死神エーコは罪の果実に口づけて、アイをうたう

多次元林檎

#01 全部神様のせい

第1話 死神に生まれ変わった私はもう壊れてしまっている


『今日のお昼、何を食べた?』『明日のご飯は何かなぁ……』


 そんな何気ない日常のやり取り。しかし、口にするものは――いつだって命だ。私たちは犠牲なしには生きられない。そこが現実でも異世界ファンタジーの世界でも。人が生まれながら背負う業を、聖書では原罪と呼ぶ。罪を持たない生物は、いない。


 罪を犯した者は救われるべきか、考えたことはある?


 私、茜ヶ原瑛子は、考えた末にあきらめて、代わりに祈ることを覚えた。 

 私、モモは、考えたことなんてなかった。それでも、必死に考えた。救われる方法があるんじゃないかって。


 さぁ物語を始めましょう、これは『異世界転生』の果てで出会った二人の少女の物語。『死神になった』少女と『自ら服従を選び取った』少女が、罪を超えて、寄り添うまでのお話ね。


 たとえ世界が、二人を許してくれなかったとしても。




 +++++




 魂にも味がある。


 (そんなこと知っているの、前世の日本でもこの世界でも、きっとアタシだけだろうなぁ)


 茜ヶ原瑛子は他人と違う感覚に、ほのかに優越感を覚えるようになっていた。どこにいても変わることのなかった、心の空洞を補うように。茜ヶ原という名前は、もう使うことはないだろう。この世界では『死神エーコ』という異名のほうが、ずっと馴染みが深くなったのだから。


 ブレザーの上着を脱いだブラウスとチェックのスカートは少しだけ色があせてきていた。そろそろこの世界でも違う服を着てみたい。二つ結びにした髪を梳きながら、足を組み替える。足元にかしずく男を蹴らないように注意して。


(交通事故で異世界転移してスキル『死神』を獲得、か。教室でネタにしたらウケたかもね)


 今も学校に通えていればもう高三である。進路などを考える必要はなくなったが、その代わりに別の呪いが降り掛かろうとは予想していなかった。


『死神は、魂しか食べられない』


 最初に魂を食べた時、空腹と恐怖でおかしくなりそうだった。だがそれも昔の話だ――食べないと生きていけないんだから。先月から滞在している小さな町。その至るところに死体が転がっていた。安らかな顔、憎しみに満ちた顔、怯えた顔……共通しているのは、傷一つない綺麗な遺体だったことだろうか。


(一ヶ月、私を食べさせてくれて、お礼を言わなきゃねぇ)


  今も彼女の眼前には、半裸の貴族の男がみっともなくエーコの足の指を舐めている姿がある。どうやら領主のようだ――侍従メイドの遺体も部屋に二人ほど転がっている――深夜アニメなんかで見たことがある、中世ヨーロッパ風の装束が部屋に散らばっている。足元にかしずく貴族からは、怯えと快感がないまぜになったような、魂の色が見える。


 エーコはその色を見るのが好きだった。この感情は、魂の味をどんな風に変えてくれるんだろう。


「いいわね、その色……とってもいい」


 。エーコの恍惚とした声に、男は安堵したようだった。再び彼女の足を舐め始める。親指から順番に、男の舌が自分の足指を丁寧に舐め取っていく。まるで愛撫のように。こういうところは身分の高い、きちんと教育を受けた人間らしい所作だ。しかし爪に舌がかかった時、


「そこは舐めるな」


 自分自身ぞっとするような声音がエーコの口から漏れ出て、男の魂は恐怖に染まった。


 足の爪はやめてほしい……ペディキュアが剥がれる。折角こちらでも手入れが出来るようになったのに。


「これで……満足だろう!? 私だけは助けて――」


「それは、だぁ〜め」


 エーコは右手に黒い光を放つ大鎌を出現させ――腕を振る。


『へ』と間抜けな声をあげて、貴族の男はあっけなく魂を抜かれて、傷一つ無いまま絨毯の上に倒れ込んだ。エーコの機嫌を損ねないために、領民を供物として差し出したクズみたいな領主には、お似合いの末路だった。


 魔力マナとやらで編まれた大鎌には、倒れ込んだ貴族の魂が光の球体になって引っかかっていた。大鎌を消して、光る魂が右手に落ちる。


「いただきまぁす!」


 手を合わせて、食前の魔法の呪文。魂を頬張る。ちょうどリンゴや桃を丸かじりするように。あぁ……やっぱり美味しい。死の間際に『感情』が乗ると、魂の味はこんなにも美味しくなる。


「ジューシーで少し甘じょっぱい。なるほど『屈辱』と『怯え』が混ざると、甘辛いタレをかけたカルビみたいな味になるのねぇ」


 欲を言えば元の世界のファミレスで出てくるオニオンソースをかけたような、肉汁が滴るステーキの味がする方が好みだけど。これは今後の課題だろう。


「ごちそうさまでした。さぁて、もうこの町の魂は大方食べ尽くしちゃったから……そろそろ移動する頃合いだねぇ」


 ――死神エーコ、後に『死を呼ぶ厄災エクヴァーレ』と呼ばれる少女は、とっくの昔に人の感性などなくなってしまっていた。そうでないと自分は生き残れないのだから。


 やがて彼女に訪れる最愛の出会いと祈りのようなその報いを、今のエーコはまだ知らなかった。

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