした。モモの魂の色を視界に入れて、その一部を削ぐ。この水色を潰してしまわないように、慎重に。


 手元が狂えば殺しそうだ――背筋が冷える。そして削いだ魂を埋め合わせるように、自分の魔力を注入した。モモの魂が夜空のような光を放つ。


 ドクン、とモモの心臓が強く拍動する音が聞こえた気がした。

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